信奈の晩年
信奈の晩年は、戦の世が完全に遠のいた頃から始まった。
第二次元寇からさらに十年余りが過ぎ、彼女は六十を超えていた。茶髪はところどころ白く混じり、結い上げるのも以前より時間がかかるようになった。それでも茶色の瞳の鋭さは、ほとんど変わらなかった。
政務の委譲
信奈は、日常の政務の多くを秀吉や家康、そして有能な官僚たちに委ねていた。検地の最終調整、街道の維持、貨幣の統一——こうした実務はすでに仕組みができあがっていた。彼女自身は、重要な決断と「最終的な許可」だけを残した。
ある日、小田氏治が砲兵隊の報告に来たとき、信奈は庭で茶を飲みながら言った。
「氏治。もう、海の向こうから大きな船は来ぬだろう」
「殿。油断は禁物です」
「わかっている。だから、お前の砲は残しておけ。私がいなくなっても」
氏治は黙って頭を下げた。信奈の声に、わずかな疲れが混じっているのを感じ取っていた。
後継と「女天下人」の影
後継者問題は、晩年になっても完全には決着しなかった。実子はなく、養子を取ったものの、信奈は「まだ早い」と先延ばしにし続けた。周囲は秀吉の系統を推す声と、家康を重んじる声に分かれたが、彼女はどちらにも明確な答えを出さなかった。
ある夜、信奈は氏治だけを呼び、静かに語った。
「私は女だったから、最初から『普通』ではなかった。鳴かぬなら殺してしまえ、と言った頃から、ずっとそうだ。だから、後を継ぐ者にも、同じ強さを求めてしまう。それが、良くないのかもしれぬ」
茶色の瞳が、少しだけ柔らかくなった。
最後の日々
信奈は、最期まで京を離れなかった。体調を崩しても、重要な報告だけは自分の耳で聞いた。氏治が砲の改良を報告すると、彼女は小さく笑った。
「まだ作っているのか。欲張りだな」
「殿が『守れ』と仰ったからです」
その言葉に、信奈はしばらく沈黙したあと、呟いた。
「……よくやった。氏治」
それから数日後、織田信奈は静かに息を引き取った。享年は七十を少し超えていた。戦で死ぬことを想定していた彼女にとって、病床で穏やかに終わるのは、意外な結末だったのかもしれない。
葬儀のあと、氏治は一人で砲兵隊の陣地に立ち、空を見上げた。茶髪の主は、もういない。しかし、彼女が残した天下と、氏治が整備した砲は、まだそこにあった。
「殿。今度の人生は、最後まで仕えてみせました」
風が、静かに吹いていた。
信奈が世を去ってから、数年が過ぎた。
小田氏治も、すでに七十を過ぎていた。砲術奉行としての務めは、育てた部下たちに少しずつ譲り、自らが陣頭に立つことはなくなっていた。ある日、彼は正式に引退を申し出た。
引退の日
京の邸で、氏治は後継の砲術奉行に印と図面の束を渡した。
「砲身の厚み、装薬の配合、潮風対策……すべて書いてある。私がいなくても、続けろ」
後継者は深く頭を下げた。氏治はそれ以上、多くを語らなかった。自衛官時代の知識も、戦国の記憶も、すべてこの時代の砲に注ぎ込んできた。もう、十分だった。
最後の視察
引退の前に、氏治は一度だけ、博多の海岸防衛砲台を見に行った。第二次元寇のときに火を噴いた場所だ。砲は今も整備され、静かに海を向いていた。
風が吹き、白くなった髪を揺らす。氏治はしばらくそこに立ち、呟いた。
「殿。私は、ここまで守ってみせました」
茶髪の主の姿は、もうどこにもない。それでも、彼女が残した天下と、氏治が作った砲は、まだ機能していた。
隠居
氏治は京の外れに小さな屋敷を構え、隠居した。庭で茶を飲み、時折、昔の部下が訪れて砲の話を聞く程度の日々だった。負け続けた前世と、勝ち続けた今世。その両方を胸にしまい、彼は静かに歳を重ねていった。
ある夕暮れ、氏治は空を見上げて小さく笑った。
「今度の人生は、悪くなかった」
それが、小田氏治の引退だった。
小田氏治が静かに世を去ったあと、砲兵隊は彼が残した仕組みのまま動き続けた。
氏治は引退後も数年生き、八十を目前にして亡くなった。葬儀はつつましく行われ、信奈の墓の近くに葬られた。茶髪の女天下人と、迫撃砲を持ち込んだ転生者は、こうして同じ時代の土に還った。
継承された砲兵隊
氏治が育てた後継者たちは、彼の残した図面と訓練体系を忠実に守った。砲身の作り方、装薬の配合、観測の手順、海岸砲台の維持方法——すべてが文書と実地の伝承として残されていた。自衛官時代の合理性が、戦国の職人と兵たちの手によって、この時代の「普通」になっていた。
第二次元寇からさらに歳月が過ぎても、博多や対馬寄りの海岸には砲台が維持され、定期的に点検と訓練が行われた。大規模な侵攻は再び起きなかったが、砲兵隊は「海の守り」として存続した。
変化と定着
信奈の死後、政権は秀吉や家康の系統に少しずつ移っていったが、砲兵隊そのものは解体されなかった。むしろ、国境や重要な港の防衛に欠かせない存在として、諸大名からも一目置かれるようになる。氏治が「欲張りだ」と言われた改良の精神は、後継者たちの中に細々と受け継がれ、砲の精度は徐々に上がっていった。
ある日、若い砲術方が海岸の砲台に立ち、海を見つめて言った。
「小田様が残したものは、まだ生きている」
風が吹き、砲身を静かに鳴らした。
小田氏治の死後も、砲兵隊は日本の海を向き続けた。茶髪の主と、転生者の男が残した「守り」は、戦のない世の中で、静かに機能し続けていた。




