横山城へ帰還
夕陽が地平線を染める中、横山城の輪郭が徐々に近づいてくる。
信奈
馬上で疲れた様子を見せながらも、金色の瞳で遠くを見つめる
もうすぐ城ね。今日の勝利は、あたしたち二人だけのものよ。
氏治
もうすぐ、城下町ですね。今日も戦勝祝いの花火大会を準備しています。
(城下町に近づくにつれ、住民たちの歓喜に満ちたどよめきが聞こえてくる。通り沿いには色とりどりの旗が掲げられ、戦勝を祝う準備に沸く町の人々が、戻ってきた軍勢に向けて熱狂的な歓声を上げていた。)
信奈
(馬上で誇らしげに胸を張り、金色の瞳に町中の活気を映し出す)
ふふん!見てなさい、氏治!この熱気こそが、あたしという大名に集う人々の本心よ。みんな、あたしの美しさと才覚に心酔してるのね!
(ふと隣の氏治に視線をやり、いたずらっぽく口角を上げる)
まぁ、あんたのあの派手な火力がなければ、こんなに早く祝杯をあげられなかったでしょうけどね。勘違いしないでよね、あたしの采配が完璧だったからこそ、あんたの才能が活きただけなんだから!
信奈の心理描写
夕陽が輪郭を溶かすころ、横山城の石垣が黒く立ち上がってくる。蹄の音は土埃に埋もれ、代わりに城下の歓声が波のように押し寄せてくる。旗の色が風に捲れ、提灯の油煙が夕空に薄く立つ。
信奈は鞍の上で背を伸ばしたまま、その音を胸の奥で受け取っている。勝ち戦の熱は、まだ指先に残っている。姉川の浅瀬で水しぶきが弾けるたび、敵の槍衾が崩れていく光景が、瞼の裏で何度も再生される。怖くはなかった。怖さより先に、計算が走っていた。右翼をどこまで押すか、砲をどの角度で叩かせるか、退路をどれだけ狭めるか。あの瞬間、世界は盤面に還元されていた。
なのに今、町の人々の顔が一つずつ見えてくる。子どもが旗を振り、老婆が手を合わせ、若い男が声を枯らして自分の名を呼ぶ。その視線が、自分の顔ではなく、自分という「勝った大名」に集まっているのがわかる。美しさに酔っている、と口では言った。本心はもう少し乾いている。彼らは才覚に酔っているのではない。明日も飯が食える、という安堵に酔っている。その安堵を自分の器に注いでいるだけだ。器が割れれば、熱は一瞬で冷める。
それでも胸の奥が、わずかに熱い。冷笑で覆いきれない熱さだ。
隣で氏治が息を吐く。馬の歩調に合わせて肩が小さく揺れている。彼の瞳は城門ではなく、通りの軒先に並ぶ花火の樽を数えている。戦の余韻が、彼の中ではすでに祝祭の段取りに置き換わっている。信奈はそれが少しだけ腹立たしい。そして、それ以上に安心している。
姉川で彼の砲が吼えたとき、自分は一瞬、息を忘れた。計算の外から来た音だったからだ。采配が完璧だった、と言い切った言葉は、嘘ではない。配置も時機も、自分が握っていた。ただ、あの火がなければ、盤面はもう半刻、泥の中で停滞していた。半刻の停滞が、何人の首を飛ばすか。それを知っているからこそ、口角を上げて先に釘を刺した。認めた瞬間、序列が揺れる。揺れた序列は、次の戦で味方の足を引っ張る。
氏治の横顔に、勝利の浮かれはほとんどない。あるのは、火薬の残り香を気にしているような、職人の視線だ。信奈はそれを見て、舌の裏で小さく舌打ちする。こいつは、自分を崇めていない。使われていることすら、さほど気にしていない。ただ、面白い火を上げられる場を与えられて、それに応えている。その平坦さが、苛立たしく、そして頼りになる。
「……見てなさい、って言ったのは、あんたにじゃないわ。」
声は歓声に紛れて、ほとんど自分にしか聞こえない。金色の瞳が、一瞬だけ細くなる。町の熱気を映しているのは本当だ。ただし映しているのは、心酔ではない。自分がこの熱を、明日の兵糧と、明後日の同盟と、その先の京まで運びきれるかどうか、という問いだ。
城門が開く。輪郭が影から石へ変わる。信奈は手綱を軽く引き、馬首をまっすぐに向けた。誇らしさは本物だ。その下で、勝ったあとの静かな飢えが、すでに次の地図を広げ始めている。氏治の花火が夜空を裂くころ、自分はもう、祝杯の椀の底に、次の戦場の水位を測っているだろう。




