真犯人
「さてマティアス。ことのおこりは、そなたが独学で修得した魔法が、あまりにも高度であったことだ。それはわかっていような?」
「……わかりません。アルトゥール兄上は、ぼくが犯人だと仰りたいのですか」
「そうは申しておらぬ」
「犯人はマティアスよ。だから最初からそう言ってるじゃない! あの夜、現場にいたフードかぶった怪しいやつはマティアスよ」
ミケはずっとしがみついたまま、離れようとしない。おれは父親が小さな娘を抱え上げる要領で、ミケを抱きかかえて立っていた。おれの腕から片手だけ離し、ミケは小さな指先をマティアスに突きつけた。
「だからミケ、勘違いだってばさ。マティアスは父上を殺したりしてないよ」
「どうしてそう言い切れるのよ」
「やー。何となく」
「――ミレーヌケティ。レオンハルトに、論理的帰結による結論を求めても無駄なことだ」
アルトゥールはちらっとおれを見て、やれやれと首を振る。
「マティアス。〈夜の虹〉が集めたそなたのつぶやきを聞く限りでは、そなたは思慮深く努力家の、内省的な王子であるようだ。この能天気なお調子者には、さぞ苦労させられてきたことだろう。だがな、もしこの馬鹿が下手人ではないと仮定した場合、ミレーヌケティが言うまでもなく、客観的に見てそなたが一番怪しいのだ。それは自覚していよう?」
「はい――それはそうかもしれません。あの夜のことは、ときどき記憶が途切れてますから……」
「ナオキ。そなたはずっとマティアスの部屋にいたはずだ。マティアスの行動を覚えているか? 外が騒がしくなって、ロスヴィーダさまに扉の外から声をかけられた時、マティアスは何をしてた?」
「僕もあの日はすごくいらいらしてて、マティアスと喧嘩みたいになっちゃって、わざと無視してたんで、あんまり……。あ、〈瞬きの旅〉か、あの魔法を使ってたのかな、ときどき気配が消えてたような気がする」
「ロスヴィーダさま。あなたによれば、あの日は、マティアスは部屋から出てこなかった。そして未知の少年の声が聞こえたとのこと」
「は、はい。そうですわアルトゥールさま。ですが――私はマティアスを信じとうございます」
ロスヴィーダさまはアルトゥールに話を振られて、頬を上気させていた。そういえば部屋に入ってアルトゥールに会った瞬間から目を潤ませてる気もする。
ちっくしょー。いい男は得だよなぁと思ったけれど、なぜかそんなに嫉妬心はおきない。
振られたのを自覚したからかな。ロスヴィーダさまに気を取られてるとミケの機嫌が悪くなるので、よいしょと抱き直す。
アルトゥールの方は淡々としている。こんな美女に潤んだ目で見られて、息子を案じる心配そうな声を出されて、よく冷静でいられるよなぁ。
「その時マティアスの部屋にいたのは、この異界の少年、ナオキです。ナオキが何と言っていたか、もう一度お聞かせいただけませんか」
「あれは――たしか『お父さんが死んだの? 大変じゃないか、マティアス。早く戻ってきなよ。それに……いつ僕を帰してくれるの? もう嫌だよ、家に帰りたいよ』と、聞こえたのですけれども」
「それで間違いないか? ナオキ」
「――たぶん」
「『早く戻ってきなよ』という表現をそなたがしたということは、その時点においてマティアスは部屋にいなかったのではないのか?」
「そう――なりますね」
ナオキは額に手を当てて、じっと目を閉じる。
「そうか――声だけが聞こえてのかな――だから、部屋にいたような気になってたけど、僕が自分でそう口走ったってことは、無意識のうちにマティアスが部屋にいないことをわかってたのかな。……すみません、でも断言できません」
「ふむ。では、マティアスは部屋にいなかった可能性もあるということで、これはここまでにしておこう。リタ」
「わ、私ですか? 私は何も存じません。だって私が寝室にお伺いしたときには、陛下は、もう」
「その時、何か気づいたことはないか? どんなささいなことでもいい。グレン。そなたももう一度思い出してほしい。リタの悲鳴を聞いておまえが駆けつけたときに、何か違和感はなかったか?」
グレンとリタは、しばらく見つめ合って考えていた。が、やがて二人とも、力なく首を横に振った。
