私に彼を殺す資格はないのです
アルトゥールさま。
私は、恐ろしい想像をしております。
六日前に、陛下が、妖剣〈誰彼〉によって殺害され、下手人として投獄されたのはレオンハルトさまでした。
処刑は、もう明日の夜に迫っています。
でもレオンハルトさまは、陛下を殺めたりはなさらないはず。
手を下した人間は、他にいます。選ばれたあるじにしか使えぬはずの妖剣を、なぜに他者が凶器と成し得たかは、わかりかねますけれども。
陛下があのようなことになり、すぐにレオンハルトさまが牢に入れられた後――集まった兵士や、騒ぎに気づいて起き出した下働きのものたちに、陛下の亡骸を発見する羽目になった侍女が取り囲まれて、それは大騒ぎになりました。
なのにマティアスだけは、部屋から一歩も出てこなかったのです。
よく眠っているのかも知れません。それならそれで無理に起こしても、一刻も早く変事を知らせた方がよかろうと、部屋の前まで行きました。
でも、どんなに声を張り上げて呼びかけても、扉を激しく叩いても、マティアスが出てくる気配がありません。
不審に思いまして、扉に耳を寄せますと、やっと中からマティアスの返事が聞こえました。とても気だるい、面倒くさそうな声でした。
「父上が殺された? 妖剣〈誰彼〉で? へえ、レオンハルト兄上も、やるときゃやる人だったんですね。見直しましたよ」
「起きてるのね? マティアス。出てきて顔を見せて」
「眠いんで、勘弁してください。もう下手人が投獄されたのなら、ぼくが出向いてもしょうがないでしょう?」
「出てきなさい! お父さまが亡くなったのですよ」
「だから、どうだと言うんです? 適当に哀しんでみせれば、ご満足ですか?」
とりつくしまもない冷ややかな声に、息を呑んだ、その時でした。
扉の向こうから別の声が……マティアスではない、男の子の声が、聞こえたのです。
「お父さんが死んだのか? 大変じゃないか、マティアス。早く行かないと」戻ってきなよ。それに……いつ僕を帰してくれるの? もう嫌だよ、家に帰りたいよ」
はっとしました。その子はマティアスと同じ年頃と思われますが、宮殿づとめのどの少年を思い浮かべても該当せず……まるで心当たりのない声だったのです。
少年が放った声に、マティアスは少なからず動揺したようでした。
「馬鹿。大声を出すなっていったろう。おまえは黙ってろ、ナオキ」
ナオキ。変わった名前です。やはり心当たりがありません。
「マティアス。マティアス。どういうことなの? その子は誰? どこの子なの? あなたが閉じこめてるの?」
「友達ですよ。城下で知り合って、遊びに来ているだけです」
「嘘つきなさい。閉じこもりっぱなしのあなたに、いつそんなお友達が出来ると……それに、その子はいつの間にあなたの部屋に……侍女たちからは、そんな報告は少しも」
「ぼくのことは、どうでもよろしい。母上こそ、ご自分の身の心配をなさった方がいいんじゃないですか」
「何を言うの」
「いえね、母上がレオンハルト兄上贔屓なのはわかってますが、今後はあまり兄上を擁護する発言は慎むべきだと思いまして。実は兄上と密通していて、だから共謀して父上を亡きものにした、などという噂を立てられたくはないでしょう」
「なんて……ことを」
あまりの言われように、私も思わず、言い返すところでした。
「あなたこそ……」
あやうく途中で止めはしましたが、それでも十分に、マティアスには伝わってしまいました。暗い笑い声が響いたのです。
「なるほどね。ぼくを疑ってらっしゃる? でもぼくは父上の寝室に出向いたりしてませんし――だいたいこの二、三日は部屋から一歩も出てないんですよ。それは侍女たちが証明してくれるはずです。それに残念ながら、妖剣〈誰彼〉は、ぼくには使えませんし、あとは、そうですねぇ、ぼくには父上を殺さなきゃならないような、切羽詰まった理由もないと思うんですが」
私はしばらく放心して、扉の前に座り込んでおりました。
確かにそれは、マティアスのいう通りです。
マティアスは、現場には行けなかった。妖剣は使えない。陛下を殺める動機もない。
それでもなお、まるで人ごとのような言い様を聞くにつけ、一度生まれた疑念は、大きく膨れあがるばかりでした。
なぜならばマティアスは、魔法が使えます。どのくらいの腕前なのかは知るよしもありませんが、少なくともこの半年、私の部屋から持ち出した魔法技術書で独学していたのですから。
負けず嫌いのマティアスのこと、剣の練習の時と同様に、根を詰めて集中したはずです。おそらくは、かなり上達していることでしょう。そう、もしかしたら、風の魔法〈瞬きの旅〉を修得するくらいには。
