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凡才王女と天才孤児

そして、時は流れた。

体感時間にして、およそ一万年。


「もう嫌じゃ…統治者などしとうない…」


精神と時の部屋。

私は、山のように積み上げられた書物の前で、完全に燃え尽きていた。

政治学、経済学、法学、帝王学、建築学、軍事戦略論、そして流暢になったグレイシシアン語…。

私の脳は、もはや知識の詰め込みすぎで沸騰寸前だ。


『やれやれ。たかが地球の学問を詰め込むのに、一万年もかかるとはな』

グラットンが、呆れたようにため息をつく。


『剣の修行は100年ちょいでモノになったのに、勉強は時間がかかりすぎだろ…。お前が世界最強を目指していて、本当によかったぜ。もし「世界一の頭脳」を目指していたら、人類を滅亡させてお前一人にするくらいしか手がなかったかもな、ククク』

「笑いごとじゃないのじゃ!」


身体を動かすのは嫌いだが、まだマシだった。

一日中机にかじりついて、意味不明な文字列と格闘する苦痛に比べれば、腹筋千回の方がよほど楽だ。


『まあ、これでようやくスタートラインだ。ほら、例の子供をこの部屋に呼ぶから、ちゃんと教育するんだぞ。お前が教師となり、最強万能のメイドを育て上げるのだ』


グラットンの言葉と共に、部屋の扉が開き、リリと名付けた、あの時の戦災孤児の少女が入ってきた。

一万年ぶりの、自分以外の人間との再会。

少し緊張したが、私は覚悟を決めた。


「リリよ、今日からお主は私の生徒じゃ。私が一万年かけて習得したこの叡智、その全てを授けてやろう!」




――そして、三年が過ぎた。


「……なんであの子、たった三年で私の一万年を超えてんの…?」


私は、遠い目をしながら呟いた。

リリは、私が一万年かけてようやく理解した経済理論を、たった半年でマスターし、あまつさえ「この理論には構造的欠陥がありますね」などと指摘してきた。

法学に至っては、三カ月で私を論破するレベルに達している。


『そりゃそうだ。この都市にいた戦災孤児の中で、一番筋の良い素体を連れてきたからな。正真正銘の天才だ』

「天才…だと…」

『ほら、お前が欲しがってたのは万能美少女メイド軍団だろ。軍団なんだから、一人じゃ足りん。その子と協力して、あと十人くらい面倒見てやれ。リストアップしておいたぞ』


次々と、新たな孤児たちが部屋に送り込まれてくる。

だが、私の心は、もはや嫉妬よりも安堵に満たされていた。


「なーんだ、この子が特別天才なだけならしょうがないわね! よしよし、私が一万年かかったのじゃ、他の凡人なら十万年くらいはかかるじゃろうて! がはは!」


希望が見えた。

リリに教育を丸投げすれば、私はまたサボれる!




――さらに、二年が過ぎた。


「なんであの子たち、全員二年で私の一万年を超えてんの…?」


私は、完全に自信を喪失していた。

後から来た十人の子供たちも、全員が恐るべき速度で知識を吸収し、あっという間に私のレベルを追い越していったのだ。


『簡単なことだ。教師が優秀だったからな』

「教師…? 私のことか!?」

『いや、リリのことだ』


グラットンの無慈悲な一言が、私の心を砕いた。

どうやら、私は教える才能も皆無だったらしい。




――そして、現実世界。

フォルティス市の領主執務室。


「戦後処理、エグすぎぃぃぃぃぃぃ!!」


私は、もはや人語とは思えぬ叫びを上げていた。

目の前には、終わりの見えない書類の山、山、山。

賠償問題、インフラ復旧、難民対策、治安維持、産業振興…

リリを筆頭とするメイド軍団が、超人的な速さで書類を捌いているというのに、それでも全く仕事が減らない。


「メイド軍団を使ってもぜんっぜん終わらん! 結局、私も事務作業しないと間に合わんではないかあああああ!」

『当たり前だ。しっかり手早く処理しろ。都市の立て直しは、初動が肝心だからな』


グラットンが、横から檄を飛ばす。


『それに、世界最強のためには、経済力や政治力も重要だ。武力だけで世界は取れん。強固な地盤があってこその武力だということを、一万年も勉強したんだから理解しているだろう?』

「うぅ…正論パンチやめて…」


もはや限界だった。

肉体的にも、精神的にも、そして知能的にも。


「ウヘヘ…グラットン…もうだめじゃ…仕事してても、頭がハッピーになるような、都合のいいお薬、出して…」

『フン、仕方ないな』


ポン、と軽い音を立てて、私の机の上に、小さな小瓶が現れた。


『ほい、リ○イン』

「おお! これがあれば…!」


私は歓喜の声を上げ、ラベルをよく見た。

そこには、こう書かれていた。

「「「24時間戦えますか?」」」


「これ、24時間ぶっ通しで働かせるための栄養ドリンクじゃねぇかあああああああああああ!!!」


私の絶叫が、執務室に木霊した。

メイドたちが「領主様、お静かにお願いします」「計算が狂います」と、冷ややかな視線を向けてくる。

ああ、怠惰な生活は、今日もまた、一歩遠のいたのだった。


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