第11話 唯一の光
それから体感数時間が経過した。空は雲一つ無く、星々が寂しげな夜を彩っている。それを窓から見上げながら、キッチンであの料理を作っていた。二回目なわけで、少し上達した気がして、一人喜んでいた。
完成した料理を、まずクライムのもとへ運ぶ。
「おぉ、ありがとうございます。何という料理ですか?とてつもなく美味しそうですね」
「ガレットっていうの。これしか作れないのだけど、お口に合えば嬉しいわ」
それだけ言い残し、覚のいるであろう二階へ上がった。でも、覚は部屋にはいなくて、探すために外へ向かう。相変わらずの極寒に、ブルブルッと体が震える。
雪は止んでいて、覚の足跡がまだ残っている。それを辿っていくと、街の近くの小高い丘にたどり着いた。
こんなに寒いのに、その頂上で、覚は星空を見上げている。
「こんなところで何してるの?風引くわよ」
覚の横で私も座り、スッとガレットを差し出した。何だか、顔は合わせられない。
「あ、ありがとう。わざわざ持ってきてくれたのか。ごめんな」
そう言いながら、覚はガブッとガレットに齧り付いた。サクッという音が、静かな雪景色に響く。
「う、うんまっ!マジで店出せるレベルじゃん!」
「そ、そう?き、気に入ってもらえたのならよかったわ」
あまりにも、覚が正直な反応をするから、私も少し照れくさくて、うまく話せなかった。
でも、嫌な気分じゃなかった。
一分も経たない内に、覚はガレットを平らげた。食べ終わると、「ごちそうさま!」と一言言い放ち、もう一度夜空を、ぼんやりと見上げた。
「何か、考え事でもしてたの?」
「い、いや、さっきまでずっと寝てたじゃん俺。なんかその間に、最悪な夢見ちゃってさ」
「どんな夢?」
「……夢って言っても、何だか、俺の知ってる光景で、そこでも俺は無力で、情けなくて、みんなから見下されて。それで、俺がどんなやつだったか、どんな人生を送ってたか、完全に思い出したよ」
その声は、いつもよりさらに弱々しくて、はっきりしない。
『夢見人』
それは、突如としてこの地に降り立つ復讐者たちの名前。彼らは別世界から、そこでは果たせなかった復讐を果たすために、この世界に降り立つ。
そう、あの本には記されていた。
なら、覚は……
「サトルって、その、元いた世界ではどんな感じだったの?ま、まあ大体は想像着くけど……」
そう私が聞くと、覚は星を見つめ、苦笑いしたまま答えた。
「俺は、何をとっても、才能がないんだよ。『普通』でもなくて、平均より、少し下ぐらい。勉強も運動も、全部がそうだった」
返す言葉は見つからない。覚が話す声と、少し風が木々とすれ違う音だけが、静かに鳴いている。
「でも、そんな俺にも、誰よりも負けないものがあった。それは、向上心。いや、自分への期待、自信といったほうがいいかな。そんな、余計なプライドがあるせいで、何も才能がないくせに、どうにか抗おうと、毎日這いつくばりながら努力した」
覚が、ハァとため息をつく。それが白い息となって、私の目にもしっかり映り込んだ。なんだかその息は、私のよりも重かった。
「それでも、何もうまくいかなかった。そんな俺を、周りの奴らは蔑み、俺のすべてを踏みにじった。俺が耐えようとそればするほど、立ち上がろうとすればするほど!あいつらは俺を、この冷たい地面へ抑え込んだ!」
段々と、その覚の声に感情が籠もる。さっきまで、ただ弱々しかっただけの声が。それに、私も、少し鳴いていた風も、完全に静まり返り、寄り添うように耳を澄ます。
「でも、こんなのはよくある話で、誰しもが経験すること。俺は考えすぎてるだけ。みんな同じなんだって、わかってるよ……でも、それだから、俺は逃げちゃダメなのか?泣いたらダメなのかよ。わかんないよな、わかるはずもない。俺がどんだけしんどいかなんて、他人に共感を求めるほうがおかしいって、わかってるよ……」
覚が握る拳が、言葉を零す度に強くなっていくのがわかる。それは、血が滴るほどに。そこから溢れた数滴の血潮の雫が、白い大地に滲み、赤く染め上げていく。
そんな彼と対象に、私は少し嬉しかった。ここまで、自分のことを、自分の本心をほとんど話してくれなかった覚が、本心で話してくれた気がして。
もう、彼に信用しないなんて不要な感情は抱かない。彼は私と同じ、多くのものを失い、一人で彷徨っていた孤独な少年。
彼となら、この悲劇もわかり合える。
理解はあまりできない。でも、私なら、彼の嘆きも慰められる。
ここまで、互いに助け助けられてきた。でも、元はというと、あのとき覚が助けてくれなければ、今の私はない。彼のお陰で、今こうして、私は生きている。なら、今度は私が助け出す番だ。
私にできることは少ない。でも、ほんの少しでも、彼の傷を癒せたのなら……
「私にはサトルの気持ちは、正直理解できないわ。なんでそんなことで夢見人に選ばれたのって感じ。クライムとかと違って、大した理由じゃないように思うわ」
その言葉に、サトルは少し驚いたような、困惑したような表情で顔を上げた。
「そ、そうだよな。シャルロットに言っても仕方ないよな。は、はは、ゴメンな。急に」
でも、その瞳は笑っていない。わかっている。サトルが、共感を求めてこのことを話してくれたって。それを理解してくれなくて、さらに心を傷つけてしまっただろうか。それでも……
「でも、誰も共感し、理解してくれないから、こうしてあなたが苦しんでいることはわかるわ」
「……えっ?」
サトルはまだ困惑の表情を向かべている。でも、さっきとは違う。その顔は、月に照らされていた。潤んだ瞳が一瞬だけ輝いた。
「その苦しみは理解できないけど、サトルが何で苦しんでいるかは理解できるわ。だから、安心してよ。私だけは、誰よりもあなたが頑張ってるって、今日知ることができたから!」
見せつけるような笑顔でサトルの方へ振り返ると、サトルのその頬に涙が伝っていた。たぶん、本人は気づいていない。初めてみた。サトルが泣いている姿を。いつもケラケラしているか、おどおどしているかの二択だったから。でも、涙を流しているサトルは、やっぱり、いつもより、何だかたくましかった。
「シャルロット……ありがとうな……わかった気がするよ。俺が夢見人になった意味が」
そう言って、さり気なく覚は涙を拭った。
私も、なぜこの国へ来たのか、わかった気がする。
太陽の昇らないこの世界で、彼と出会えた意味が。
非力で無力な私が、なぜ彼と出会えたのか。
そう、私にできることはただ一つ、彼の隣を照らし続けられる、太陽となることだけだった。
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