↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/30

実の息子マティァスと義理の息子レオンハルトさま

 早いものでレオンハルトさまは、今年十七歳におなりです。気性は陛下似のようですが、幸いなことに外見はお母さまそっくりの美貌に恵まれた、明るくて人好きのする少年でいらっしゃいます。

 宮殿にいらしてからも、もったいないほど、私に懐いて下さいました。

 妖剣のあるじに選ばれてすぐ、陛下がただちに宮殿に引き取るように通達をなさったあたりでしょうか、ルイーゼさまがお亡くなりになられ、大変に哀しんでいらっしゃいました。そういったこともあり、年若な私でも、母親代わりのように思われたのかも知れません。

 先日のことでございます。

 ちょうど私が地の魔法の呪文を唱えるのに失敗して、元素霊を怒らせ……はい、身に沁みてわかっていたつもりなのですが……火の元素霊ほどではないと申せ、地の元素霊はなかなかに気難しゅうございますね……塔のてっぺんを少々、いえかなり、崩壊させてしまったことがありました。

 幸い、私が魔法研究に没頭しているときには誰も近寄ろうとしないので、怪我人はでなかったのですけれども、自分の力不足に打ちのめされて、珍しくも落ち込んでいましたところ。

 レオンハルトさまが訪ねていらっしゃいました。

 いつもの明るい笑顔で、わー、また今回も派手にやりましたね、と仰った後で、私に孔雀翡翠の首飾りを下さったのです。

 孔雀翡翠は古代より、もっとも地の元素霊が好む鉱物だそうでございますね。

 レオンハルトさまは、一向に魔法技術の上達が見られない私を思いやって下さったのでしょう。私はとても嬉しゅうございました。

「まあ。このような貴重なものを。どうもありがとうございます」

「え。てあの。受け取って……いただけるんですか?」

 レオンハルトさまは、思いがけない言葉を聞いたように、顔を赤らめました。

「もちろんですわ。せっかくのご好意ですもの」

「そうか。そうですか。いやぁ、あの、もちろんおれ、あなたの立場はわかってるし、だからその、どうこうしようとか思ってるわけじゃなくて、いや思ってないわけじゃないけどそれはとりあえず置いといて、そのぉ、気持ちだけでも受け取ってほしくて」

 私はじっと、首飾りの中心に収められた、青緑の貴石を見つめておりました。

 孔雀翡翠の回りに、先刻まで怒って離散していた地の元素霊たちが、そっと近寄ってくる気配が感じられます。

「レオンハルトさまの応援、感じ入りました。今度こそ、究極の地の魔法〈錬金術〉が成功するかも知れませんわ。私、頑張ります」

「あのぉ……」

 レオンハルトさまは、目に見えてがっくりなさいました。

「もしかして、孔雀翡翠に関する、その、ちまたでいろいろ取りざたされているあれこれは、ご存じでは、ない?」

「今では採掘中止になった鉱物で、数も少なくなっていますから、よほど気の利いた骨董屋ではないと見つけられないものだということは、存じております」

「それは、その通りなんですけど、あの、もう一声っていうか」

「お手に入れられるのに、さぞ御苦労なさったでしょう。見てて下さいましね。〈錬金術〉が成功いたしましたら、真っ先にレオンハルトさまにご報告いたしますわ」

「……はぁぁ。えと、じゃあおれ帰ります。王妃さましかいらっしゃらない塔に、男が長居するのはまずいですし」

「あらぁ。そんなこと全然、ちっとも気になさらなくてよろしいのに。ルイーゼさま亡き後、レオンハルトさまは私にとって我が子同様のお方ですもの」

 肩を落としたレオンハルトさまは、もう私の言葉は耳に入らない風情でございましたが、退居なさる前に、小声で何か仰いました。

「ロスヴィーダさまは、いつか」

「はい?」

「――て、くれますか?」

「……すみません、聞こえませんでした。もう一度、仰って?」

「いえ、いいんです」

 レオンハルトさまは振り向かずに、塔の螺旋階段を駆け下りていかれました。

 階段石を打つ靴音が、なぜかもの悲しく聞こえて、私はしばらくその場に佇んでおりました。

 このときレオンハルトさまが、肌身離さないはずの妖剣をなぜかお持ちではなかったことに――私に孔雀翡翠の首飾りを渡すために、どのような犠牲を払ったかに気づくのは、もうしばらく後のことでした。 


