第20話 あの罪の贖罪
恐らく、夢見人の能力によるものなのだろうが、今の覚はまるで別人だ。でも、どんな能力な……
「シャルロット、避けろ!星華が来てるぞ!」
……え?
後ろに振り返ったときには、もう遅かった。
目の前に、すでに刀を握った星華。クロスボウしかない私にそれを防ぐ術などありはしなかった。ただ、目を固くつむることしかできない。
『ザシュッ』
き……られ…てない!なんで……
「あ……」
目に映る、さらなる絶望。私をその一撃から守った男の背中だけが視界を埋め尽くす。
その男の右肩ごと、奥から白い刀身が抉り斬った。肩から抉られた右手が飛ぶ。私の顔に、血飛沫が付着する。
「クライム……」
そんな……私を庇ってクライムが……
「ッく……だが……まだだ!……あの日の事件現場!」
また、クライムが能力を発動する。苦し紛れの反撃。
そして吹き飛んだ星華の右腕。その腕に握っていた白刀も一緒に宙を舞う。
これで、星華の暴走、アルトラ・アーレントによる支配から断ち切れる、そう思っていた。
だが、実際、そうはならなかった。右腕を失ってもなお、その狂瀾に満ちた目が、まだ私達を睨みつけている。
『キンッ』
駆けつけた覚が、何とかその一撃を防ぐ。片手を失ってもなお、星華のスピードは下がらない。それどころか、上がり続けている。それに乗じて、覚もさらに速くなる。
間に割って入ることなど不可能で、もう立ち尽くすことしか出来ない。そんな私の隣で、クライムは抉られた右肩を必死に抑え、地に膝をついている。
「クライム……ごめんなさい、私のせいで……」
「……あなたのせいではありませんよ。ですが、もう、まともに戦えそうにはありませんね……何故かわかるんですよ。多分、私はもうすぐに死にます」
「何言って……まだ、治療すれば助かるわよ!だから、動かないで!」
だが、クライムは立ち上がる。私の静止など気にする様子もなく。フラつきながら、二人が闘う方へ向かってしまう。
「ダメよ!戻って……本当に死んでしまうわよ!」
「……シャルロットさん、ありがとうございました。あなたが、私を救うと言ってくれて……それだけで、私は救われました。私は一つ、重大な勘違いをしてたんです。私はこの罪をなかったことにしたかったんじゃなかった。私はただ、こんな孤独な私に寄り添い、『私は悪くない』と言って欲しかっただけだった」
「なら、まだ……まだ死んじゃだめよ!まだ、あなたの傷は、癒えきってない!」
クライムが振り返る。今まで、私に見せたことのない、彼の笑顔。それは狂気的なものではなくて、優しすぎる、眩しすぎる、全てに満足したかのような満面の笑み。
「もう、これも必要ありません……なら、今ここで!」
クライムの左手には、あの武器が握られている。街で魔獣の襲撃にあったときに、使おうとしてやめてしまった、あの武器。クライムの過去で、少年のクライムが使っていた、あの武器だ……
でも、なんでそんなものを隠し持っていたのだろう……
クライムが走る。その肩を抑え、血を滴らせながら、覚と星華の戦う方へ。
「覚くん……ごめんなさい……」
「は?!」
クライムが、星華と刃を交えていた覚を突き飛ばした。
そして、再び相対する、クライムと星華。だが、星華は速い。決して、クライムの攻撃も、覚の立ち直りも待つことはしない。
『ザシュッ』
その斬撃は、無慈悲にもクライムを斬り裂いた。右肩から左足にかけて、紅の傷跡がクライムに刻まえる。
クライムが地面に倒れ込む。だが、その武器は離さない。手の血管が浮き出るくらい、強く握りしめ、それを離さない。
そして、その先を星華に向ける。
その光景は奇しくも、あの日の事件現場と、完璧に一致する。
「これが、私の最後の贖罪です……『あの罪の贖罪」
『バンッ』
そこから、鉛玉が打ち出される。それは、数メートル先の星華を捕らえ、その胸部を撃ち抜いた。
だが、確かに直撃したのに、星華に傷がない。痕もないし、血も出ていない。
それなのに、星華は地面に突っ伏した。そこに霧が立ちこむ。クライムが能力を使用したときと同じように。
霧が晴れる。そこで見たのは信じられない光景だった。
