転生者
小田氏治、仕官す — 迫撃砲の記憶とともに
信奈の前に進み出た小田氏治は、ただの転生者ではなかった。
彼の中には、三つの記憶が重なっていた。
一つは、戦国の常陸で何度も城を落とされ、それでも立ち上がり続けた小田氏治としての記憶。
一つは、現代の自衛官として訓練を積み、現場を経験した頃の知識。
そしてもう一つが、迫撃砲に関する専門的な知識と、実際に扱った経験だった。
氏治は深々と頭を下げながら、静かに言った。
「信奈様。私は前の世で、鉄の筒から炸薬を込めた弾を飛ばす『迫撃砲』という兵器を扱っておりました。簡単な構造で、城攻めや野戦で大きな効果を発揮します。材料と職人が揃えば、この時代でも作れるはずです」
茶髪の信奈は、茶色の瞳を細めた。
「……鉄砲よりさらに飛距離があり、曲射ができる火器、か」
「はい。信長様……いや、信奈様の鉄砲三段撃ちを、さらに上回る可能性もあります。まずは試作から」
信奈はしばらく沈黙したあと、口元に笑みを浮かべた。
「面白い。負け続けた男が、そんな物を持って現れるとはな。よし、小身ながら試作を許可する。成功すれば、取り立ててやろう」
氏治は胸を高鳴らせながら退出した。
頭の中ではすでに、砲身の厚み、装薬の量、照準の取り方、そしてこの時代の技術でどこまで再現できるかが回り始めていた。
「今度こそ……この知識で、主の勝利に貢献する」
茶髪の女天下人の下で、自衛官の記憶を持つ小田氏治の新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。
桶狭間 — 迫撃砲、火を噴く
五月十九日、午後。
田楽狭間で休息を取る今川義元の本陣に、突然、空から炸裂する音が降り注いだ。
「な、なんだ……!」
雨の中、数発の砲弾が着弾する。木々が吹き飛び、人馬がパニックに陥った。それは、小田氏治が昨夜から急遽用意した簡易迫撃砲だった。鉄の筒に黒色火薬と簡易な炸薬弾を込め、曲射で本陣の奥深くまで飛ばしている。
信奈は、茶髪を雨に濡らしながら茶色の瞳を細めた。
「……効いているな」
氏治が横で報告する。
「射程はまだ短いですが、混乱は十分です。今が突撃の好機かと」
信奈は頷き、刀を抜いた。
「行け! 本陣を突け!」
織田の兵たちが雨に紛れて突入する。迫撃砲の着弾で既に浮足立っていた今川軍は、完全に対応が遅れた。義元の周囲は混乱し、服部小平太と毛利新介が切り込む。やがて、義元の首が上がった。
戦いのあと、信奈は血と雨に濡れた鎧のまま、氏治に言った。
「よくやった。あの筒、もっと作れ」
氏治は深く頭を下げた。自衛官時代の記憶と、戦国の経験が、初めて実を結んだ瞬間だった。
茶髪の信奈は、遠くを見つめながら呟く。
「……これは、使える」
桶狭間の勝利は、歴史どおりに終わった。しかし、その裏側には、転生者の迫撃砲が静かに火を噴いていた。
次の戦い — 美濃攻略での小田氏治
桶狭間の勝利から数年後。
織田信奈は美濃の斎藤氏を攻める段階に入っていた。稲葉山城(後の岐阜城)を中心に、斎藤龍興が抵抗を続けている。
ここで再び、小田氏治の迫撃砲が投入された。
稲葉山城攻め
信奈は茶髪を結い、茶色の瞳で城を見上げた。
「正面から攻めれば損耗が大きい。氏治、あの筒で城内を叩け」
氏治は頷き、準備していた簡易迫撃砲を複数門、城の射程外に配置した。黒色火薬と改良した炸薬弾を込め、曲射で城内の兵站や門付近に着弾させる。
「ドォン……ドォン……」
