努力だけでは、どうにもならないことがある
ぼくはずっと、努力してきたつもりだった。
いくら正妃から生まれた王子がぼくひとりだけだからって、兄弟姉妹があんなに多いんだ、安穏としてなんかいられない。
ものごころついたときから、自分の立場がひどく不安定なことは自覚していた。父上は次々に新しい寵妃をつくり、子供を産ませ、またその子がどんなに可愛いかなんてことを、よりによって母上に、しかもぼくの前でのろけたりしてたから。
今のところ公式の世継ぎはぼくだし、父上は、庶子を溺愛しすぎると国が乱れることはわかっている人だ。だから継承順位はゆるがないはずだけど、いつどうなるかなんてわかったもんじゃない。
近衛隊長のグレンに、剣術指南をしてくれと申し出たのは、ぼくの方だった。
見習い兵士を鍛えるのとはわけがちがいますからと、渋るグレンを、半ば泣き落として了承してもらった。
武人の多いこの国で、将来の王として認められようとするなら、武術、戦術に優れているという評価が不可欠だと思ったからだ。
あのころ、ぼくはまだまだ小さかった。練習用によく使われる、刃先を丸くした剣がうまく持ち上げられず、だからグレンも危ぶんでいたのだけれど。
稽古が終わっても、部屋で剣を持つ練習を続けすぎたせいで、手のひらにはすぐに水ぶくれができた。母上がおろおろして、あなたにはまだ早いのよ、とかなんとか言ってたけど、ぼくは聞かなかった。
それにぼくは、妖剣〈誰彼〉に選ばれたかった。
――ヴィードラ公爵が亡くなってずいぶん経つのに、妖剣は〈月の泉〉に沈んだままで、妖魔ミレーヌケティは未だあるじを決めかねているみたいなの、ディングフェルダーの縁戚のひとたちが幾人も月の泉を訪ねたのに、ミレーヌケティは全部追い返してしまったのよ。
母上から子守歌代わりに、そんな話を聞いていたせいもある。
――そいつらはみんな、大した剣士じゃなかったんだ、だからだよ。だって前のあるじを選ぶときも、父上だって名乗り出たのに、ミレーヌケティはヴィードラ公爵の方を選んだんでしょう? 公爵の方が腕が立ったからだよね。
ぼくはむきになってそう答えてたので、母上はちょっと困ってたようだった。やがて、ぼくにはあまり妖剣の話はしなくなった。
ミレーヌケティに認められるには、謎めいた古代獣〈鵺〉が鍛えたという名剣にふさわしい、優秀な剣士じゃないとだめなんだ。建国王レオンハルトやヴィードラ公爵みたいな。だから、ぼくが文句のつけようのない剣士になったら、ミレーヌケティは必ず、ぼくを主として選んでくれる。そうしたらぼくは、世継ぎとしてもひとまずは揺るぎない立場を得られる。
妖剣の呪いなんて、どうだっていい。
好きな女の人に殺される末路っていうんなら、最初から好きな女なんかつくらならなきゃいいんじゃないか。
単純にそう思っていたあたり、ぼくはとても幼かった。今だってまだ子供だとは思うけど、あのころは、たいていのことは努力次第でなんとでもなると、無邪気に信じていられた。
グレンの教育のおかげもある。しばらく続けるうちに、剣はまともに持てるようになったし、構えの形だっていっぱしのものになっていった。
「努力を重ねれば、報われるものですよ」
それは、グレンの口癖でもあった。
つぶれた水ぶくれがやがて固く強ばり、多少のことでは痛くならなくなったころ、上達しましたねと笑い、グレンはそう言った。
「たとえ思うような結果にならずとも、努力した事実は残ります。それでいいと思いますよ」
近衛隊長のいうことは、いちいちもっともだった。
だけど、ぼくはすぐに、知ることになる。
この世には、努力の積み重ねだけでは、どうにもならないことがあるってことを。