出会った頃と変わらない星華の姿。魔獣のような見た目でもないし、片腕が無くなってもいない。
まだ、気を失っているが、無事だ。戦闘で追った傷も、全てが回復している。
でも、こんな力があるのなら、なぜ最初から使わなかったのだろう……クライム自身に撃って、その傷を直すことも出来たはず……
「これで、星華さんを助けるという目標は……達成ですね……ゴフッ……」
クライムが血を吐いた。肩からも、他の傷口からも、大量の血が地に流れている。
「クライム!早く止血しないと……!」
「いや、もう無理でしょう。私はもう助かりませんから……」
「なら、なんで、その能力を早く使わなかったのよ!」
「夢、見人は……皆さんが想像してい、るよりも……強大な存在です……私も、それに、今、気づ、かされました……」
クライムの声に、力強さが無くなっていく。
「今の力も……数日前ま、で使えなかったんです……だが、最後に与えられた……理想を……夢を叶える力が……ですが、私がそれを……自分ではなく、星華さんに使ったという、だけのこと……ゴフッ……」
「わかった……!わかったから!もう喋らないで!まだ、助かるかもしれない……早く治療できれば!」
自分でもわかっている。もう、クライムが助からないことは……でも、そんなの苦しすぎる。だって、こんなにも優しい男が、自分の理想を捨て他人を救ったのに、元の世界に戻れば、また、犯罪者扱いされるなんて、そんなの私が許せない……!
「ハハ……何で泣くんですか、シャルロットさん……言ったはずですよ。私の、夢は、すでに叶ったんです。もう、夢見人として、悔いはない……」
「でも、それでも、あなたが救われてほしかった……!あなたの優しさが、誰にも認められないなんて、そんなの、あまりにも……」
泣き崩れる私と、倒れ込んだクライムのもとへ覚が歩み寄る。何が起こったのか、まだ飲み込めていないようだ。その瞳に、うっすら浮かべた涙の雫が、戦場の炎と、傷だらけのクライムを映し出している。
「クライム……どうして……それに、何で星華は、無事なんだ……今、銃で撃たれたじゃないか……」
「……詳しくは、私もわかりませんが……この銃は、恐らく、私の願いそのもの、です。撃たれた対象の罪を、許す……というよりも、なかったことにする……恐らく神は、これを使って、あの日を、なかったことにさせてくれようとしたのでしょう……」
もう、声を出すことすら、クライムはしんどそうであるのに、クライムは笑顔のまま、私達に話す。
「ごめん……俺、勘違いしてたんだ……お前を勘違いしてた……謝らせてくれ……それが、俺の罪だ……」
「いえ……謝る必要なんて、全くありませんよ……だって、あなたも、私を救ってくれた一人ですから……むしろ、ありがとうございます……ガ、ゴフッ」
「もう、もう喋るな!クライム!」
「……覚くん……最後に、お願いがあります……よろしいですか?」
「……グスッ……何だ……?」
「あな、たがあの世界に戻って、来たとき……私に、教えてくれませんか……この結末が……どんなものであったのか……私は、アメリカ合衆国のニューヨークの人間です……ですから、そこに向かえば……」
「あぁ、約束する!だから、安心してくれよ!……俺が必ず、俺達の望んだ結末に、この世界を導くから……だから、それまで……待っていてくれ……!」
必死に頷く覚に、クライムが微笑む。
「……はぁ、なんて、良い悪夢だ……もう、目覚めのようです。太陽なんて、どこにもないのに、何故か、あの温かさを感じる……フッ、これが私の贖罪なら、あまりにも……美しすぎる……」
クライムが、スッと息を引き取った。もう、何を言っても返事はない。燃え上がる戦場に、一人の夢見人が息絶えた。
だが、クライムは負けたわけじゃない。後悔があるわけでも無い。だって、こんなにも幸せそうに眠っている。
なら、私達が下を向いていてどうする……まだ、ギデオン達は戦っているんだ……
「行きましょう、覚……まだ、戦いは終わっていない」
下を向いたまま、覚が頷く。涙を拭い、立ち上がる。
「あぁ……!」
ご覧いただき誠にありがとうございます!




