いざ、事件現場へ
ファルケンシュタイン城は、麓からやや離れた場所に、地響きを立ててめり込んだ。
落ちると言うよりは、乱暴に着陸したみたいな感じだった。
「ミレーヌケティ!」
大きな正門の扉が開く。アルトゥールが走り出てきた。
背の高い、見栄えのいい男だ。肩まではない短めの黒髪に、細い金鎖の輪冠が映えている。瞳の色と同じ濃紺の服が、これまたよく似合う。
おれやナオキのことは取りあえずおいといて、アルトゥールはまっすぐにミケに近づいた。
「直接会うのは初めてだな、ミレーヌケティ。私は――」
「おー。見ろよミケ。すげぇいい男だぞ」
だがミケは小さく悲鳴を上げて、おれの後ろに隠れてしまった。
「いやぁ。来ないで」
「ミケ? おいミケ? どうしたんだ?」
「ミレーヌケティ……?」
「来ないでよ! 私に近づかないで。……どうして……どうしてあなたが」
「ミケ? ミケってば」
「どうしてあなたがここにいるのよ! レオンハルト」
ミケは肩を震わせながら、アルトゥールを睨んでいる。
「レオンハルト……って、おれのことじゃないよな。建国王のことを言ってるのか?」
唇を噛んで、ミケは答えない。ミケのいきなりの拒絶に、アルトゥールは顔面蒼白になっている。どうやらアルトゥールは、建国王レオンハルトにそっくりなようだった。
「よしよし。落ち着けよ。こいつは魔王アルトゥールだ。どんなに似てたって建国王とは別人だよ」
小さな頭を撫でて、肩をぽんぽんと叩くと、やっとミケの震えがおさまった。
「……ああ……そうね、そうよね、ごめんなさい。失礼したわね、アルトゥール」
「いや……。だが、そんなに似てるのか? 私は、君を封印した男に」
「ええ。彼が生き返ったのかと思ったわ。……ごめんなさい。あなたは何も悪くないんだけども、あまり私に近づかないでくれるかしら? 意味もなくむかつくし腹が立つし殴りたくなるから」
「……不条理だ」
気の毒なくらいに落胆したアルトゥールの背中を、おれはタマちゃんの方向にぐいと押した。従順なタマちゃんは、もう水龍の姿で、俺たちを乗せるために草原に体を伏せている。
「まーまー。とにかくヴァラスへ行こうぜ。細かいことは気にすんなよ」
「私は繊細なのだ。そなたのような図太い神経は持ち合わせておらぬ」
アルトゥールは、左のこめかみを押さえた。落城の衝撃で、どこかにぶつけてしまったらしい。うっすらと青あざができている。
「あーあ。男前がだいなし。ほらぁミケ、よく観察してみろよ。いい人っぽいぞ。建国王はこんな好青年じゃなかったろ?」
ミケは逃げ腰になりながらも、そっとアルトゥールの顔を覗き込んだ。ミケの顔色がちょっと明るくなる。
「そういえばそうね。あの人はもっと自信家で、野性的な魅力にあふれていたわ。全然違うわね、そっくりなんて思いこんでごめんなさいね」
「良かったなアルトゥール。やっぱり全然似てないってさ」
みなさんを全員乗せるとちょっと重いです、というタマちゃんをなだめつつ、おれたちは一路ヴァラスに向かった。
「やっぱり不条理だ」
――アルトゥールは道中ずっと、そうぼやいていた。
タマちゃんはアルトゥールの指示により、おれたち一行を宮殿前広場で下ろした。
広場には火刑用の柱が立てられ、炭と薪とわらが積み上げられてて、おれを火あぶりにすべく処刑準備がばっちり整っている。
(あ、そか。日が変わったから、今日は処刑当日なんだっけ)
移動しているうちに、もう夜は明けていた。
朝の光に照らされる火刑用の柱の下、ただひとり立ち働いている無骨な人影が見える。グレンだった。
薪の量や菜種油の浸し具合を丹念に点検していた。ときおり手を止めて、辛そうに目頭を押さえたりもしている。おれは脱獄したんだから、当人が捕まらない限り今日の執行は延期になると思うんだが、職務に忠実なやつだ。
……いや、今こうやって、帰ってきてしまったんだけどもな。しかも魔王同伴で。
「おーい。グレーン。ただいまー」
グレンはこれ以上はないくらいに唖然とした顔で、おれたちを見回した。
「レオンハルト殿下! なんと――これはいったい――どうしたことですか。その方々は……?」
「んー。まあいろいろあってな」
「なぜお戻りになられました」
グレンは言葉を詰まらせる。
「職務上言ってはならぬことですが、殿下が脱獄されたと聞いて安堵しておりましたのに。このまま逃げおおせて下されば良いと……そう思いながらも、殿下が追っ手に捕まり、予定通り処刑が執行される場合に備えねばならぬこの身の……」
「近衛隊長グレン・ドナウアー」
今にも泣き出しかねないグレンを遮って、アルトゥールは前置きなしで用件だけを言った。
「ヴァラス王エドムントが殺害された現場、第二寝室に、以下の方々にお集まりいただきたい旨、伝えて欲しい。王妃ロスヴィーダ、王子マティアス、フラウエンロープ伯爵、王の遺体を発見した侍女、それとそなたもだ。別室に保管してあるはずの凶器、妖剣〈誰彼〉も、持参するように」
「はあ……しかし。あの、あなたさまはどなたで……?」
「この馬鹿王子の兄の一人、とだけ言っておこう」
「グレン。アルトゥール兄上の仰るとおりにしてくれ」
気配ひとつ感じなかったのに、いつのまにかマティアスがその場にいた。
「はっ!」
グレンはそれ以上は聞かず、まずはロスヴィーダさまに伝えるのだろう、塔の方向へ走り去った。
マティアスはおれとナオキを一瞥したが、特に何を言うでもなく、アルトゥールに頭を下げた。
「はじめまして。マティアスです、アルトゥール兄上。この度はお世話をおかけして申し訳ありません。ようこそヴァラスにおいで下さいました」
アルトゥールはしばらく、何かを探るような目でマティアスを見つめていた。
「そなた今、〈瞬きの旅〉を使ったな」
「はい。ご不快でしたか? 不調法な魔法で」
「いいや。良い腕だ。アヴィリオンの民に勝るとも劣らない。されど、その腕があだになったか」
「……どういうことでしょうか?」
「第二寝室まで、案内してくれぬか。――歩いてな」




