大団円、なのか?
「おまえがタイザーマーリアに教えて、おれを殺した魔法は〈煉獄の執着〉だったな。あれで殺された者の魂は、〈黄昏の道〉が開いたときに、この世に一番出入りしやすい位置を持つ。だから、これはおまえの咎だ。本当はおれを殺したくなかった、おまえのな」
アルトゥールの肩越しに、実体を持った建国王の亡霊がミケに話しかける。
「なぁ、ミレーヌ。おれはまだ、死にたくはなかった。征服してない国もまだだくさん残っていたし、タイザーマーリアにもっとおれの子を産んで欲しかった。どうしておれを生かしておいてくれなかった。タイザーマーリアを正妃にしたって、別におまえを可愛がってやらないとは言ってないじゃないか。おまえは妖剣に封印されたまま、いい子でおれの役に立ってくれれば、それで良かったんだ」
「ざけんじゃねぇ!」
おれは剣の柄に、手をかけた。
一生、使うことはないと思っていた妖剣〈誰彼〉だったのに。
「あんたさぁ、大昔に死んだくせしてなんで今更出てきて、妖剣にめくらましかけたりミケの魔力を吸い取ったり、マティアスに化けたり父上を殺したりするんだよっ! ていうか、うっかりこの世に出てきたんなら、取りあえずミケに土下座して謝りやがれ。それが筋ってもんだ」
「おまえのように単純に考えられれば、幸せなのだがな」
建国王は、薄く笑う。
「おれは魂になっても、〈黄昏の道〉の道が通じる機会を待っていた。いろいろと魔法を覚えながらな。なにしろ『こちら』には古代獣の魂もたくさんいる。そう、〈鵺〉だっているんだ、習得には不自由しない。そして、数百年通じなかった〈黄昏の道〉が、〈奇跡の扉〉によって異界の少年がやってきた直後に通じたのだ。この僥倖を見逃すわけはなかろう」
「きさまがエドムントを殺して、めくらましで小細工をして、レオンハルトに罪を着せたのは、私をヴァラスにおびき寄せるためだな」
「察しが良くて助かるよ、アルトゥール。最初はおれも、この単純な子孫を操って、征服し損ねた国を攻め滅ぼしてやろうかと思っていた。アヴィリオンも含めてな。だが〈黄昏の道〉を通ってこの世に戻った瞬間、偶然にも〈夜の虹〉を見たもので、もっと複雑な手段を取ってみることにした。どうやら今の魔王はお人好しなようだし、おれはどうせなら、今度はファルケンシュタイン城に住んでみたかったんでね」
「おびき出した私を殺して、おまえが魔王になるつもりか」
建国王は答えない。低く暗く、笑い声のみが響く。
そしてやつは、アルトゥールを押しのけ、その腕をミケに伸ばした。
「……おいで、ミレーヌ。その単純なあるじから妖剣を取り上げて、戻ってこい。おまえのあるじは、常におれだったはずだ。おれに協力してくれ。この魔王を倒そう」
ミケは歯を食いしばるようにして、建国王から目を反らしていた――が。
きっ、と顔を上げて叫んだ。
「レオンハルトっ! ぐずぐずしないでっ!」
「ん、おれか? おれだな」
「そうよ。早く私に命令して。妖剣を使って、こいつを倒すのよ。今度は、魂も残らないくらいにね」
「よおし」
おれは、妖剣〈誰彼〉を抜きはなった。
紅い閃光が眩しくて、ちょっと目を細める。
建国王は余裕を崩さない。薄笑いを浮かべたままだ。
「おれを完全に殺したりできるのか? ミレーヌ。無理だろうよ、おまえには。だっておまえは今でもおれに惚れてるんじゃないか。どんな仕打ちをされても、おれを忘れることができないじゃないか。おれの血筋につながる男たちをえんえんと呪いながらつき合ってきたのが、いい証拠だ」
「……レオンハルト。お願い」
耳を塞いで、ミケはうずくまる。
建国王をにらみすえ、アルトゥールもおれに言う。
「相手は亡霊だ、遠慮はいらん。ミレーヌケティのために、そうしてやれ。封印を施した本人である建国王を妖剣で斬れば、ミレーヌケティは封印から解放される」
できれば、その役回りは、私でありたかったものだが。
アルトゥールのぼやきを背に、おれは妖剣を横に構えて――
建国王レオンハルトの胴を、薙ぎ払った。