「ならばグレン。基本的なことに立ち戻って考えてみてくれぬか。そなたがエドムントの遺体を見て、直ちにレオンハルトが下手人であると判断したのはなぜだ」
「それは、凶器の〈誰彼〉を見たからです。私はかつて見習い兵士であったころ、ヴィードラ公爵の遠征軍に従じたことがあります。あのような紅い光を放つ名剣は、この世にふたつとございません!」
あたりまえのことを聞くなというように、グレンの言葉尻が強くなる。
「凶器が妖剣であるから下手人はそのあるじ。もちろん理屈はそれで通る。だが、考えてもみよ。〈誰彼〉は火蜥蜴を封じし灼熱の剣だ。戦場で見たことがあるならばなおのこと知っておろう、敵軍の兵は激しい火傷のような被害を被っていたはずだ。実際に妖剣で刺されたのなら、エドムントの遺体は焼死に近い状態であったと思うのだが、そうだったか?」
「いいえ。通常の刺殺体でした」
「疑問は感じなかったか」
「……少しも」
「グレン。そなたはレオンハルトに親しみを持ち、面倒をみてやっていたのではないか? それこそ弟を導く兄のように。――そのそなたが、問答無用でレオンハルトを拘束し、投獄したのが腑に落ちぬ」
「……」
「疑っているのでも、責めているのでもない。ただ不思議なのだ」
「それは――」
グレンは考え込んだ。眉間に少し、しわが寄る。
「声が――したような。レオンハルト殿下が、下手人であると」
「声?」
「いえ、実際に耳で聞いたわけではありません。ですからあれはきっと、私の心の声なのでしょう。早急に殿下を投獄の上、処刑せねばなるまい。嘆かわしいことだが、御身をもって罪を償うのが殿下ご自身のためでもあろうと――そういう、心の声がしました」
「風の魔法だな。〈蝶の暗示〉にかけられたか」
アルトゥールがつぶやいたとき、リタが何かに気づき、口を手で押さえた。
「あの、私」
「どうした、リタ」
「笑い声を……聞いたような気がします……。私の場合は、心の中からとかじゃないです。でも、とてもかすかで低い声だったので、単に気のせいかも知れないんですが」
「なるほどな。だいたいわかった。……マティアス」
「はい」
「人は〈夜の虹〉に向かえば、心情を吐露しやすい。その心の動きを、私は情報収集に利用したのだが、しかし人には伏せておきたいこともある。常に全てを語るとも限らない。おそらくはそなたにも、語っていない事情がまだあるはずだ。たとえば、そうだな、魔法を学び始めたわけや、さかんに〈瞬きの旅〉を練習していたわけを聞いても良いか?」
マティアスはうつむいた。
「フィリーネに会えるかと思って……。〈黄昏の道〉に成功することができたなら……もう一度だけフィリーネに会って、言いたいことがあったんです」
「フィリーネ姫か。そなたが戦場で相まみえた幼なじみだな。気持ちはわからぬでもないが――〈黄昏の道〉を通りやすいのは、そのような可憐な魂ではなく、もっと邪悪で強欲なものなのだ」
アルトゥールは大きく足を踏み出して、木箱の中に手を伸ばし、紅く輝く剣を手に取った。おれにしがみついているミケが、小さく悲鳴を上げる。
マティアスも、はっとして目を見はったが、その剣はアルトゥールの手を焼くことはなかった。
「この世を去った魂のいる場所に通じる〈黄昏の道〉は、〈奇跡の扉〉と同じく、禁断の魔法とされている。それは術が及ぼす影響の甚大さの他に、正式な呪文やその抑揚が確立していないことによる。〈黄昏の道〉も〈奇跡の扉〉も、気まぐれな風の元素霊が予定外の効果を起こす習性を逆手に取った、綱渡りの魔法だ。具体的には〈瞬きの旅〉を、あえて失敗することによって発現する」
紅い光を反射したアルトゥールの顔は、血に濡れているようにも見えた。
「レオン……ハルト」
ミケは体を固くして息を詰めていた。震えながら呼んだ名前は、たぶんおれのことじゃない。
「マティアス」
「――はい」
「そなたは、成功してしまったのだ。〈奇跡の扉〉だけでなく、〈黄昏の道〉にもな。そなたはあの日、愛しい少女ではなく、この世ならざる恐ろしいものを呼び込んでしまったのだ」
マティアスは言葉もなく息を吸い込む。
