第27話 弱者
あの夜、俺はすでに幻真と出会っていた。身長も髪色も、全てが一致している。
だとしたら、何で……
『ドゴォォォォォン!』
虚空を裂いた激しい衝突音が、俺の思考を妨げる。俺も参戦しなければならない。だが、今はそんなことよりも、偶然と呼ぶにはあまりにも奇跡的なあの出会いに、俺の全ては囚われている。
「覚!早く、早く戦わないと……ック!」
幻真が押されている。だが、その助けを求める声にも、俺の足は応えようとしない。
俺はあの夜、自殺しようとして、それすらも出来なくて、幻真と出会って、言われるがままに、あの料理を貪った。それで、俺はこの世界に来て、シャルロットと出会って……
ダメだ、早く戦わなくては…
…
……足が動かない。俺は、救われるために夢見人に選ばれたんじゃなくて、なるべくして夢見人なったのか?どこぞやの予言者の狂言に翻弄される、利用されるために、夢見人になったのか?
そんなの、俺の望んだ自由じゃない。俺の望んだ運命じゃない。俺は結局、悪夢に翻弄され死んでいくのか……?
『貴様が戦わぬのなら、我がいくぞ』
またお前か……もう黙ってろよ……お前一人じゃ何も出来ないくせに……
『それは貴様も同じであろうが。そろそろ気づけ、貴様はまだ孤独でい続けているつもりなのか?』
ランスを握る右手が変色する。黒い体毛に覆われていく。
『貴様が戦わぬとしても、我は我の正義を貫き通す!』
それはみるみる全身を覆い隠す。燃えているような勇ましい尾が生える。額にはこのランスと同じような鋭さの一本角が顕現する。
これが、夢顕兵装を使用した代償。少しずつ、体の所有権が奪われていく。
『しばし借りるぞ、貴様の体。それまで、その闇と対峙しておけ』
俺の体が駆け出す。決して、俺の意思ではない。俺の体は、この魔獣に完全に乗っ取られた。魔獣化は段階を踏むものじゃなかったのか?あまりにも急過ぎる。
「久方ぶりに手に入れた自由だ。存分に我が力を振るうとしよう!」
勝手に口が動く。そのまま俺の体は、ランスを魔獣の腹に突き刺した。魔獣の肉の深くまで食い込む。だが、その巨体の前では、蚊に刺された程度でしかない。
すかさず魔獣の足が俺の前まで伸びる。
だが、それが俺に届くよりも先に、幻真の薙刀がそれを弾き返した。だが、俺を見る目は、魔獣を見るそれと変わらない。
「あなた、誰?」
「そうだな……正義の使者とでも名乗っておこう。安心しろ、貴様を攻撃したりはせん」
「覚は……?」
「やつは今、自身の闇と向き合っておるところだ。やつに答えがでたのなら、そのとき、この体を返却しよう」
俺を無視して、会話が進む。俺を無視して、戦いが進む。
俺自身の闇。それは、俺が強者への復讐のためだけに生きているということか?
だって、仕方ないじゃないか……俺は誰よりも才能が無くて、弱くて、肩を並べて歩いてくれるやつなんていなかった。どいつもこいつも、俺よりも遥か前にいて、追いつくことは出来なかった。
でも、この世界に来て、こんな力を手に入れてしまったら、今まで俺を見下していたアイツらに、この世全ての強者に、復讐したいと願ってしまった。
『貴様、一つ勘違いをしておるな』
戦いながら、正義の使者とやらが俺に語りかける。俺を乗っ取ったこいつと幻真がいても拮抗している。気を抜けば、すぐさまやられてしまうだろう。
視界は共有されている。目の前で、紙一重の戦いが繰り広げられる。
魔獣が放つ拳を幻真が薙刀で受け流す。生まれた隙に、俺のランスが突き刺さる。
だが、この魔獣はタフだ。これほど攻撃を繰り返しても、すぐさま反撃が飛んでくる。
今度は、魔獣の羽根が矢のように放たれた。広範囲の攻撃、食い込んだ肉が邪魔をして、すぐに避けられない。
『ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ』
何本かの羽根が、俺の頭部や両足に突き刺さった。これじゃ、動けない。
─────
今度は、魔獣の羽根が矢のように放たれた。広範囲の攻撃、食い込んだ肉が邪魔をして、すぐに避けられない。
『ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ』
直撃したかと思われたが、幻真の助けにより、何とか避けられた。
「油断成さらず」
幻真はそう囁きながら、俺を地面にそっと降ろした。
『これで気づいたか?貴様の勘違いに』
……何が言いたい?
『貴様は自惚れておる。少し力を与えられたからといって、貴様が強者に成り上がったわけではない。現に、貴様は何度助けられてきた?』
それは……何度も助けられてきた。数え切れないほど、助けてもらわなきゃ、もう俺は死んでいた。
『それでも、貴様は自分は強者だと思うのか?』
……思わない。
『そうか……なら、早く見つけろ。貴様が本当に望んだ夢を』
そう言われた瞬間、脳内に溢れ出す、あの地獄での毎日。それが鮮明に、俺の全身を迸る。
あの日の血も汗も涙も、味合わされた屈辱も。
そこで見た俺は、自分の弱さを嘆いていた。
そんな自分に、気づかされる。
俺は、弱かった。でも、本当に俺が苦しんだのは、その弱さでも、他者からの軽蔑でもなかった。
その苦しみを慰めてくれる、寄り添ってくれる誰かがいないことこそが、俺の本当の苦しみだった。
俺は、馬鹿だ。こんな近くに、俺に寄り添ってくれたやつがいるのに、そいつの気持ちすらも無視して、復讐に走ることしか出来なかった。
ごめん、シャルロット。
お前はあんなに、俺に寄り添ってくれてたのに、俺はお前を裏切った。
もうしないから、もう裏切らないから。
今度こそ俺は、誰かを守るために、こんな俺の隣にいてくれる誰かのために、この力を振るう。
『やっと、気づいたか……なら、行くがよい、弱者!』
体の感覚が、ジワジワと戻っていく。それなのに、まだ、一本角も尾も消えようとはしない。
だが、いつもよりもより力みなぎる。
相手は強敵だ。今日のところは、こいつの力を存分に利用するとしよう。
「幻真、生きて、みんなの所へ戻ろう」
「えぇ、当たり前よ」
新たな決意が、俺にさらなる力を湧き立たせた。
ご覧いただき誠にありがとうございます!