 宮殿にいらっしゃった当初は、勝手がわからず苦労なさってたレオンハルトさまですが、成長なさるにつれ、生来の魅力も相まって、宮廷に集う人々の人気を独占なさっておられました。

 貴族の称号をお持ちの殿方は、ヴァラスの国柄もあって、無骨な武人の割合が多うございます。貴婦人やご令嬢方が、ヴァラス宮廷は華やかさな殿方が少なすぎると、常に嘆かれていらしたので、レオンハルトさまのような方は大歓迎だったのです。

 ただ、マティアスには少し可哀想だったかも知れません。マティアスは幼い頃から、無口で無愛想な子でした。兵士たちによれば、戦場ではそれは活き活きと、獅子奮迅の働きをするそうですが、いったん宮殿に戻ったら人が変わったように黙り込むので、付きあいづらい王子だと思われているようです。

 ですがなにぶんにも、まだ十五の子供です。舞踏会などでご婦人方のお相手をしたりするのを、大変に苦手としておりますのも、仕方のないことでございましょう。それでも、正妃から産まれたただひとりの王子、世継ぎの殿下として、それなりに重んじられ、気を遣われてはいたのです。ほんの半年くらい前までは。

 誰が最初に言い出したことやら……。初めは軽い気持ちだったのでしょうが、思いのほか、同調する貴族が多かったようで、それは瞬く間にある雰囲気を作り上げてしまいました。

 ――マティアス殿下よりもレオンハルト殿下の方が、次代のヴァラス王にふさわしいのではないか?

 レオンハルト建国王以降、ヴァラス帝国の歴史は、侵略と征服の連続でございました。そろそろこの国は、好戦的ではない君主を求め始めたということなのでしょう。

 わずか十二歳の時から、戦場で天才的な剣技を披露し、幾多の敵の返り血を浴びてきたマティアスのような王子は、敬遠される傾向にあったのです。

 レオンハルトさまは、妖剣〈誰彼〉の継承者でありながら、戦場に出て、妖剣の力を示す機会はありませんでした。

 それはご本人が、戦を嫌ってらっしゃったことや、ヴァラス帝国の領土はすでに、新たな戦で妖剣の力を必要としないほど、拡大していたことなどを理由とします。

 ヴィードラ公爵が続けざまに戦功を立てていた頃、賞賛する一方で、その血なまぐささに辟易していた者たちからすれば、レオンハルトさまの戦嫌いや剣の不得手ぶりは、むしろほっとする要因だったのかも知れません。

 ――レオンハルト殿下の王位継承権順位の低さは、何とかならないものか。臨時会議を開いて王室規範を見直す時が来たのではないのか。

 ――王室規範をいじるまでのことはなかろう。母上のご身分による継承順位なのだから、ルイーゼどのをたとえば、子爵どの、あなたさまの落とし種だと主張すればよろしいのではないかな。

 ――私の身分などではまだまだ。それにどうあがいても、お世継ぎのマティアス殿下が次期国王でいらっしゃることは揺るがないではないか。

 ――陛下は、何か仰ってはいらっしゃらないのか。これからの時代は、必ずしも戦神のような君主である必要はなかろうに。

 ――そなたが、陛下に申し上げればよかろう。こんなことを陰で言ってないで。

 ――いや、しかしな。陛下からの御沙汰がないものを、こちらからというのもおこがましく。そういうそなたこそ。

 ――う、うむ。だが、なかなかのう、何事もやはり、陛下のお心次第であろうし。

 私とて一応は母でありますゆえ、マティアスは可愛い息子でございます。  

 ですけれども、いえ、それゆえにと申しましょう。

 次代のヴァラス帝国の王位には、マティアスではなく、レオンハルトさまがついた方がよろしいのではなかろうか。

 はからずも、貴族たちと同意見になってしまいますが、実は私も、そう思うのです。

 はたからは、とてもそんな風には見えませんけれども、マティアスは内気でおとなしい性分なのでございます。

 顔立ちや性格は陛下にも私にも似ておらず、私の父、フラウエンロープ伯爵の灰茶色のきつい目と、狷介な雰囲気を引き継いだようで、それでずいぶん損をしている気がします。

 陛下もまた、たったひとりの世継ぎに、こころないことを仰ったことがございました。

 ――おまえはどうしてそう、つっけんどんで陰気くさいのだ。剣技が達者ならそれで良いというものではないぞ。おまえの兄も姉も、弟も妹も、誰もかれも、おまえよりはかわいらしいし、人なつこいし、よく笑う。レオンハルトを見てみろ、そこにいるだけで、場が明るくなるではないか。あの屈託なさを、少しは見習ったらどうだ。