大木を切り倒す、木こりのように。
……そうして。
おれたちは、また宮殿前広場に戻ってきた。
グレンが明るく声を張り上げて、処刑場の撤去作業の指示を始めている。
「アルトゥールさまぁ。予定より早く、ファルケンシュタイン城が復活しちゃいそうです。アヴィリオンの民の有志が、率先して力を貸してくださったみたいで。調査官の方も、今回は不慮の事故という判断に落ち着きそうです。なので、早くお戻りを」
タマちゃんは、ずっと広場でアルトゥールを待ってたわけじゃないみたいだった。
翼をぱたぱたさせながらアヴィリオンの様子を報告するタマちゃんにうなずいて、アルトゥールはおれたちを見回した。
「そういうことなので、もうひとつの本題を片づけから、私はアヴィリオンに帰らせていただく」
「まってください、アルトゥール兄上。どうしても、アヴィリオンとヴァラスの王を、兼任してはいただけませんか?」
マティアスが詰め寄る。
そう。
責任を感じたマティアスは、王位を継ぐことを辞退したのだった。
となると王室規範に準じれば、アルトゥールが次期国王ということになるのだが、アルトゥールは憮然としてそれを拒否しているのだ。
「なー兄貴。せっかくだからヴァラスの王にもなっちゃえば?」
そう言ったおれに向かって、アルトゥールはものすごく怒った。
「馬鹿者! いったい私が何のために今回の案件に関わったと思っている! もしもそなたが処刑されてマティアスが王位についたとしても、責任感が強く誠実なマティアスのこと、自責の念にとらわれて今みたいに辞意を表明するに決まってる。そうなると私に順番が回ってくるではないか! 冗談ではないぞ」
「そんな怒るなよぉ。じゃあ何か、ヴァラスの王になれって言われると困るから、おれを助けてくれたのか。そんなにヴァラスが嫌いかよ」
「あたりまえだ! こんな縁起の悪い国、私はいらぬ。それにアヴィリオンの民だけで手一杯なのに、ヴァラスの面倒まで見ていられるか!」
ひとしきり怒鳴った後で、アルトゥールはあっさり付け加えた。
「だから、そなたに譲る」
「はぁぁぁ?」
「何でもそなたは、ヴァラス貴族の方々の人望いちじるしいそうではないか。お歴々がそなたのどこをどう見てそうお考えなのか、私にはとんと理解できぬが。――さきほどフラウエンロープ伯爵にお伺いしたところ、王位継承権第一位の者が即位を辞退する場合、次期王の指名権があるそうだ。指名された者は、身分状況に関わらず、受けねばならない」
「ちょっと待てよ」
アルトゥールはさっさとタマちゃんに乗りながら、ナオキを手招きした。
「来い、ナオキ。そなたを元の世界に戻してやろう。ファルケンシュタイン城からなら、寸分の狂いもなく、そなたを〈奇跡の扉〉が開く一瞬前の時点へ送れる。……行くぞ、タマ」
飛び立とうとしたタマちゃんの尻尾を、おれは掴んだ。
「きゃぁぁぁ。離して下さいー」
「どうした、レオンハルト」
何かを察してくれたらしいアルトゥールに、おれは言う。
「あのさ。おまえ、いつかは、アヴィリオンの魔王の座を、譲ることになるんだろう? おまえを殺しにきたやつに」
「ああ。前王殺しは、アヴィリオンの魔王となる者の宿命だ」
「そうしたら――そうしたらさ」
おれは珍しくも、涙ぐんでいたようだった。アルトゥールのオトコマエな顔が、ぼやけて見える。
「じゃあ、いつか、いつかさ」
アルトゥールは辟易したように、おれから顔を背ける。
「急ぐのだがな」
「好きな女に、殺してもらえるといいな」
「……そなたは」
ため息混じりに、魔王はつぶやく。おれを見ないまま。
「呑気だな」
「それが、取り柄だから」
――見送るおれたちをとうとう一度も振り返らず、水龍はアヴィリオンへと飛び去った。
「第7の証言 再び王子レオンハルト、あるいは魔王アルトゥールの推理」にお目通しいただき、ありがとうございます。
……はい。
そんなかんじです。
次回、エピローグとなります。
それでは、今しばらくお付き合いください。




