王女、望まぬ出世に絶望する
戦争が終わった。
敵軍は撤退し、王国に平和が戻った。
そして私は、ようやく、ようやく愛しのベッドに帰還できたのだ!
「ああ…最高じゃ…」
シルクのシーツに包まれ、ふかふかの枕に顔を埋める。
この感触。この香り。この至福。
もう二度と、ここから離れるものか。
「やっと戦争終わったぁ…もう何もしたくない…昼まで寝て、ご飯はUb〇rで済ませよう…」
スマホを取り出し、デリバリーアプリを開く。
ハンバーガー、ピザ、中華、寿司…。
ああ、選び放題だ。もう鶏のササミなんて見たくもない。
『おい、何をダラけてる』
その至福の時間を、無粋な声が打ち砕いた。
ベッドの脇に立てかけてある、元凶にして諸悪の根源、魔剣グラットンだ。
『戦争に勝っただけで満足してんじゃねーぞ。お前、まだ世界最強になってないだろ』
「もう十分じゃ! 敵軍を一人で倒したんじゃぞ!」
『あれは騙し討ちだろうが。正面から戦って勝ったわけじゃない、それに、まだ世界にはお前より強い奴などゴロゴロいる。』
ぐぬぬ…確かにその通りだが。
『それに、訓練をサボれば家族の寿命も延びんぞ。今日サボれば、お前の生活費を出してくれている家族の寿命が一日縮む』
「ひ、卑怯じゃ! 人質を取るなんて!」
『お前が原因の呪いだろうが!』
私はベッドの中でジタバタと暴れた。
なぜだ。なぜ私がこんな目に。
ただ怠惰に生きたいだけなのに。
「もうやだぁ…なにもしたくない…ずっとここにいたい…ベッドに帰るぅ!」
『もうベッドにいるだろ、甘えるな。さあ、起きて訓練だ』
「いやじゃああああ!」
私が布団にしがみついていると、突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「アリア! いるか!」
父上だ。
なぜか満面の笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。
「な、なんじゃ父上。私は今、とても忙しくてな…」
「忙しい? ベッドでゴロゴロしているだけではないか」
ぐさり。正論の刃が心に突き刺さる。
「それより聞け、アリア! お前の活躍、見事であった! 一人で敵軍を壊滅させるとは、まさに英雄! 国民も大喜びだ!」
「は、はあ…」
褒められても、全く嬉しくない。
だって、実際にやったことは色仕掛けと暗殺だし。
「そこでだ!」
父上が胸を張った。
「戦争で獲得した領土を、お前に与えることにした! 国境の占領した都市、フォルティス! 人口10万の大都市だ! これでお前も立派な領主だな!」
時が、止まった。
私の脳が、情報を処理することを拒否した。
領主?
都市?
人口10万?
「ちょ、ちょっと待つのじゃ父上!」
私はベッドから飛び起きた。
「領主って、つまり…その都市を治めるということか!?」
「当然だ! 税の徴収、治安維持、インフラ整備、産業振興…やることは山ほどあるぞ!」
「や、やることが山ほど…」
目の前が真っ暗になった。
税の徴収? 数字を見るだけで頭痛がする。
治安維持? 犯罪者の相手なんてしたくない。
インフラ整備? 道路とか下水とか、考えるだけで面倒くさい。
産業振興? 働きたくないのに、人に働かせるなんて!
「い、いらん! そんなもの要らんのじゃ!」
「何を言う! これは名誉なことだぞ!」
「名誉より昼寝じゃ! 国境の占領した都市なんて、めんどくさいモン渡すなああああ!」
私は必死で抵抗した。
だが、父上の決定は絶対だ。
「もう決まったことだ。明日、現地に赴任してもらう。頑張れよ、アリア!」
「いやああああああ!」
父上は私の絶叫を無視して、颯爽と部屋を出て行った。
残された私は、ベッドに突っ伏して号泣した。
『プッ…ざまあねえな』
「うるさい! お前のせいじゃ!」
『俺のせいじゃねーだろ。お前が目立つ活躍したからだ』
確かに…。
一人で敵軍を倒すなんて目立つことをしたから、こんな面倒な褒美を押し付けられたのだ。
「どうしよう…領主なんて、絶対無理じゃ…」
『簡単だろ。優秀な部下に全部任せて、お前は判子押すだけでいい』
「本当か!?」
『ただし、それができるのは優秀な領主だけだ。無能な領主は部下に舐められて、結局自分で全部やる羽目になる』
また地獄か。
つまり、楽をするためには、まず領主として認められなければならない。
そのためには、勉強して、働いて、成果を出さなければならない。
「もう嫌じゃ…こんな人生…」
私はスマホを握りしめ、Ub〇rでハンバーガーセットを注文した。
せめて、最後の晩餐くらいは、好きなものを食べたい。
明日から始まる、領主としての地獄の日々を思うと、涙が止まらなかった。
ああ、ベッドよ、さようなら。
怠惰な日々よ、さようなら。
私の安息は、またしても遠のいていくのだった。
『あ、そうそう。領主になったら、領民を守るために更に強くならないとな。訓練メニュー増やしとくわ、夕飯もササミとブロッコリーな』
「ぎゃああああああああああ!」
王城に、王女の悲鳴が響き渡った。
もはや、私に逃げ場はないのだった。