 陛下にすれは、特別な息子として気を許しているからこその、無配慮なお言葉だったのでしょう。

 でも、常に世継ぎという重圧に耐えて、死にものぐるいで努力してきたマティアスに対して、あんまりな仰りよう。私は抗議いたしましたけれども、陛下はさして悪かったとは思われていないようでした。

 天才と言われるほどの剣技は、あの子が剣を持てるか持てないかくらいの、幼い頃からの精進により身につけたものです。 十二の初陣も、私は早すぎると思いました。あのときは幸いに素晴らしい戦果を得て帰ってまいりましたし、その後も順調な戦功を積んでいるようには見えます。が、あの子が精一杯の背伸びを続けているのであろうことは、私が一番良く知っております。

 そう――ちょうど貴族たちが次代の王を云々言い始めた頃ですから、半年前あたりでしょうか。

頻繁に、私の魔法技術書を借りに来たことがございました。自分も魔法研究をしてみたいと言って。剣以外にも何か誇れるものを、と思ったのでしょう。あの子の考えそうなことです。

 ですがあの子は自分の部屋で、独自に呪文を試みて、失敗したようでした。手に包帯を巻き付けていましたから、あれは風の元素霊を呼び出しそこねて、切り傷をつけられてしまったのだと思います。

 見かねた私は、魔法は失敗すると回りにひどい迷惑をかけることもあるから、本格的に学びたいのならば、私と一緒に塔の中で勉強しましょうと言いました。親心だったのですが、どうやら誇りを傷つけてしまったようで、それからは私に断ることもなく、貴重な研究書をこっそり持ち出す始末です。

 そして、ひと月前。

 私は、根を詰めすぎて、日に日にやつれていくマティアスが心配でした。だから、あのようなことを言ってしまい、怒らせてしまったのですが、果たして自分が正しかったのかどうかは、未だにわかりません。

「もっと自分を大事になさい。何もおまえが、無理に王座につく必要はないのですから」

 最近は私と顔を合わせるのも避けて、剣の稽古が終わると、すぐに自室に姿を消すマティアスをようやく掴まえ、そう言いました。マティアスは、こちらが驚くくらいに、顔色を変えました。

「それは、どういう意味ですか」

「レオンハルトさまの補佐に回るという生き方も、ありますよ」

「母上まで、ぼくを否定なさるんですか」

 マティアスはもう、私の方など見ようともしませんでした。早足で歩き続けながら、吐き捨てるように言うだけです。

「貴族連中と同じお考えなんですね。自分では手を汚さずに、昔はヴィードラ公爵に戦を押しつけて、今はぼくで。そして十分領土拡張したからもう戦好きの王はいらないと言い出すような、寄生虫どもと。よくわかりました。もう母上をぼくの味方とは思いません」

「マティアス」

「ぼくはレオンハルト兄上が大嫌いです。ヴァラスの王子なのに、戦が苦手。剣なんて使えないのに妖剣〈誰彼〉のあるじ。そして妖剣のあるじにも関わらず、一度も妖剣を使わない。兄上が王になるなんて認めない。補佐に回れ? 冗談じゃない!」

 あの後はずっと、部屋に閉じこもりっぱなしで、剣の稽古さえも出たり出なかったりしております。色好みの陛下への反発でしょうか、もともと女性嫌いの傾向にはあったのですが、ことにそれが著しくなったようで、年ごろの侍女は一切側に寄せ付けなくなりました。側付きの侍女は全員、自分よりもいくつか年下の、いとけない幼女で固めてしまったほどです。

 そういったお気に入りの侍女たちも、このごろは食事を外に置くだけで、顔を見る機会はあまりないようなのです。

「お体の具合が悪いというわけではないと思います。だってマティアス殿下は、このところとても食がお進みのようで、お魚とかお肉とか、よくおかわりなさいますし、パンも倍くらいお召し上がりになりますもの」

 幼い侍女は少し首をひねるくらいで、無邪気にそう申します。が、それを聞いた私は、得体の知れない寒気を感じました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。