〈瞬きの旅〉を使えば、別の場所へ瞬時に出入りすることが可能です。部屋から一歩も出ずに陛下の寝室へ行くことなど、造作もないこと……。
マティアスは、私の想像通りの罪を犯したのかも知れませんし、そうでないかも知れません。
ただ、これだけは、わかってしまいました。
どちらにせよ、私の大事な息子は、とても遠い、私の手の届かない場所へ行ってしまったようだと。
明日は、満月です。
宮殿前広場では、すでに炭と薪とわらが小高く積み上げられています。
火刑独特の、太陽の女神の象徴、三連の杖を逆さにした形の柱も、しつらえられました。公開処刑に向けての準備は、もう整いつつあるようです。
マティアスは、火刑台に上るレオンハルトさまに、死刑執行の号令をかけることになるでしょう。
国王代理として。あの冷たい声で。
「ロスヴィーダさまはいつか、おれを殺してくれますか?」
私に孔雀翡翠の首飾りを下さった後、レオンハルトさまはそう仰いました。
私はわざと、聞こえないふりを、いたしました。
孔雀翡翠は、恋愛成就のお守り。その装飾品を渡すことは求愛表現であるということも、存じておりました。
妖剣のあるじは、必ず、愛する女に殺される末路となるのが、妖魔の呪いです。
タイザーマーリア王妃に殺された建国王レオンハルト、夫人に殺されたヴィードラ公爵の例を上げるまでもなく。
ですけれども。
レオンハルトさまが、愛する女性に殺されることを良しと思われるのであれば、それはもう呪いではなく、祝福でございましょう。
そして私は、そのような祝福にふさわしい女ではございません。
レオンハルトさまは、想像したこともないでしょう。私が、自分の息子を脅かす敵とみなして、レオンハルトさまに害意を持つ可能性がある、などとは。
大変、つらいことです。ルイーゼさまにも申し訳なく思います。
けれど、これがマティアスの望みなら。
たとえレオンハルトさまが無実でも、このまま陛下殺しの下手人として、火刑を見届けることもやむなしとさえ、考えます。このような愚かしい母親のどこに、妖剣のあるじたるレオンハルトさまを愛し、また殺す資格があるのでしょうか。
前置きが、長くなりました。
私は今、塔を出ました。宮殿の東のはずれへと歩いています。
空にはまだ、夜の虹が鮮やかですね。もうしばらく、埒もない繰り言におつき合い下さいませ。
この六日間、ずっと悩んでおりました。
マティアスの気の済むようにさせるか。
それとも、レオンハルトさまを逃がすか。
迷いながらも私は、自分の業に忠実であろうと思いました。
魔法使いに憧れて、それなりの精進を積んできたつもりです。ですが、私にはどうやら才能はないようで、どの魔法の成功率も極端に低いのです。それでも、あきらめようとは思いません。今までも、そして、これからも。
この未熟な腕で、地の魔法を使ってみます。
牢獄の鍵を、開けるために。
孔雀翡翠の首飾りをつけておりますので、多少、成功率は高まるでしょうが、どんな結果になろうとも、自分がしでかしたことの処分は、受ける覚悟です。
失敗すれば最悪、牢獄そのものを破壊してしまい、レオンハルトさまを殺めてしまうことになるやも、知れませんけれども。
それはその時ということで。レオンハルトさまの運次第です。
そしてもし、成功しましたら。
ヴァラスからいったんお逃げになり、冤罪を解くためにアルトゥールさまのお力をお借りしては、と申し上げるつもりです。
アルトゥールさまでしたら、妖剣が凶器となった謎が、おわかりになるかと思うのです。
もちろん、アルトゥールさまの方には、関わる筋合いなどございませんでしょう。
アヴィリオンの魔王を動かせるか否かも、レオンハルトさま次第だとは思いますが。
願わくば、幸運を。
さあ、牢獄が見えてまいりました。
そろそろ、地の元素霊を呼び集めることといたしましょう。
はい。
「第3の証言 王妃ロスヴィーダ」に お目通しいただき、ありがとうございます。
王妃ロスヴィーダ、どじっこ属性、魔法オタクなのに魔法が下手くそ、魔王アルトゥールに片思い、レオンハルトの気持ちには気づいているのにスルーしてるし、やっぱ実の子に王位継がせたいよね、とか思ってるオトナの女。
でも、こういうタイプって、殺しとかしなさそうだよね?
例によって、ブックマーク・評価・ご感想(ご感想は電波でも受信可/電波とは無縁な常識人の方は、お手数ですがログイン+入力プリーズ)などいただけますと、喜びのあまり脳内4回転半ジャンプをいたします。
次回は、王妃ロスヴィーダの実子で、なんか不穏な感じの、世継ぎの王子マティアスの証言をお届けします。
それでは、レディGO!




