人材ゼロからの領地経営
ガタンゴトン、ガタンゴトン…。
豪華絢爛とは言い難い、実用性重視の馬車に揺られながら、私は死んだ魚のような目で窓の外を眺めていた。
目的地は、私の新たな領地となった元敵国の都市フォルティス。
名前からして、もう面倒くさい。強そうで、頑固そうで、絶対に一筋縄ではいかない響きだ。
(領主…領主かぁ…)
書類仕事、民衆の陳情、インフラ整備、税金の徴収、防衛計画の策定…。
考えただけで蕁麻疹が出そうだ。
だが、私は天才。そして、究極の怠け者。
怠けるためには、どんな努力も(できればしたくないが)厭わない。
そうだ。
私が働かなければいいのだ。
私は腰のグラットンに向かって、ニヤリと笑いかけた。
「グラットンよ。我に名案がある」
『どうせろくでもないことだろうが、一応聞いてやろう』
「私の代わりに、領主の仕事やら何から何まで、全部完璧にやってくれる、万能で、忠実で、可愛い美少女メイド軍団を召喚してくれ」
どうだ!
これぞ究極のソリューション!
美少女メイドたちに仕事を丸投げし、私は領主の執務室で優雅に紅茶を嗜む。
たまに「うむ、苦しゅうない」とか言っておけば、名君として歴史に名を残せるかもしれない。完璧な計画だ。
『…………』
グラットンが、沈黙した。
『わかんないッピ』
「は?」
『そんな都合のいい存在、この世のどこにもデータがないッピ。検索結果ゼロ件ッピ』
「その語尾やめろ腹立つ! それに、お主は魔剣じゃろ! 無から有を生み出すくらい造作もないはずじゃ!」
私はグラットンの柄を掴み、ブンブンと振り回した。
「魔剣に命ずる! 万能美少女メイド軍団を出せ! これは願いだ! 契約を履行しろ!」
私の必死の叫びに、魔剣が再び禍々しいオーラを放ち始めた。
『ククク…よかろう。そこまで言うのなら、叶えてやろうではないか。お前の一番嫌う方法でなぁ!』
馬車の床が、淡く光り輝く。
そして、私の脳内に、聞き覚えのある軽快なファンファーレが鳴り響いた。
『テレテレッテテ~♪ 戦災孤児~!』
「は???」
効果音と共に、馬車の床から、小さな女の子が一人、せり上がってきた。
年は十歳くらいだろうか。ボロボロの服を着て、顔は煤で汚れ、怯えた目で私を見上げている。
どう見ても、戦災孤児だ。
「な、なんじゃこりは! 私が頼んだのは、万能美少女メイド軍団じゃぞ!」
『だから、その素体を連れてきてやったんだよ』
「素体!?」
グラットンは、呆れたように説明を始めた。
『いいか、小娘。お前の国に、いきなり新しい都市を運営できるほどの人材がいるわけないだろ。特に、お前のような怠け者の下で働きたい有能な奴など皆無だ。だから育てるんだよ、これから!』
「そ、育てる…?」
『そうだ。この子のような、戦争で身寄りをなくした子供たちを集め、お前が一人前のメイドに、いや、役人に育て上げるのだ!』
私の目の前が、真っ暗になった。
教育? 私が? この私が、子供にものを教えるだと?
冗談じゃない。私が教えられることなど、いかに効率よくサボるか、くらいしかない。
『もちろん、教育係などという便利な人材もいない。だから、まずはお前自身に、仕事の全てを完璧に覚えてもらう。経理、作法、土木、法律、軍事、外交…その全てをマスターし、人に指導できるレベルになってもらうからな!』
「む、無理無理無理! 絶対に無理じゃ!」
『ああ、それと』と、グラットンは思い出したように付け加えた。
『フォルティスは元々グレイシア国の都市だ。民は当然グレイシアン語を話す。お前、話せるのか?』
「は、話せるわけが…」
『じゃあ、まずは言語の勉強からだな。占領した国の民の言葉も理解できない領主など、話にならんからな。もちろん、これも精神と時の部屋でみっちりやってもらうぞ。ついでに民族学と法律もな』
ああ…
ああああ…
私の脳のキャパシティが、完全に限界を超えた。
政治、経済、法律、土木、軍事、外交、そして語学。
それらを全てマスターした上で、戦災孤児たちを教育し、有能な部下に育て上げ、初めて私は怠惰な生活に戻れる…?
遠い。
あまりにも、怠惰への道が遠すぎる。
「」
私は、言葉を失い、完全にフリーズした。
口から魂のようなものが、ふわり、と抜け出ていくのが見えた気がする。
隣では、戦災孤児の少女が、おずおずと私の服の袖を引っ張っている。
「あ、あの…おねえちゃんだれ…?」
その問いに、私は答えることができなかった。
私は、誰なんだろう。
王女?剣士?暗殺者?
そしてこれからは、領主で、教師で、学生…?
もう、何も考えたくない。
馬車の揺れが、今はただ心地よかった。
このまま永遠に、眠ってしまいたい…。
『おい、起きろ。もうすぐフォルティスに着くぞ。まずは住民への挨拶と、就任演説の原稿作りからだ。もちろん、グレイシアン語でな』
私の安眠は、悪魔の一声によって、無慈悲に打ち砕かれたのだった。
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