統一後の氏治
統一後の小田氏治
天下を統一した織田信奈の下で、小田氏治は「砲術奉行」としてさらに重要な役割を担うようになった。
砲の改良と量産
戦が終わったあと、氏治は本格的に迫撃砲の改良に取り組んだ。自衛官時代の知識を活かし、砲身の強度を上げ、装薬の効率を改善し、照準の精度を高める。信奈の許可のもと、各地の職人を集め、量産体制を整えていった。
「もう城攻めだけでなく、国境の守りにも使える」
氏治はそう言い、茶髪の信奈に新型砲を披露した。信奈は茶色の瞳で砲を見つめ、満足げに頷く。
「よくやった。これからは『国防』のためにも使え」
訓練と制度作り
氏治は、砲を扱う専門の部隊を組織し、訓練を始めた。元自衛官としての経験から、単なる力任せではなく、隊形や指揮系統、安全な取り扱いまで体系的に教える。信奈の兵農分離政策とも連動し、専業の砲兵が少しずつ育っていった。
ある日、信奈が訓練を見に来て言った。
「氏治。お前がいなければ、この筒はただの鉄くずだった」
氏治は深く頭を下げる。
「殿のおかげで、ここまで来られました」
穏やかな日々の中で
統一後の世は比較的穏やかだったが、氏治は油断しなかった。地方で小さな反乱の兆しがあれば、砲を伴って鎮圧に向かうこともあった。また、検地や城の修築にも軍事的な知見を提供し、信奈の統治を陰で支えた。
茶髪の女天下人の傍らで、転生者の小田氏治は静かに、しかし確実に新しい時代の軍事を築いていった。
「今度の人生は、負け続けない」
氏治は、夜空を見上げながらそう呟くのだった。
小田氏治の砲兵隊編成
天下統一後、織田信奈は小田氏治に正式に「砲術奉行」の地位を与え、専用の砲兵隊を編成することを許可した。
部隊の構成
氏治は、自衛官時代の経験を基に、以下のような編成を提案し、実行した。
砲手隊:実際に迫撃砲を操作する兵。装填・照準・発射を分担。
弾薬隊:火薬と弾の運搬・管理を担当。安全な取り扱いを徹底。
観測・連絡隊:着弾を観測し、修正を伝える役。旗や伝令を使う。
護衛隊:砲列を守るための槍・鉄砲兵。
当初は小規模な数百人規模から始め、徐々に拡大していった。信奈は茶髪を結いながら報告を聞き、茶色の瞳で頷く。
「合理的だ。続けろ」
訓練
氏治は、単なる力仕事ではなく、手順を徹底的に叩き込んだ。
「装填は静かに、迅速に。焦って事故を起こすな」
実弾演習も繰り返し行い、曲射の精度を高めていく。信奈が時折視察に訪れ、砲の音を聞きながら満足げに笑った。
「この音が、これからの平和を守る」
配置
砲兵隊は、京や主要な城、国境付近に分散配置された。有事の際には迅速に集結できるよう、指揮系統も整えられる。氏治自身が全体を統括し、改良と訓練を並行して進めた。
こうして、小田氏治の砲兵隊は、織田信奈の新しい軍事体制の一翼を担う存在となっていった。
天下統一から十数年が過ぎたある年、大陸から大規模な船団が九州に迫っているという報告が、京の織田信奈の下に届いた。
「……元の残党か、あるいは新しい勢力か」
茶髪の信奈は、茶色の瞳を細めて海図を見つめた。過去の元寇の記録は知っていたが、まさかこの時代に再び来るとは。
防衛体制
信奈はすぐに諸大名に動員をかけ、自らも九州へ向かう準備を始めた。そして、小田氏治を呼び出す。
「氏治。お前の砲兵隊を、最前線に回せ」
氏治は深く頭を下げた。自衛官時代の知識と、これまで改良を重ねてきた迫撃砲が、ついに本格的な対外戦争で試される。
「承知しました。海岸線と上陸予想地点に、砲列を敷きます」
上陸戦
蒙古(あるいはその後継勢力)の大船団が博多湾付近に現れた。膨大な数の兵が船から降りようとする。
氏治の砲兵隊は、事前に構築した陣地から曲射を開始した。
「撃て!」
迫撃砲の炸薬弾が、海上の船団と上陸しようとしている敵兵の密集地に次々と着弾する。木製の船は火を吹き、隊列は大きく乱れた。鉄砲隊も加わり、海岸は激しい攻防となる。
信奈は茶髪を風になびかせながら、戦況を見つめて言った。
「氏治の筒が、海を守っている」
蒙古軍は予想以上の火器の抵抗に遭い、上陸に手間取る。やがて嵐も手伝い、船団は大きな損害を出して撤退を始めた。
戦後
第二次元寇は、織田信奈の統一政権と、小田氏治の砲兵隊によって退けられた。
戦いのあと、信奈は氏治に言った。
「よくやった。お前の砲がなければ、九州はもっと苦しんでいただろう」
氏治は静かに答える。
「殿の天下を、海の外からも守れて光栄です」
茶髪の女天下人と、転生者の砲術奉行は、こうして新たな脅威からも日本を守り抜いた。