城内から悲鳴と混乱の声が上がる。壁の一部が崩れ、守備兵の動きが乱れた。信奈はそれを見て、微笑んだ。
「よし、今だ。総攻撃」
織田軍が雪崩れ込む。氏治の砲が作った隙を突き、城は想定より早く落ちた。斎藤龍興は逃亡し、信奈は稲葉山城を手に入れる。
戦いのあと、信奈は氏治を呼び、言った。
「よくやった。これからは『砲術奉行』として、もっと数を揃えろ。材料は優先して回す」
氏治は深く頭を下げた。
自衛官時代の知識が、美濃の山城で確実に実を結んだ。茶髪の主は、すでに次の戦いを見据えていた。
上洛 — 小田氏治の砲
永禄十一年(1568年)。
織田信奈は足利義昭を奉じ、京へ向かう上洛の軍を進めていた。茶髪を結った彼女の軍勢は、美濃を平定した勢いのまま西へ向かう。途中、六角氏などの抵抗勢力が行く手を阻んだ。
ここで、小田氏治の迫撃砲が再び火を噴く。
観音寺城の戦い
六角義賢が籠もる観音寺城に対し、信奈は正面攻撃を避けた。
「氏治、城の裏側と兵站を叩け」
氏治は改良を重ねた迫撃砲を複数門配備する。曲射で城内の倉庫や門の周辺に着弾させ、守備兵を混乱させた。炸裂音が山間に響き、六角方の士気が大きく削がれる。
信奈は茶色の瞳で戦況を見つめ、静かに命じた。
「総攻撃。京への道を開け」
織田軍が突入し、観音寺城は短期間で落ちた。抵抗は予想以上に弱く、上洛の障害はほとんど取り除かれる。
京に入ったあと、信奈は氏治を呼び、茶髪を風になびかせながら言った。
「よくやった。これで義昭を将軍に据えられる。お前の筒は、もう欠かせぬ」
氏治は深く頭を下げた。自衛官の記憶で作った火器が、京の都への道を切り開いた瞬間だった。
茶髪の女当主は、こうして無事に上洛を果たし、天下布武の次の段階へと進んでいく。
姉川の戦い — 迫撃砲の援護
元亀元年(1570年)。
織田信奈と徳川家康の連合軍が、浅井・朝倉連合と姉川で激突した。
信奈は茶髪を結い、茶色の瞳で戦場を見渡す。正面は鉄砲と槍で押し合う展開になったが、ここで小田氏治の迫撃砲が投入された。
氏治は後方から曲射で、浅井・朝倉の側面と予備隊に着弾させる。炸裂音が響くたびに敵の隊列が乱れ、織田・徳川方が押し返すきっかけを作った。
「氏治の筒が効いている。今だ、押せ!」
信奈の号令で織田軍が前進し、姉川の戦いは連合軍の勝利に終わった。氏治は砲の整備をしながら、深く息をつく。自衛官の知識が、また一つ実戦で役立った。
長篠の戦い — 三段撃ちと迫撃砲
天正三年(1575年)。
武田勝頼の騎馬隊が押し寄せる長篠の戦い。信奈は有名な鉄砲三段撃ちを準備していたが、それに加えて氏治の迫撃砲を配置した。
武田の騎馬が突進してくる中、鉄砲の一斉射撃に加え、後方から迫撃砲が曲射で着弾する。騎馬隊の密集したところに炸薬弾が落ち、さらなる混乱を呼んだ。
信奈は茶色の瞳で戦況を見つめ、静かに言った。
「鉄砲と筒で、騎馬の時代を終わらせる」
武田軍は大敗し、勝頼は撤退する。戦いのあと、信奈は氏治を高く評価した。
「お前の砲がなければ、ここまでの損害は出なかっただろう。さらに改良を続けろ」
氏治は頭を下げながら、胸の内で誓う。
「この主のために、もっと良いものを作る」
茶髪の信奈の天下布武は、迫撃砲を持つ家臣とともに、さらに加速していった。
本能寺の変 — 小田氏治の働き
天正十年六月二日、未明。
明智光秀の軍勢が本能寺を囲み始めたとき、小田氏治は寺の近くにいた。
信奈の茶髪の姿を思い浮かべながら、氏治はすぐに動いた。自衛官時代の経験から、囲まれた状況での脱出と反撃の要点を瞬時に判断する。
