第10話 目覚め
クライムは深くため息をつき、能力を解除した。霧が消え去り、もといた部屋に戻る。
その喪失感からか、私もしばらく声が出なかった。
そんな静寂を突き破るように、二階から、ドスドスと足音が聞こえてくる。星華だろうかと思ったが、違う。
「覚……」
そこに姿を現したのは、覚であった。何度目かの目覚め。無事に、目が覚めてよかった。そう安心したのも事実だ。
でも、覚はこれまでに、何があったのか、何も知らない。ここまで、いろいろな悲劇を目にした私の心にとって、ほんの僅かに、喜びよりも、喪失感の方が勝っていた。
そのせいか、すぐに喜ぶことは出来ない。
「ごめん……また、お前に助けられたのか……」
そう言うと、覚はクライムの方へ目を向けた。これが、実質初対面だ。覚自身は、自分が暴走したことも、彼がそれを止めたことも、何も記憶にないのだろう。
「誰だ?」
「まあ、あの様子だと記憶にないですよね」
そのとき、初めて、二人の夢見人が正面から顔を合わせた。
覚もこの状況的に、クライムが敵であるとは思ってなさそうだ。だが、信用もしていない。そんな目をしている。
「おはようございます。夢見人、逢坂覚君。私の名はクライム・バンディ、どうぞよろしくお願いします」
「……よろしく」
少し遅れて、覚が返事をする。まだ、この状況がよく掴めていないようだ。
私はそこから、今まであったことをすべて話した。覚の暴走も、夢見人であるクライムがそれを止めてくれたことも、何もかも。そこで初めて、覚は自分が気絶している内に暴走していることを知った。それを知った覚は、驚きで、声も出ていなかった。
「落ち込む必要はありませんよ。夢見人なら、最初はみんなそうですから。私だってそうです」
クライムが、覚を励ますように言う。だが、その言葉の意味がわからない。クライムも、初めは覚のように、暴走を繰り返していたということなのだろうか?
「夢見人は、自分のなりたい、理想の姿、夢を見つけて初めて、その身に力を宿します。それまでは、理性のない魔獣と同じです」
初めて知った。そんなことは、あの本には載っていなかった。なら、覚も、これから自分の夢を見つけられれば、もう暴れることもなくなる……
「覚君、君のなりたい姿、追い求める夢はなんですか?」
「……俺の、なりたい姿……」
その質問に、覚はすぐに答えなかった。答えられなかったのだ。だって、それを見つけられていないから、まだ力を授かっていないのだから。
それは、これから覚が見つけなくてはならない、彼の使命そのものだ。それを見つけるために、彼は夢見人に選ばれたのだ。他の誰でもない、自分自身にしかわからない、最後の問い。
クライムも、それを今、覚が答えられないことを理解していた。それを無理やり問い詰めることはしない。
「とりあえず、全員目覚めたことですし、星華さんを呼んで、今後の方針を話し合いましょう。彼女がそれに応じるかはわかりませんが」
そう言うとクライムは、私に視線を向けた。
「シャルロットさん、あなたが星華さんを呼んできてください。恐らく、この中で最も信用されているのはあなたですから」
「わ、私!?べ、別にいいのだけど……」
少し動揺しながらも、言われるがままに、星華のいる二階へ向かった。
部屋に入ると、すでに星華はガレットを平らげており、ベッドから起き上がっていた。だが、目の前で魔獣に人が殺されているのを見ることしか出来なかったからなのか、体中から負のオーラを放ち、虚ろな目をしている。
この状態の星華に、掛ける言葉なんて見つからない。何も言うことが出来ず、いつもより部屋の中が暗く、空気が重苦しい。
「お主か……」
星華から口を開く。コクっと頷いて見るが、それを星華が確認したかはわからない。
「お主の手料理、中々美味でござった。かたじけない」
「そう……よかったわ……」
また、沈黙が続く。
私は、星華に名前を教えてすらいない。そんな私が、今の彼女に言える言葉など、ありはしないのだ。
対魔征討軍。星華は世界中に展開するこの大組織で最高幹部にまで上り詰めているのだ。その過程で、私の想像を絶するほどの努力、後悔、苦難をしてきたはずだ。
幼い容姿とは裏腹に、彼女は私よりずっと大人で、この世界を救ってきた。
そんな彼女が、今、これほど気を病んでいる。
どれだけ強くても、もとは変わらない。私と同じ、一人の少女なのだ。
「拙者は幹部失格でござる。目の前で救いの手を求める人一人救えぬとは。拙者はもう、この肩書が相応しい人間ではござらん」
「…………」
「もう、拙者はここを出る。世話になった」
「そんな……待ってよ……!」
私の静止を、いとも容易く振り払い、星華は部屋を出ようとしている。
どうすれば、星華を止められる……!?どうすれば……
そのとき、ハッと思い出す。私のこれまでの旅路、祖国をかの仇敵に奪われた憎しみを。
今、彼女の力を一番に必要としているのは、ここにいる私自身だ。彼女にしか、もう頼れないのだ。
星華は、幹部失格と自身を軽視した。だが、そんなはずがない。こんなにも近くに、助けを求めている人がいるのだから。
「私は、レーヴェという国から、アルトラ帝国の侵略を受けて、この国へ逃げてきたの」
