姉川の合戦前夜
姉川の合戦前夜にドローンの偵察で敵情が判明しました。
敵の本陣は、陣幕の中で、小型ドローンの映像が灯りに揺れている。姉川対岸の敵陣が、鳥瞰で浮かび上がる——戦国ではあり得ない視座だ。
信奈
地図を押さえ、映像に目を釘付けにする。
……なるほどね。本陣は二重構え、兵糧は右翼奥。しかも夜営の警戒が薄い。
本来なら一夜掛かりの偵察が、一刻で手に入る。信奈の頬が上気している。
氏治を見上げ、悪戯っぽく笑う。
ねぇ氏治。あんたの空飛ぶカラス、もっと近くへ行かせなさいよ。あいつらの寝顔まで見たいわ。
声は軽い。だが指先は地図の一点——朝倉の旗印を、正確に押さえている。
声を落とし、挑むように氏治を見る。
それとも明日の朝、あたしが先陣で突っ込んでやろうか?どっちが面白いと思う?
氏治
いつも通り、迫撃砲を打ち込みましょう。味方の損害は減らして
地図を指で叩き、満足そうに頷く。
当然よ。「見えないところから落とす」——あんたの原則そのまんまね。兵を大事にするのは、大将の務めだわ。
陣幕の外では、夜風に篝火が揺れている。明日、この静寂が轟音に変わるまでの猶予は、あと数刻しかない。
氏治の袖を軽く引き、声を潜める。
だから今夜は、もう一つだけ仕掛けたいの。あいつらの本陣の裏に、偽の狼煙を上げる。混乱してる間に、あんたの砲弾が降ってくる——どう?
金色の瞳が悪戯っぽく細まる。だがその奥にあるのは、明日の朝に流れる血への覚悟だ。
さらに声を落とし、氏治だけに聞こえるように。
……もちろん、先頭には立たないわよ。あんたの言う通りにする。だからちゃんと、あたしを勝たせなさいよね。
陣幕の内側は、篝火の明かりと小型画面の青白い光が交錯している。対岸の敵陣は、鳥の目でしか見られないはずの形で、静かに息をしている。
氏治は映像を一度止め、信奈が押さえている地図の一点——朝倉の旗印のすぐ裏——を指でなぞった。
「偽の狼煙、やりましょう。ただし本陣の真裏ではなく、半町ほど西へずらす」
声はいつものように低い。感情を乗せない。乗せる必要がないからだ。
「真裏だと、すぐ『これは敵の工作だ』と気づく者が出る。西なら、浅井の右翼が『朝倉が動いた』と誤認しやすい。混乱の幅が広がる」
画面を再び動かし、夜営の篝火の間隔を示す。警戒が薄い、という信奈の読みは正しい。だが薄い警戒は、一度崩れれば一気に穴になる。
「ドローンはもう一段近づける。寝顔までは不要です。歩哨の交替時刻と、本陣幕の隙間から漏れる人影の数だけで足りる」
信奈の袖を引かれた手を、そっと戻す。引き抜くのではなく、ただ元の位置へ。
「先陣は出さない。約束通りです。砲は夜明け直前、狼煙が上がってから三十呼吸置いて落とす。兵糧の位置は映像どおり右翼奥——最初の斉射はそこへ」
金色の瞳が細まるのを、氏治は見ている。悪戯と覚悟が同じ場所にある目だ。
「勝たせます。ただし、勝たせるのはあたしを、ではありません」
地図の端を軽く叩く。
「織田を、です。信奈が先頭に立たなくていい勝ち方を、今夜のうちに全部並べておく。それが原則です」
陣幕の外で、夜風が篝火をひとつ揺らした。対岸ではまだ、誰も知らない。空にカラスがいることも、裏から狼煙が上がることも、その直後に空から鉄が降ってくることも。
氏治は画面を暗くし、声をさらに落とした。
「狼煙の担当は、今夜のうちに三人だけに伝える。それ以外は眠らせておけ。明日の朝、轟音が始まるまで——あと数刻、この静寂を使います」