「『それ』はそなたの姿を借りたうえで、そなたを〈道のはざま〉に追いやった。そなたの記憶が途切れていたり、〈瞬きの旅〉に成功し続けたように、部屋から消えたりまた出現したりを繰り返していたのはそのためだ。『それ』にとっては折良く、といおうか、ちょうどこの馬鹿王子は、妖剣を骨董屋に預けていた。フードを被って骨董屋に現れ、本物の妖剣〈誰彼〉を短刀に変え、ミレーヌケティの魔力を吸い取り、そして妖剣の偽物を作成し、エドムントを刺殺した。ミレーヌケティがそなたを犯人と思い込んでいるのも道理、『それ』は〈黄昏の道〉を開いたそなたの姿と気配を借用していたのだから」
右手に剣を持ったまま、アルトゥールはおれとミケに一歩近づいた。左手をおれに差し出す。
「偽物の妖剣にかけられた、風の魔法によるめくらまし〈変わり身の罠〉と、本物の妖剣にかけられた、地の魔法によるめくらまし〈現し身の憂鬱〉を、解除しよう。……それで、ミレーヌケティの魔力がもとに戻る。その短刀を貸すがいい」
机の上に剣と短刀を並べて置き、アルトゥールは剣の方を手に取った。
おれには魔法のことはよくわからないんだが、以前ロスヴィーダさまにちょっと聞いたところでは、魔法というのはかけるよりも解除する方が難しいものらしい。
かけるときは元素霊を呼び出すだけで済むが、解除には元素霊の親玉を呼びだして説得しなくちゃならないんだそうだ。
特に、めくらましの魔法を解くのが厄介で、見えているものの本質を判断して指摘できないと、親玉はへそを曲げてしまう。だけどアルトゥールが魔法解除を行えるってことは、偽物の妖剣の正体が掴めているということなんだろう。
部屋にいるみんなが固唾を呑んで見つめる中、アルトゥールはゆっくりと言う。
「本来なら、この世界のどんな剣を持ってしても、妖剣〈誰彼〉に〈変わり身の罠〉をかけることはできぬ。だが、異界の剣であれば、話は別だ」
ナオキが、あっと小さく叫んで、口を押さえた。
「風界王オリエンスよ。風の元素霊シルヴェストルたちを統べるものよ。我、汝に告ぐ。この形代に憑依せし風の元素霊を、汝の手に帰還せしめよ」
(我を使役する者よ。汝に問う。形代の真の姿やいかに?)
「これなるは異界の短刀。世界の外より呼び寄せられし少年の武器なり」
剣の刀身から発せられていた紅い光が、見る見るうちに消えていく。刀身そのものも徐々に縮んでいき――すぐに。
細身の、短刀になった。
街の鍛冶屋では見たこともない、変わった意匠のものだ。
ナオキがおずおずと手を伸ばす。
「僕の、バタフライナイフだ……」
短刀からは新たに、ひとすじの黒い煙がたちのぼる。
ゆらゆらとアルトゥールの前に立ち、人の姿となった『それ』を見て――
ミケは大きく目を見開いた。
もう悲鳴も出ないようだ。おれの腕を掴んだ小さな指が、くい込んで痛い。
「あらわれたな」
アルトゥールは鋭く言うなり、今度は本物の妖剣のめくらましを解いた。
「地界王アマイモンよ。地の元素霊ノームたちを統べるものよ。我、汝に告ぐ。この形代に憑依せし地の元素霊を、汝の手に帰還せしめよ」
(我を使役する者よ。汝に問う。形代の真の姿やいかに?)
「これなるは妖剣〈誰彼〉。火蜥蜴ミレーヌケティを封じ、自ら主を選定する剣なり。今はレオンハルト・フォン・ディングフェルダーに従属せしもの」
再び、部屋中を紅い光が満たす。
机の上に、鞘に収まって横たわっているのは、紛れもなく、妖剣〈誰彼〉だった。
そして。
おれが抱き上げていた女の子の体が、急に重くなった。色っぽいお姉さんに戻ったのだ。何というか、いやに抱き心地がいいので、ちょっと惜しい気を押さえつつ、下に降ろす。
「あら……私」
ミケは一瞬、自分に何が起こったのかわからないようだった。が、すぐに全身を見回し、指先に神経を集中してみてから歓声を上げた。
「戻ったのね! 魔力も元通りだわ」
「久しぶりだな、ミレーヌ」
『それ』が口を開く。
ミケの顔色が、さっと変わる。
じりじりと後ずさるミケに、『それ』は近づく。
「どうして逃げる? ミレーヌ。おれだよ、懐かしいだろう?」
ミケを庇うように、アルトゥールが『それ』の前に立ちふさがる。
――『それ』は、アルトゥールと瓜二つの姿をしていた。
「何と。あれは、建国王レオンハルト陛下ではないか」
フラウエンロープ伯爵が、ぽかんとしてつぶやく。
「てめぇぇっ。よくわからんが、ミケに近づくんじゃねぇ」
おれは妖剣〈誰彼〉を手にとって、走り出た。