「……!?今、何と……?」
星華が驚き、勢いよく振り返った。
「私はこの国に来て、どうしようもなく孤独だった。そんなときに出会ったのが、夢見人の覚であり、対魔征討軍のあなたよ」
星華が完全に足を止め、完全にこちらへ体を向けた。
「それまで、知らなかったの。頼れる存在が近くにいるのが、当たり前じゃなく、どれほど素晴らしいことか。でも、正直、覚は突然暴走するし、クライムは少し不気味で、星華は少し怖い」
そう、今は別に、本当の意味での仲間とは言えないかもしれない。互いの関係は浅く、信頼もしあえていない。それでも……
「それでも、私にはあなたが必要なの。今頼れるのは、あなただけなの……!」
「……何が言いたい?」
大人しく聞いていた星華が口を開いた。別に、言いたいことなんてない。特別なセリフが思いついたわけでもない。ただ、これだけは星華に知ってほしかった。
「あなたのことを必要とする人が、こんな近くにすらいるのよ!世界中に目を向ければ、何万人、何百万人とあなたに助けを呼んでいる!それなのに、あなたが失格なわけない!」
「……くだらん。別に拙者じゃなくても足りておるわ。拙者以上の強者が、この組織には何人もいる。それなのに、拙者に存在価値などありわせぬわ」
なんで、そんな否定的なことばっかり……
さっきの一件で、もう、完全に希望も自身も失ってしまったのだろうか。初めはあんなに明るかった星華が……
ダメだ。このままじゃ、本当に星華がいなくなってしまう。
でも、止めたい理由は、ここにいて欲しいからでは、もうなくなっている。ただ、星華に自信を取り戻して欲しい。
自分の素晴らしさ、偉大さを忘れたまま、生きてほしくない。
私にできるのは、その気持ちを、思う存分投げつけることだけだった。
「思い出しなさいよ!あなたが救ってきた人たちが、どれほどあなたに感謝したか!どんな顔であなたを見ていたか!もしあなたがこんなところで諦めれば、そのあなたが救ってきた希望すらも、これから奪われるかもしれないのに!それでもあなたは、まだ自分のことをそんな風に言うの!?」
これが、私のぶつけられるありったけだ。これでダメならもう……
「貴様に、何がわかる……」
そう言って星華は、部屋から飛びだした。
階段を駆け下りる音、その次に下から、覚とクライムの声が聞こえてきた。何か、星華と揉めているのだろうか。
急いで一階に戻ったが、すでにそこに星華の姿はいなかった。
「あなたで無理なら、他の誰でも無理でしょう。ついでに、没収していた二本の刀も奪い返されました」
クライムが、呆れた声で話しながらため息をついた。
そうか……星華は行ってしまったのか。
でも、星華に私の思いが伝わっていたなら、もうそれでいい。
そう自分に言い聞かせて、四つ並べられた内、一つの席に着いた。
「仕方ありません。三人で、今後の方針を話し合うとしましょう」
クライムと覚も席に着く。何故か、この三人で会話するのは少し緊張する。無駄に圧迫感があって息がしづらい。
「星華がいなくなったから、ファフニール討伐は、もうする意味がなくなったよな。何か別の目的を考えないと」
「いや、その逆です。こうなってしまったからこそ、ファフニール討伐の意味が増したのです」
「どういうことだ?」
「恐らくですが、星華さんの向かった先はファフニールのもとでしょう。あれだけ自分を卑下しても、結局はまた、彼女は戦場に舞い戻るでしょう。なにせ、プライドの高い御方ですから」
さっきの会話、クライムたちにも聞こえてたのか。あの声量で話していたから、当然と言えば当然か。
「でもさ、何でそこまで星華に固執するんだよ?他にもっと強いやつがいるはずだろ?」
「確かに対魔征討軍には、彼女以上の力を持った御方がたくさんいられます。ですが、その人達は皆、レーヴェという国へ遠征中です。この国に残っているのは星華さんだけなんです」
「ちょ、ちょっと待って!レーヴェに遠征中って、どういうこと!?レーヴェはまだ無事なの!?」
「それを、ここにいる私が知っているはずないでしょう。今は、その国のことではなく、あなた自身のことを考えなさい」
そうは言われても、久しぶりにレーヴェの情報を知れそうなのだ。冷静でいられるはずがない。
だが、いつまでも子どもではいられない。それも、理解しているつもりだ。
そんな二つの感情が頭を行ったり来たりし、うまく話を聞けなかった。
「なら、俺達の目的はファフニール討伐から変わらないってことで大丈夫か?」
「はい、三日後、この街を出て、目的地へ向かいましょう。馬車を使えば、一日あれば到着すると思います」
「……わかった。それまで、回復に努めるよ」
そのまま、ほとんど会話に参加できないまま、話し合いは終わってしまった。
三日後に、ファフニール討伐へ向かう。それだけは理解できた。
なら、それまでに知りたいことがある。何よりも、知らなくてはならないこと。レーヴェのことは、一旦忘れよう。まず、それを知らないと、討伐どころではないだろう。
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