第32話 偽りの『愛』
俺が授かった四つの予言。
『一つ、寄り添う仲間を見つけるべし』
これは、シャルロットと出会い、互いに支え合えということだろう。
『二つ、仲間の罪を許すべし』
これは、クライムのことを指しているんだろう。この二つは、もうすでに達成されている。
『三つ、仲間のことを、信じ通すべし』
この予言が、ギデオンのことを指しているのはわかる。でも、この予言に対して俺は、まだ答えが出せないままでいた。
「許してあげて。ギデオンは人間不信なのよ。あの目のお陰で、覚が裏切るようなことはしないとわかっていてもなお、あなたを信じられずにいるほどにね」
幻真が、ギデオンの向かった扉の先を見つめながら言った。
「幻真はどうやって信頼関係を気づいたんだ?」
「私にとってのあの人は、覚にとってのシャルロットのようなものよ。この世界で初めて出会った、同じ境遇の仲間。だから私には始めから、ギデオンを疑ったり、嘘をついたりしようとは全く思わなかった」
その言葉を聞き、言葉一つや二つで、ギデオンの信用を勝ち取ることは、不可能であると、心底理解した。幻真は、二度の旅路を経て、ここまで積み上げてきたからこそ、絶対的な信頼関係が、二人にはある。
だからこそ、ギデオンの作戦を完遂させるために、意を決して戦いたい。でも、その裏側では、この作戦の先に、また同じ絶望が待ち構えているのではないかという不信感も、確かにあった。
この矛盾を抱えている時点で、俺達がわかり合うことなど、ただの絵空事だ。
そのどうすることもできない現実を抱えたまま、ベッドに身を放り込んだ。
◆ ◆ ◆
僕は嘘が嫌いだ。
それなのに、この世界は、どうやら嘘で彩られているらしい。
僕の人生は、『嘘』から始まった。今でもぼんやり覚えている。母親だった奴が、僕を持ち上げながら『愛してるわよ』と囁くその姿が。
クソ野郎が、こいつは僕の本当の母親じゃなかった。生まれて間もないころ、僕を家族から盗み出し、このチンケな家で十三年間も監禁し続けた、本物のクズ野郎だ。
その言葉に、本当の『愛』なんて、これっぽっちもありやしない。僕はそんな『嘘』で象られた『愛』を毎日、全身に受けながら、幼少期を過ごした。
そんな『嘘』のメッキが剥がれるきっかけは、唐突に訪れる。十数年もいて、母親モドキの警戒心も弱まっていたのだろう。そいつが鍵をかけ忘れ外出したとき、ふと好奇心が働いた。いや、今までその好奇心がなかったわけではないが、気になったのだ、この先は、どんな世界なのだろうかと。
触れたことすらなかったドアノブの先にあったのは、目を見張るほどの、─────『自由』だった。
走った。家から逃げようとしたのではなく、ただその『自由』を踏みしめた。あの家が、本当の家だと思っていたわけだから、少ししたらすぐ戻ろう、そう思っていた。
ただ走る。固い地面で足の裏を削りながら。広大な空と大地に目を輝かせながら、ただひたすらに……
気づいた頃には、僕は町中にいた。初めて見た、母親モドキ以外の人間の顔。立ち並ぶ住宅街が、まるで人々を囲っているようだった。
そのとき、自然と思い知らされる。
この世界は、どこまで行っても、『自由』なんてないのだと。
母親モドキは捕まり、僕はとうとう、本当の家族を手に入れた。十三年ぶりの我が家。当時のことを覚えているはずもない。
両親は再会を果たしたとき、僕を強く抱きしめた。だが、十数年ぶりに会った本当の家族に、僕は涙を流せることなど出来なかった。
僕の家庭はかなりの大富豪だった。高級住宅街の中でも一際目立つ大きな家と庭園。そこで僕は、また一方的な『愛』を受けながら育った。
だが、その『愛』も、『嘘』だと気づく。僕が二人を両親として受け入れられなかったように、二人もまた、僕を受け入れられなかった。二人に僕以外の子どもはおらず、その期待は、僕だけに向けられた。
でも、普通に考えて、これまで教育の一つも受けてこなかった僕が、家業を継げるほど優秀でないことは目に見えていた。
その財力で編入した学校でも、僕は当然落ちこぼれだった。そして、親の不満が募っていく。
壁越しに聞こえてくるようになるのが、僕への愛情から、僕への失望へ変わるのに、そう時間はかからなかった。
それなのに僕の前では、偽りの『愛』を振り向ける。それがどれほど恐ろしい凶器なのか理解もしないまま。
その一方で、学校での友人関係はとてもうまくいっていた。まあそれも、親の財力のお陰で、ちやほやされていただけなのだが。
人生初めての彼女も出来た。その子はクラスのマドンナ的存在で、通行人が二度見するほどの美貌の持ち主だった。
そんな彼女も、僕に『愛』を手渡した。心底嬉しかった。本当の愛を、理解したつもりにもなった。
でもそれが本当の『愛』であるはずがなかった。僕の家庭の財力を、最大限使い倒し、これ以上得られるものはないと踏んでか、あっさり僕を切り捨てた。
そんな人間が、僕の周りでウジャウジャ群がった。金にしか目的がないそいつらは、こぞって偽りの『愛』を僕に振り向けた。
今思えば、そんな奴らに付き合う僕も、同じくゴミだった。
僕自身も、探していたんだと思う。どこかに隠されているはずの、本当の『愛』を。嘘偽りのない、真実を。
それを見つけられないまま時は過ぎた。親からも、友人からも偽りの『愛』を向けられて。
僕はもう、誰かを信じることを、やめた。
ご覧いただき誠にありがとうございます!




