そして、今
私と母が暮らしていた、家。
かつては――王妃と息子たちのために用意された、居心地よく調度の整った空間だった。
だが、もう母上も兄上たちもいなくなって、がらんと空疎になってしまった場所で、王は私に剣を向けた。
兄たちは、誰が王殺しに成功してもいいように、あらかじめ五人の兄弟の連名で、王座要求の旨を公布していた。いくら私がそんなつもりはないと主張しても、王は信用しなかった。
個人的事情で、王がファルケンシュタイン城を離れるのは禁じられているのに、それを破ってまでも私を殺しにきたのだった。
私は武器も持たずに、素手で抵抗し――だから、王の剣を奪って返り討ちにできたのは、ほんのはずみだった。
そして、私の即位は承認されてしまった。
――あと一日。
あと一日だけ、私をそっとしておいてくれたなら。
私は、月の泉に行けたのに。
レオンハルトを選ぶ前のミレーヌケティに会えていたら――と、詮無いことを思うのだ。
「地上に咲く月ってのは、月光草のことだと思うんだよな」
レオンハルトの声が再び、風の魔法に乗って広間に響く。
ふむ。馬鹿なりになかなか勘がいい。
「奇跡の扉を通りしもの、ってのは、ナオキのことだと思うし」
ほう。
「あとは、火蜥蜴の吐息か。これは簡単だよな。ミケに火ぃ吹けってことだろ」
……間違ってはいないが、ミレーヌケティに何という言いぐさだ。
「で、ここに月光草はあるし、ナオキはいるし、揃ってるってことで。取りあえずミケ、火ぃ吹いてくれ」
「ここでまた、火の元素霊に火種を出させろってこと? 空中に? そんなんでいいの? 違うんじゃないの?」
「違わない違わない。いいから、ほれ、ぼっと景気よく」
……全然違うぞ馬鹿者!
ここまで親切に教えてやって、どうしてそういう解釈になるのだ。情けない。
「アルトゥールさまぁ……」
帰って来たタマが、ぜいぜい言いながら控えている。
「ご苦労だったな、タマ」
「はいぃー。あのひとたちにつきあうの、けっこう大変です」
「私の伝言はレオンハルトに伝えたんだろう?」
「一応お伝えはしましたけど、ご理解いただけたかどうか」
「そのようだな。派手に迷走している」
これはもう一度タマを送るか、それとも〈春告鳥の便り〉でも使って、ファルケンシュタイン城攻略の指導をしてやるべきか。
魔王自ら、手取り足取り微に入り細に渡って? なんという拷問だ。
そう思ったとき。
それまで黙って様子を見ていたらしいナオキが、おずおずと言葉を発した。
「あの。ちょっと思いついたことが」
「お、ナオキ。妙案があるんだな。言ってみろ」
「魔王からの伝言があったってことは……これって、お約束的に考えてもかまわないんじゃないかって……」
「……〈お約束〉ってなんだ、ミケ?」
「私もよくわからないけど、異界流に洗練された思考様式の一種じゃないかしら」
「そうなのか。そりゃすごい」
「いえ……。そういうものに逃避しすぎて、僕は痛い目にあったんで……それはともかくとして――そのう、材料を、燃やすんじゃないですか?」
「ん? どういうことだ」
「まず、月光草を抜いて集めて、小山みたいにして……」
「ふんふん。よし、言うとおりにしよう」
レオンハルトは、ナオキの言葉通りに、月光草をかき集め始めたようだった。この王子はどうも、下働きと力仕事に向いている。
「こんなもんでいいかな」
月光草の小山ができたらしい。手早いものだ。
「それで、あの、その短刀で、僕の髪の毛をちょっと切ってくれませんか?」
「へ?」
「それを月光草と一緒に、燃やせばいいんだと思うんです」
レオンハルトはナオキに従って、彼の髪をひとふさ切り取り、月光草の小山に混ぜたようだった。ミレーヌケティが、わずかな魔力を振り絞って、火の元素霊を呼んで火種をつくり、点火する様子が伝わってくる。
――よし。
私はしばらく、腕組みをして待った。
そろそろ、月光草と異界の少年の髪が同時に燃え、特殊な効果を持つ煙が立ち上る頃合いだ。
それは、この城を覆う煉瓦の飛翔効果を、一時的に消去してしまう煙なのだ。
ナオキのつぶやきが聞こえる。
「煙が、のぼってきましたよね。これがファルケンシュタイン城に届いたら、何らかの作用を及ぼして浮力が失われ、城は地上に降りるんじゃないかなと」
おお!
まさしくその通りだ。
誰かさんと違って聡明な少年ではないか。
そういえばマティアスが、元の世界に戻してやれなくて困っているようなことを言ってたな。本人も、できることなら観光中だった時点に帰してほしいと、私に頼む予定のようだ。
よろしい。
この一件が落着したら、私が責任を持ってそなたをあるべき世界に戻してやろう。
大きくうなずいた、その瞬間。
下僕の間が大きく斜めに傾いた。
頭が壁に、したたかにぶつかる。
「痛っ!」
異界の風景を想像で描写した絵画が音をたてて落ちた。額縁が砕け、床に散乱する。
「アルトゥールさまぁーー! 大丈夫ですか? ……きゃああー!」
「だいじょ、うぶ……、だといいがな」
「きゃーきゃーきゃー」
そういうタマも小さな少女の姿で横倒しになり、床をころころ転がっている。
城が、下降しはじめたのだ。
床を這うようにして窓際にたどりつき、地上を見下ろす。
麓がだんだん近づいてくる。
困惑しているナオキとミレーヌケティをよそに、能天気なレオンハルトが、大きく両手を振っていた。
「第6の証言 あるいは、魔王アルトゥールの独白 」にお目通しいただき、ありがとうございます。
くっ!!
アルトゥールさん、かわいそう!!
としか言えない過去語りでした。
ブックマーク・評価・ご感想(手旗信号でも受信可/どうしろと!?)などいただけますと、未経験の木登りに素手で挑戦したくなるくらい感激いたしますのでよしなに(うふ)。
てことで次回はとうとう、語り手を王子レオンハルトにバトンタッチし、魔王アルトゥールの推理を展開したいと思います。
それでは、レディGO!




