第31話 合致と乖離
目覚めた先に広がったのは、いつも通りのボロマンションの天井だった。だが、私は確かに覚えている。彼らと歩んだあの日々も、絶望の中で誓った復讐も。
スマホの覗き込むと、その日付は、確かに昨日を示していた。間違いない、私は巻き戻っている。あの夢を見た前日に、この地獄での最後の夜に。
そうして、彼の言葉を思い出す。
『夢見人は、目覚める間際、言い換えると、この世界で死ぬ直前、その能力の真価が発揮されるんだ。で、今僕にそれが起こっている。これから起きる未来も、この世界の仕組みも全部理解したよ。だから、幻真───────』
ギデオンはアルトラ帝国の襲撃直前、そう言った。
私がもう一度過去に戻れる能力を獲得すると。そして、その能力を使用し、過去に戻ったとき、実践してほしいことがあると。
それこそが、もう一人の夢見人を捜索だった。夢見人にどのような人が選ばれるのかも、どうすれば夢見人になれるのかも、全て教えられた。
私は、この地獄を駆けた。仕事も、何もかも投げ出して、ただひたすらに走った。
だが、不審な私の話など、誰も聞こうとはしない。私の住んでいる地域は田舎で、決して人通りも多くなく、その僅かなチャンスを掴むことは出来なかった。
空の色が、黒に塗りつぶされていく。久しぶりに見たこの世界の星空は、あの空の何倍も暗かった。
一度家に戻り、料理を始めた。これが、あの世界へのトリガーとなる。
完成したそれを頬張りながら、最後のチャンスを求め、外に出た。タイムリミットが迫る。夜になり、さらに人影は少なくなった。何人かの人物に声を掛けたが、学校帰りなのか仕事帰りなのか、全く相手にされなかった。
少しやり方を変えてみようと、まず初めに、自分は占い師だと名乗ることにした。まず初めに、相手に自分を印象づけることで、少しでも拘束できると考えたからだ。
効果はあった。でも、夢見人の素質があるものを引き当てることは出来なかった。
『ガタンゴトン、ガタンゴトン』
最後に、この汽車から降りてきた人に声を掛けて終わりにしよう。もう時間切れだ。……大丈夫、一度敗北を経験しているからこそ、やり方を変えれば、もう一人の夢見人何かいなくたって、どうにかできるはず……
その汽車から降りてきたのは、たった一人の少年だった。それを駐輪場の隣のフェンスから見て、肩を落とした。ここまで何人にも声を掛け、その全てに突き飛ばされた。もう、一人の少年に期待できるはずがなかった。
少年は改札を抜け、階段を降り、私のいる駐輪場まで向かってきた。期待はしていない。だが、最後の希望として、声を掛けてみよう。そう思い、彼の目を覗き込んだ、そのときだった。
───同じ目だ。ギデオンや、宿敵アルトラ・アーレントと同じ、絶望に満ちた、復讐心を宿しているのに、虚ろな目。
彼が握りしめるシューズケースの布がグシャグシャになるほど力が込められた彼の拳が、私の干渉を拒絶するような気がした。
それでも、最後の希望に、すべてを賭けるため、ギデオンから授かった予言を、今度は彼に授けた。
そう、彼こそが最後の復讐者、逢坂覚だった。
数奇な運命に導かれた私達はこうしてガレットを交え、星星が輝く空のもと、この絶望に抗うために再開した。
◆ ◆ ◆
『バリッ』
幻真の話に、時々誰かがガレットをかじる音が混じりこみ、現実に引き戻される。
情報量が多くて、整理しきれないが、ある程度違和感の辻褄は合った。
俺の心に引っかかり続けたのが、その俺がいなかった世界線では、ギデオンも幻真もシャルロットすらも死亡していることだ。特に、シャルロットは今の話を聞いてどう思っただろう……自分が死ぬ未来が、少なからずあったことを聞けば……
「まだよくわからないけど、このままギデオンの計画通りに進んで大丈夫なのか?」
「どういうこと?」
「いや、死ぬかもしれないんだろ?!お前らも、シャルロットも!それを知ってしまったら、こうも呑気にしてられるかよ!」
居ても立っても居られなくなる。こうしてる今も、その日は近づいてくる。
もし幻真が過去に戻って、もう一度やり直せるとしても、絶対に嫌だ……死なせるかよ……俺の目の前で、誰かが死ぬのは見たくない。
今生きるこの俺に、もう一度はない……!
「大丈夫よ、覚……」
シャルロットが言う。
「だって、その世界での私は、死がそこまで迫っても、戦い続けたのでしょう?なら、私が逃げるわけにはいかないわ」
そのシャルロットの言葉に嘘はない。優しげな表情に隠れている、確かな覚悟が俺には見えた。
シャルロットはもうとっくに、俺の側に、何なら一歩前で、俺を先導してくれていた。なら、俺も続くしかない。残りの時間で、最大限を尽くす。来たるべき日には、命を賭して戦い抜く。
「そっか……なら俺も、シャルロットを信じて戦い抜くよ。この戦いで終わりにしよう。もう、幻真が過去に戻らなくてもいいように、後悔のない、俺達の望んだ夢を描けるように」
自分でそう言っていると、戦いへの緊張感がより一層高まっていく。
幻真の説明を聴いて思い浮かべた、その最悪な結末が脳裏を過る。
「今、ギデオンは実際、どんな未来が見えてるんだ?」
「僕の未来視は断片的なものでしかないから、正確にはわからないけど……今のままだと、あの結末は変わらない。転がっている死体の中に、君が増えただけだ」
───胸が締まる。それは、俺が死ぬからなのか、未来が変わらないからなのかはわからない。
「ど、どうすれば、その未来を変えられるんだよ……」
「僕たちも、思いつく限りのことは試した。もう、信じるしかないんだ、魔獣の殲滅が完了すれば、対魔征討軍が魔獣化を克服できれば、この運命が変わると」
俺だって、その言葉を信じたい。でも……
「僕のことが信用できないって?」
こいつ……そうか、こいつの能力の本質は、未来を見ることじゃなく、相手の本質を見透かすこと。思考も、全て筒抜けか……
「君も、結局僕が信じられないかい?」
嘘を言っても仕方ないか……
「正直、信用できない」
信用できないというより、このまま計画を進めることに賛同できない。でも別に、俺に何か案があるわけでもない。
ギデオンのことは、もちろん信じたい。こいつが俺と同じ夢見人で何か叶えたい復讐があるのに、この世界を救うために奮闘するこいつに、俺も協力したい。
そんな思いとは裏腹に、こいつの計画には、信じられる根拠がない。外せば『死』のギャンブル。それに振り回されて、散っていきたくはない。
俺が頭でそう考えていることを知ってか、ギデオンの表情は一気に暗くなり、スッと、ベッドから立ち上がった。
「あっそ、君が僕の計画をギャンブルだと言うのなら、僕はすでに、一つの賭けに負けていたってわけだ」
「は……?」
「幻真、君がハズレを引き当てたんだぞ。この最悪な運命も、君以外が夢見人になれば、変わっていたかも知れないのにね」
バタンと勢いよく扉が閉まる。
「何だよ、急に……」
たった一つわかるのは、俺がギデオンにとっての地雷を踏み抜いてしまったということだけだ。
夢見人になっている時点で、誰しも、抱え続けた悩みがある。
『仲間のことを、信じ通すべし』
「なぁ、幻真、教えてくれないか……あの日俺に言った、あの予言の真理を……」
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