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【完結】夢見た世界でガレットを  作者: Pe.com
第一節 夢の始まり

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第1話 夢の国

「お嬢様、今度はこのハムを盛り付けてくださいますか?」


 そう言って渡されたハムを、並べられた生地の上に並べている。完成が待ち遠しくって、思わずヨダレが滴りそうになるのを我慢しながら、一枚ずつ丁寧に盛り付けていく。


 今日は学校が休みで、ずっと前から、ルヴォワールにガレットの作り方を教えてもらうと約束していた。


 ルヴォワールは、私が幼い頃から我が家に仕えるメイドで、仕事で忙しい両親の代わりに、私のお世話をしてくれている、もう一人の母のような存在だ。


 完成すれば、馬車で近くの山の山頂へ向かい、そこで一緒に景色を眺めながら、ガレットを食べるのだ。


「完成が楽しみね、ルヴォワール!」


 早く食べたい気を紛らわすために、その場でピョンピョン跳ねながら完成を待つ。


 少しずつ、その香ばしい香りが部屋に広がっていき、完成が目の前に近づく。


 馬車の準備をするために、二人で一度外に出て、作業を始めた。雲一つないピクニック日和で、気分が晴れやかになる。


 ルヴォワールが出発の準備をする隣で、辺り一面に広がる小麦色で覆われた大地を眺めていた。


 そのとき、吹いた突風が、私の胸をざわつかせた。果てしなく明るいこの大地の向こうから、とんでもない悪夢が襲ってくるかのような予感が、私の脳裏に浮かぶ。


 不安げにルヴォワールの方を振り向くと、馬の頭を撫でていたルヴォワールの手が、パタリと止まる。


 その目線の先には、遠くから迫りくる黒い軍勢と、急報を知らせる一人の伝令兵が映っていた。


『カンカンカンカンッ!』


 激しい金属音とともに、街が喧騒で包まれる。近隣の住民も外に飛び出してくる。


「隣国、アルトラ帝国の魔獣どもが我が国へ接近し、侵略を開始した!ここから約二十キロメートル離れた町が制圧されている!ここら一帯の近隣住民は直ちに首都方面へ避難せよ!」


 ──どういうこと……?戦争……?!急に……どうして……


 動揺で一歩も動かない私の脳内を、ルヴォワールの声が叩き起こす。


「お嬢様!早く……早く逃げるための準備を!」


「で……でも……ガレットは……」


 呑気なことを言ってられないと理解しつつも、うまく頭が回らず、そんなことを言ってしまう。


 ルヴォワールが扉を叩き開けて、必要最低限のものだけをかき集めて、馬車に投げ入れていく。その姿を見て、初めて足が動き始めた。


 お金、食料、武器……手に取れるだけのものを全部馬車投げ入れた。そのとき、ふと目に入った、机の上で私達を待つガレットたち。その香りを置き去りにして、私達は家を発った。

 

 ルヴォワールは振り向かず、前だけを向いて馬車を走らせる。でも、おかしい……向かっている方向は明らかに首都方面じゃない。


「ね、ねぇルヴォワール……これは、どこに向かっているの……?首都は反対方向じゃない……」


「首都には向かいません。何か緊急事態が生じた場合、お嬢様をここから遥か北にある、『カウニータ・ウニア』という国へ送り出すよう、ご主人様から命を受けております」


 そ、そんな……それじゃ、もう、私はお父様と、お母様と……会うことはできないの……?


「そんなの嫌よ!早く引き返して!」


 ルヴォワールの返事はない。ルヴォワールは私の命だけを守るため、ひたすらに馬車を走らせる。


 その忠誠心は、私の自分勝手な願いでは全く揺るがなかった。


 今もなお、あのガレットの香りがここまで届いている気がする。最後にもう一度あの味を噛み締めたかった。

 

 家を出てから十分程度馬車を走らせていると、街から一番近い港へ着いた。そこに浮かべられている一隻の船に荷物を投げ入れる。数体の魔獣がこちらへ向かってきていることに気づいた。レーヴェでよく見かける魔獣とは、まるで違う。もっと禍々しいく、戦っても勝てないことが、見ただけでわからされる。


 それなのに、こちらには一本の剣と狩猟用の弓矢しかなかった。今出港できたとしても、後ろから追われて殺されるかも知れない。もう安心して出港する余裕、隙間はなかった。自分の命が危ぶまれ、また頭が真っ白になる。そんなときだった。ルヴォワールは私を船へ押し込むと弓矢を手に取り、素早くつぶやいた。


 「お嬢様、どうか健やかに……いつかまた、あなたにガレットを……!」


 それが、彼女と交わした最後の言葉だった。その最後の言葉は、船が進んだせいか、魔獣の咆哮のせいか、最後まで聞き取ることができなかった。私はただ、遠ざかる彼女の背中に向かって、泣き叫ぶことしかできなかった。

 

「────あれっ……」


 気を失っていたのか、甲板の上で一人目が覚めた。もう辺りに陸地は見えない。ただ海のド真ん中に、私だけを乗せた船が浮いている。


 誰も舵を切っているわけではないのに、この船は行き先を知っているかのように進み続ける。


 船とは真逆に、私はまだ進めずにいた。愛する祖国を、お父様を、お母様と、ルヴォワールを失って、生きるための希望など何一つなかった。


 そんな私を照らし出すように、遠くから光が指してきた。


 街の光だ。薄暗い空のもとで、輝くカラフルな街並みと、雪を纏う美しい大地。


 そうか、辿り着いたんだ。私の孤独の旅が始まる新天地、カウニータ・ウニアという国に。



ご覧いただき誠にありがとうございます!

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