「殿! 裏手に簡易の防壁を! 私が時間を稼ぎます!」
氏治は、事前に試作していた小型の迫撃砲を数門、寺の周辺に急遽配置した。完全な準備はできていなかったが、黒色火薬を込め、光秀軍の密集したところに曲射で撃ち込む。
「ドォン!」
突然の炸裂音に、明智の兵たちが動揺した。氏治はさらに、寺の裏側の抜け道を確保し、信奈に伝える。
「殿、こちらへ! 蘭丸殿に表を任せてください!」
信奈は茶色の瞳で氏治を一瞥し、短く頷いた。
「……氏治、よくやった」
炎が上がる中、信奈は氏治の用意した道から離脱する。氏治自身も、残った砲で追撃を遅らせながら後退した。光秀軍は想定外の抵抗と砲火に遭い、完全な包囲を果たせない。
後日、無事に脱出した信奈は、氏治を呼び寄せて言った。
「お前がいなければ、私はあそこで終わっていた。礼を言う」
氏治は深く頭を下げる。転生者の知識が、主の命を救った夜だった。
光秀討伐 — 山崎の戦い
本能寺から脱出した織田信奈は、すぐに反撃の準備を整えた。小田氏治も、生き残った兵と残った迫撃砲をまとめて追撃軍に加わる。
一方、中国から引き返してきた秀吉の軍も合流し、明智光秀を追い詰める。
山崎の戦い
六月十三日、山崎で両軍が激突した。
信奈は茶髪を結い、茶色の瞳で光秀の陣を見据える。氏治は後方に迫撃砲を配置し、報告した。
「殿、砲の準備ができました。光秀の本陣周辺を叩けます」
「よし、撃て」
曲射された砲弾が、光秀軍の密集した隊に着弾する。炸裂音とともに隊列が乱れ、秀吉の軍と信奈の本隊が同時に押し寄せた。光秀は必死に立て直そうとしたが、砲火と挟撃に対応しきれない。
やがて光秀軍は総崩れとなり、光秀自身も敗走の末に討たれた。
戦いのあと、信奈は氏治の前に立ち、静かに言った。
「本能寺でも、ここでも、お前の筒が効いた。これからも頼れ」
氏治は深く頭を下げた。自衛官の記憶で作った火器が、謀反の鎮圧に確実に貢献した。
茶髪の信奈は、再び天下布武の道を歩み始める。氏治はその傍らで、さらに砲の改良を誓っていた。
天下統一への道 — 小田氏治の砲
光秀を討ったあと、織田信奈は本格的に残る勢力の平定に取りかかった。小田氏治は「砲術奉行」として、改良を重ねた迫撃砲を率いて各地の戦いに参加する。
中国平定(毛利攻め)
秀吉とともに毛利氏と対峙した戦いでは、氏治の迫撃砲が城攻めに大きく貢献した。曲射で城内の兵站や櫓を破壊し、守備兵の士気を削ぐ。信奈は茶髪をなびかせながら報告を聞き、満足げに頷いた。
「氏治の筒があれば、城は早く落ちる」
毛利はほどなく降伏し、中国地方は平定された。
小田原征伐
天正十八年、関東の北条氏を攻める小田原征伐。長期戦が予想されたが、氏治の迫撃砲が小田原城の周辺や支城に着弾し、兵站を乱した。鉄砲と砲の組み合わせで、北条方の抵抗は次第に弱まる。
信奈は茶色の瞳で城を見つめ、静かに言った。
「これで東も片付く」
北条は降伏し、関東が平定される。氏治は砲の整備をしながら、深く息をついた。
奥州と最終平定
伊達政宗ら奥州の大名も、信奈の威と氏治の砲の噂を聞いて恭順する。残る小勢力も次々と屈し、天正十九年、信奈は天下統一を宣言した。
統一の宴で、信奈は氏治を呼び、茶髪を結い直しながら言った。
「桶狭間の前夜から、よく付いてきてくれた。お前の筒がなければ、ここまで早くは来られなかった」
氏治は深く頭を下げた。
「御恩は、一生かけてお返しします」
茶髪の女天下人と、迫撃砲を持つ転生者のコンビは、こうして戦国の世を終わらせた。




