蜻蛉の手紙
聞こえるか、レオンハルト。
これは〈蜻蛉の手紙〉。一方的な声の便りだ。
〈春告鳥の便り〉とは違い、相互に会話はできない。
まあ別段、これがそなたに聞こえずとも構わない。そもそも、そなたの返事を聞いてもしょうがないし、そなたと話しても、どうせいらいらするだけだろうと思って、こういう手段を取ったのだから。
一応、報告をしておく。
ナオキは無事に、元の世界へ帰っていった。
おまえやマティアスやミレーヌケティによろしくと、言っていた。
向こうの世界の、とある城に〈奇跡の扉〉は開き、観光中だったナオキはそこからやってきたようだが、その城というのはそれは豪奢なものだそうだ。
城を造った異界の王はさらに、〈鷹城〉という城を新たに造る予定だったようで、その相似が〈奇跡の扉〉が開くきっかけだったのだろうとナオキは言っていた。
しかし帰る前、ファルケンシュタイン城の「下僕の間」をぐるりと見回して、
「わー。地味」
とかなんとか、つぶやいていたぞ。
この城とて、それなりに凝った造りだと思うのに、いったい異界の王城は、どれほどの贅を尽くしているというのか。異国の治世者は、下僕の精神に満ちあふれているのではないのかと問うたところ、いろいろですよ、と返された。
なんでも、異界でのファルケンシュタイン城を造り損ねたその王の城は、公開当初から貴重な観光資源として外貨を稼いでいて、そのおかげで時代が下った今も、その城がある州は他州よりも税金が低いのだそうだ。
後々まで民を食わせられる王だったということなのだろう。それはそれで良い王だな。ひとつ勉強になったぞ。
ナオキは、残りわずかの旅行が終わる前に、気まずくなった友達におみやげを買うんだと笑っていた。
あの少年はもう、ル・ガルダに来ることはあるまいな。
たとえもう一度〈奇跡の扉〉が、彼の前に開いたとしても、もう彼にはわかるまい。そんな気がする。
そして彼のためには、その方が喜ばしかろう。
今回の件では、私もいろいろと考えさせられた。
そうだな、建国王レオンハルトだが――彼が生きていた時代、たしかに彼は勇者だったのだろうと思う。
なぜならば。
わかりやすい、巨大な敵などおらぬからな、本当は。
ささやかに着実に降り積もる、膨大な矛盾と誤解の中に、小さな敵は潜む。
日々のたつきに流され、払いのけていく作業が間に合わず、それらは次々に混乱しながら牙をむく。
矛先をまとめるために勇者が生まれ、その標的として魔王が定められる。
ゆえに。
勇者と呼ばれるものと、魔王と呼ばれるものは、常に共犯者なのだ――と。
――そんなことをな。
――ところで。
ご招待いただいた、七日後に行われるそなたの即位式への列席だが、謹んで辞退させていただく。これは既に、正式に通知済みだ。
アヴィリオンは、今後も鎖国を続けていく所存ゆえ、というのが表向きの理由ではあるのだが……。
馬鹿者!
即位式だけならともかく、結婚式も同時にやるだと?
しかも王妃にミレーヌケティを迎えるだと?
どうして私がそんないまいましい式に出席せねばならんのだ。いいかげんにしろ!
あんまり腹が立ったので、いてもたってもいられなくて、思わずこんなものを送ってしまったではないか。
……まあいい。
言っておくが、七日後の式典は大雨だ。
私が水の魔法を送ってやるからな。
婚礼の行われる時間には、ヴァラス全域に、金色の雨が降るだろう。
魔法の名は〈恋敵の祝福〉と言う。
そなたたちの婚礼に、ふさわしかろう。
新王レオンハルトと王妃ミレーヌケティの未来に幸あらんことを、と、形だけは言っておこう。
祝福するつもりなど、さらさらないが。
……うむ。
……迷ったのだが、祝儀代わりだ、最後に伝えておこう。
もし――もしも今後、私の助力を得たい事態が発生したら、やはりまずは城を落としてもらおう。
もうナオキもいないし、あの手は使えないぞ。
手助けもしない。ミレーヌケティの魔力にも頼るなよ。
今度はおまえ自身の実力で、ファルケンシュタイン城を落としてみせろ。
――だから。
困ったことが起きたら、また訪ねてこい。
さて。
なんとか完結と相成りました。
「エピローグ 最後の証言、あるいは魔王アルトゥールの伝言」にお目通しいただき、ありがとうございます。
アルトゥールかわいそう! お人好しが過ぎる。
誰だこんなラストにしたやつは(私だ)!
お読みいただいた貴方は、どうお感じになったでしょうか。
ブックマーク・評価・ご感想(〈春告げ鳥の便り〉か〈蜻蛉の手紙〉による連絡でも可/そんなん面倒くさい、と仰る向きは、ログインして感想を書くというもっと面倒くさいことをプリーズ)などいただけますと、三日三晩ひとり大宴会をして大喜びします。
ぼっちは淋しいので、ご一緒にいかがでしょう?




