第13話 魔獣を従える者
そのまま森林の中まで進んでいく。すぐには魔獣が見つけられなくて、気がつけば、その深部まで入り込んできてしまっていた。なんだか、言葉にならない、不穏な空気が漂っている。今にも、魔獣が襲いかかってきてもおかしくない。
だが、それでも魔獣は見つからなかった。流石に、これ以上進めば、帰り道がわからなくなってしまう。
「流石に……引き返すか……」
そう言って、覚がクルッと踵を返し、引き返そうとしたとき、私の目に、非常が映り込む。
「ちょ、ちょっと!覚!あれ見てよ!」
「ん?」
覚がまたこっちに振り向き返る。覚の目にも映ったはずだ。
「何だ、あれ?魔獣?」
「そこじゃないわよ……魔獣の背中に……」
人がいる。数体の魔獣に人が囲まれている。
いや、違う。囲まれているというより、魔獣を従えている。一匹の魔獣の背に、人が載っている。
その光景はあまりにも信じがたくて、異常だった。だって、魔獣が人に従うなど、ありえるはずがない。
たった…たった一つの帝国を除いて。
「ちょっと助けに行ってくる!」
覚は、私が静止する前に走り出してしまった。速い。追いつくことも出来ないし、声を届けることも出来なかった。
私も足を踏み出そうとしたが、私の本能が、『行くな』と足を掴んで離さない。 私自身も、行きたいはずがない。
だが、私はもう決めたのだ。もう、守ってもらうだけではいられない。支えていける存在になりたいと。
歯茎から血が滲むくらいに食いしばって、その鎖を引きちぎった。幸い、まだ戦闘には発展していないようだ。
「おい、そこの人!危ないぞ!さっさと逃げろ!」
覚は、まだ、この異常さに気づいていない。魔獣が人に付き従っていることも、それがどれだけ異常かも、理解できていないようだ。
「さっさと逃げるのは私達の方よ!早くクライムに知らせないと!」
覚の腕をグッと引っ張り、その場から逃げ出すため走り出した。
「おい!やめろよシャルロット!まだあの人が!……あ……」
すぐに、その数匹の魔獣のうちの一体が、私達の退路に立ち塞がった。後ろから、もう一匹の魔獣が近づいてきているのがわかる。囲まれた。もう、戦うしかない。
「お前達に恨みはない。だが、我を見たのなら、今ここで消えてもらう」
魔獣の背に乗った、全身をボロボロのフードで身を隠す男性が、私達を見下しながら、冷徹な声で言い放った。
それだけ言い残すと、その魔獣は上空へ舞い、はるか彼方へその男性を乗せ飛び去った。その、一体の魔獣を残して。
その木よりも大きい、数メートルの巨体に、雪とは対をなす真っ赤の肉体。二双の角に、棍棒を握る人の形の魔獣。
「鬼かよ……」
覚が冷や汗を頬に伝わしながら、ボソッと呟き武器を構えた。
その、失われた晴天と同じように住んだ水色の刀身が姿を表す。二型の形態を併せ持つ覚の新武器。今は、大鎌のまま、交戦の構えをとった。
「ゴガアアアアアア!」
先に、魔獣が攻撃を仕掛ける。振り下ろされた棍棒を、間一髪、覚は地面を転がりながら避けた。私も、援護射撃するために、少し離れ、木の陰に隠れながら、クロスボウを構える。
(よし……!今なら当たる!)
昔、ルヴォワールと森へ狩猟へ出かけた際、一度だけ使ったことがある。その記憶を辿り、なんとか矢を装填する。
そして、トリガーを引いた。
『ヒュンッ』
放たれた矢風を切りながら、魔獣の背後に直撃した。
が、この程度の威力では、全くダメージを与えられなかった。一瞬気を取られ、魔獣の動きが止まった程度。
だが、覚はその隙を見逃さない。魔獣の股下をくぐり抜け、背後に回る。魔獣は覚を見失い、辺りを見回す。
覚は、すでにその大鎌を魔獣の右足向かって振りかざしていた。
「よし!」
勝利を確信し、思わず声が出たのも束の間。振り下ろされた大鎌は、あまりに太い魔獣の足を切り裂くことが出来ず、少し肉が食い込んだところで止まってしまった。
一瞬、時が止まる。覚も、予想外の結果に、手も足も止まっている。そのとき、魔獣が覚の方へ振り向いて、『ニタァ』と笑った。それはあまりに不気味で、一瞬浮かびかけた安堵という感情が、スッと消えていった。
覚は急いでそこから離れ、次の一手に備えようとしたが、魔獣の次の一手は、彼の斜め上をいった。
突如として伸ばされた魔獣の右手が覚を完全に掴む。掴まれた手の中でバタバタ覚が震えているのが、私にも見える。
魔獣はそれを口元へ運び、噛むという動作を挟まずに、『ゴクッ』と飲み込んだ。
「そんな……ありえない……」
手も足もでなかった。傷すら与える事ができなかった。覚が殺された。急いで矢を装填するが、もうそこまで魔獣は迫っている。地を揺らす足音が、どんどん迫ってくる。
急いで森の中へ逃げ込むが、その魔獣の大きな一歩に、私では敵わない。覚と同じように、また、手が伸びてくる。
避けることが出来ず、そのまま捕まってしまった。空高く持ち上げられ、私がこの魔獣を見下す形となった。
だが、死に直面した恐怖を吐き出しそうになる、一方で、謎の安心感が、私にはあった。だって、覚は、これくらいでは絶対に死なない。それどころか、もはや狙って、飲み込まれたのだろうとすら思う。
その私の予感は、数秒後、見事に的中した。
「ガッ、オエッ」
魔獣が苦しそうに嗚咽する。空いた左手で腹を抑え、地面に膝をつく。魔獣の顔色はみるみる内に悪くなり、腹から、見てられぬほど汚い吐瀉物を吐き出し始めた。
そして、その次の瞬間。
『プッシャァァァァン!』
鋭く尖った水色の刀身が、魔獣の腹の中から肉を突き破り姿を現した。さっきまで大鎌だったその刀身は、今度は長槍のように変化していた。その刀身に月の光が反射し、私の目にピカッと入り込む。覚は、すべて計画の内だったかのように、魔獣にニヤッと笑い返した。
魔獣はその場に、顔から倒れ込み、私を宙へ投げ出した。
「覚!」
「わかってるって!」
落下する私を、覚は魔獣の肉を踏み台に大きく飛び立ちキャッチした。助けてくれたのは有難いのだが、魔獣の腹の中にいたせいか、覚の全身は謎の液体でベトベトだった。
「ありがとう……でも、早く離して欲しいわ……」
「……あっ」
覚は全身を一瞥し、自分の状況を確認すると、すぐさま私を優しくおろした。
「ま、何はともあれ、完全勝利だな、シャルロット!」
すべて計画の内だったのだろうか。私はかなり焦ったのだけど……
でも、まぁいいか。最初は何も出来なかった私達二人が、戦闘を終えて、笑顔を浮かべられている。強くなった証拠だ。
だが、まだ油断することはできない。さっきのあの男性は、一体、何物なのだろうか……
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