ぼくは、出遅れてしまった。
妖剣がとうとう、新しいあるじを選んだ。ぼくと二つちがいの、異母兄にあたる王子だという。
レオンハルトというその兄は、父上が木こりの娘に産ませた息子だった。遅れていた認知もなされ、父上は宮殿に引き取る心づもりのようだと、母上から聞かされた。
母上は、偶然に月の泉に出向いたおかげで、その場に居合わせることが出来たのよと、なんだか感動してたので、ぼくは泣いて怒った。
「ぼくも、月の泉に行きたかった。もしかしたら、ぼくが選ばれたかも知れないのに。どうしてひとりで行って、よその子が妖剣に選ばれるのを見届けてしまうんだよ」
「……だって、あなたはまだ小さいし」
「兄上だって、ぼくとそんなに変わらないじゃないか!」
「そうね。だから、選ばれてしまったことがお気の毒でもあるの。妖剣のあるじは、呪いも背負ってしまうから」
母上は、ぼくがなぜ怒っているか理解できないようだった。
ぼくの抗議には取り合ってくれない。
「レオンハルトさまのお部屋が、もうすぐ用意されるわ。お母さまと離れてお寂しいでしょうし、仲良くしてさしあげてね」
そして、にっこりとこう言ったのだ。
「レオンハルトさまはずっと、弟が欲しかったんですって。あなたと遊ぶのをそれは楽しみにしてらっしゃるようよ」
ぼくは今までも、父上がよそでつくった兄弟姉妹のことは無視してた。彼らは宮殿の外に与えられた館で暮らしていたから、気にしないようにするのは簡単だった。
妖剣に選ばれた異母兄が、宮殿に引き取られるというのは異例だけど、だからって仲良くする義理なんか全然ない。話しかけられても、相手にしないつもりだった。
母上だって、父上の浮気癖には手を焼いていたはずだ。ぼくは、母上が悔しいのをこらえて、表面上だけは余裕をもって、レオンハルト兄上を迎えたのだろうかと思っていたのだ。
けれど、違っていた。
二言目には、王妃さま王妃さまと言って、レオンハルト兄上は、しょっちゅう母上にまとわりついていた。母上は、ぼくをかまっている時よりも数倍楽しそうに見えた。
ただ兄上は、自分で働かずに衣食住が保証される生活に、なかなかなじめないようだった。
村にいたときはずっと、薪も拾ったし畑に野菜の苗も植えてたんだと言いながら、下働きの手伝いをしようとしては断られ、特に自慢なのは野鳥の卵を見つけることで、言ってくれればみんなの分を毎朝取りに行くのに、そう料理長にかけあっては追い返されていた。
――仕方ありますまい。ご身分が低い娘さんが産んだ王子ですからの。宮廷の流儀を身につけられるまでには、さぞ時間がかかりますでしょうな。
貴族連中はそんな風に失笑してたし、ぼくも、何かと言えば話しかけたそうにしていた兄上を鼻であしらっていた。
だけど……兄上が居心地悪そうにしていたのはほんの二、三年のことで――ことに兄上の背が伸び、美貌が際だってきてからははっきりと、回りの目が違ってきた。
兄上の母親は、とても美しい人だったそうだ。たわわな長い髪は、秋の夕暮れ時の黄金色、澄んだ両の瞳は、春先を彩るすみれの花びらの色、どの寵妃の方々と比べてもひけを取らないくらいなのよ、とは母上の言だ。
……父上の浮気相手を、そんなに凝った誉め方で形容する神経がよくわからないけれども。
その母親に生き写しだという容貌もさることながら、兄上の武器は先天的な人なつこさと愛嬌だったろうと思う。ぼくとは対極にある性質だ。
やがて、めざとい宮廷の女どもは兄上の関心を得ようとそわそわし始めたし、貴族連中も徐々に兄上を悪くは言わなくなっていった。
そうなることは何となく、ぼくが誰よりも先にわかっていたような気がする。




