第26話 正夢
「今日の目標は達成だけど、もう一体倒しちゃうか」
その言葉に、俺は絶望した。
確かに、この四人がいれば苦戦はしない。だが、移動の疲れも相まって、連戦となれば、中々骨が折れる。
だが、時間がないことも十分承知だ。俺自身も、早くこいつを使いこなせるようにならなくてはならない。
そして何より、未来を知っているギデオンが行くと選択したのだ。なら、何の問題もないのだろう。
馬達の待っている場所まで戻り、また移動を始める。乗馬して移動するのは、雪が直接体に当たるのがネックだが、スピードは馬車に比べて段違いに速い。
そこからしばらく移動したところで、またギデオンが下馬する。今回は打って変わって、森の最深部だった。いつも薄暗いこの世界が、さらに暗い。不穏な空気が、足元から俺を逆撫でる。
「来るよ」
その静かな合図に、俺達は武器を構える。暗すぎて、どこから攻撃が来るのか健闘もつかない。
四人の背中をあわせ、どこから攻撃が来ても反撃できるように陣を敷く。
俺の吐息だけが空気を揺らしていたそのとき、俺の目線の奥から、ゆっくりと、何かが近づいて来るのが見えた。
四つの光。かなりの巨体。
その正体が、闇の中から正体を現した。
二つの頭をぶら下げる黒犬。ケルベロスのような見た目だが、それと違い、頭は二頭しかない。
こういう怪物の対処法はかつてから決まっている。二頭の首を、同時に叩き落とす。どうせ、この面倒くさい方法でしか殺せないんだろう。
四人いる。なら、同時に首を叩き落とすくらい、さしたる問題ではない。
シャルロットを除く三人が、魔獣を狩るために走る。
大きい。その威圧感は、アルトラ・アーレントが連れていた魔獣たちに匹敵する。
だが、それ程度の相手に萎縮する俺は、もういない。
魔獣に穂先を向けた瞬間、それは俺に答えるように、その重さを虚空に解き放つ。
地面を蹴る。飛び上がったその体を、その二頭の頭めがけて突き立てる。
『ブシャンッ!』
この細さでは、二つ一気に潰すことは出来なかった。
だが、二撃目を間髪入れずに叩き込む。
体が軽い。これが、俺の手に入れたかった強さ。この昂揚感が、俺の夢だったのか。
『ブシャンッ!』
これが、俺の夢……
俺は確かに、俺を見下す強者に復讐したいという、歪んだ願いがあった。でも、この力は、シャルロットや、仲間を守るために授かった力のはずだ。
それなのに、なぜ俺は、こんなにも、破壊を望んでいる。
それじゃ、俺の大嫌いな、『あいつら』と、何ら変わらない。
力を手に入れた瞬間、俺も『あいつら』みたいに変貌してしまうのか……?
いやだ、そんなのいやだ……
俺は、『あいつら』とは違う……!違う、違う、違う!
『貴様、我を手に取る身であるにもかかわらず、そのような闇を抱えておるとはな」
脳内に、いつもの声が流れ込んでくる。
黙れよ、魔獣に俺の何がわかる……!
『貴様を理解しとうはないわ。ただ、正義を掲げ、悪を滅する我が力を手に取るものとして、その闇はふさわしくない』
黙れ……俺だって、誰かを守るために、この力を振るいたい。でも、そんな俺の理想は、この力を使う度に遠ざかっていく。
結局、復讐でしか、俺は生きられない。それだけが、腐った俺の願いだった……!
『フンッ、くだらん。だが、もし貴様がその闇に呑まれたときは、我がその頭を砕いてやる。だから、それまでは、その闇と向き合うことを我が許可しよう』
姿形も知らぬ魔獣に何を言われても、この思いが収まることはない。
でも、こいつの言う通り、俺はこの闇と向き合っていくしかない。
見つけたつもりになっていた俺の夢に、まだ続きがあった。
「なんて強さだ……僕の想像なんて、遥かに超えていくね」
そう言いながらギデオンがこちらに歩み寄ってきた。魔獣の息の根が完全に止まったことを確認するため、ギデオンは魔獣に手を当てた。
その瞬間だった。ギデオンの顔が一瞬にして青ざめる。
「……や、やばっ……は、早く逃げろ!早く!」
ギデオンの激声が静かな森に響く。その声が完全に消え去るのを待つこと無く、異変は訪れた。
死んだはずの魔獣の体がボコボコと膨らんでいく。
『パァァァァンッ』
最大まで膨らみきったそれは、もう耐えられなくなり、宙で破裂し、肉片が散乱する。弾丸のように俺達へ放たれたそれを、木の影に隠れながらなんとか凌ぎきった。
だが、それは前座に過ぎない。魔獣の死体の中から、もう一匹、魔獣が現れる。
全身の細胞が後ろへ向かおうと、俺の引きずっている。そう感じるほどに、神々しく、禍々しい。
六つの頭、六本の手、六本の足、六つの翼。
魔獣というより、神さまだ。
そんな魔獣の足元には、逃げ遅れたギデオンが身動きが取れずに、ただそれを見上げている。
隣の木陰から、幻真が飛び出した。だが、間に合わない。
魔獣から放たれた拳が、ギデオンにのめり込む。自身の何倍もの巨体をもつ相手。それをまともに受けたギデオンは、地面を弾きながら、百メートル近く吹き飛ばされた。
何故、避けられなかったんだ……未来を見ることができるギデオンなら、こうなることもわかっていただろう。
いや、今はこいつをどうにかしないと。
「シャルロットと幻真、ギデオンを連れて逃げろ!ここは俺が……」
ギデオンに迫ろうとする魔獣の前に、俺が立ち塞がる。だが、その圧倒的な威圧感に、また後ずさる。もう後ろには引けない、断崖絶壁に立たされているのに。
「私も残るわ。シャルロットさん、ギデオンを連れて逃げて」
震える俺の隣に、未だ冷静さを損なわない幻真が立つ。その瞬間、覆われたままだった月が、木々の間から俺達を照らし出した。
その紫がかった白髪が、月光を反射し、俺の目に映る。
「行くわよ、覚」
幻真が俺を呼び捨てにし、俺より先に、魔獣に斬りかかった。その背中を見ていると、ふと思い出した。
あの地獄での、最後の夜を。
あの女性との邂逅を。
ご覧いただき誠にありがとうございます!
10月8日 プロローグの一部を改稿いたしました
かなり物語に影響するので、よければご覧ください
唐突な変更、大変申し訳ございません




