67 レネーレネネトの恐怖
「チドーばっかりで疲れたね。みんなもお疲れさま」
大広間でのチドーの講習を行ない、守生たちは夕食までの少しの時間にローテーブルを囲む。
明日は午前中にチドーの講習をした後、午後からフィリップハピの屋敷に行く予定だ。
(王城に来て初めての外出が、敵対勢力の家って緊張する……。でも、解毒薬のためにもがんばらないと)
「オレはいっぱい体を動かせて楽しかったです!」
「あの、私も楽しかったです……」
女性騎士候補生のアベルアヌビスと踊り子のウーナウヌトは体を動かすのが好きらしい。
「でも、騎士の人たちが大勢いて、私は緊張したわ」
「うんうん、分かるー!」
「え、シュー様もですか!?」
守生の共感にレネーレネネトが驚く。レネーレネネトからすれば、【大いなる幸いを運ぶ者】として堂々と指導する姿を見ていたので、意外な感想だった。
「俺はァ、チドーのおかげで、水の緩急をつけやすくなったかもォ」
「緩急って?」
ドムトートは手からたらいに水をちょろちょろと出した後、ビュッと勢いよく水を出す。
こういうのを喜びそうなアリーアヌビスは、いつの間にかテーブルにつっ伏して眠っていた。気づいたウーナウヌトが、抱き上げて、自分の膝にアリーアヌビスの頭を載せる。
「おお、水鉄砲みたいだね!」
「もっと多くも出せるけどォ、部屋をビシャビシャにしちまうからなァ」
「ドムさん、すごいですっ! オレの火魔法も見てほしいっ!」
「おめェのは絶対、練習場でやらないとあぶねェだろォが」
「うーっ! シューさんに見てもらいたいのにーっ!」
アベルアヌビスがもどかし気にローテーブルを拳でトトトトトと叩く。アベルなりに力加減をしているのが見て取れる。
「落ち着きなよ、アベル。今はしょうがないじゃん」
「あの、状況が落ち着くまでシュー様の外出はなるべく控えたほうが……」
悔しがるアベルアヌビスを、レネーレネネトとウーナウヌトが慰める。
「うー、くそっ、オレ我慢するっ!」
「うんうん、アベルは偉いね。いい子いい子」
レネーレネネトが手を伸ばして、向かいに座るアベルアヌビスの手を軽く撫でた。
(アベルにはこんなふうに、女の子との関わりを経験してもらいたいなぁ)
守生はほっこりとした気分で見守るが、それで終わるアベルアヌビスではない。
「今のっ! アリーをなだめるのとおんなじ言い方だっ!」
「あ、バレた?」
「レネー!」
「わ、わ、ちょっと、アベル!?」
「あの、あの、危ないです……!」
アベルアヌビスがレネーレネネトの手首を掴み、ぐいっと引き寄せる。元々身を乗り出していたせいで、レネーレネネトの体がローテーブルに乗りあがった。
「シュー、あれ放っといていいのかァ?」
「え? あぁ、ヘレナさんがキレそう……」
守生がそう言った時には遅かった。
「アベルアヌビス! レネーレネネト! シュー様の御前ですよ! 控えなさい! ウーナウヌトも見ていないで止めなさい!」
「ヘレナ先生、だってレネーがっ!」
「ちょっと! アベルの馬鹿力のせいでしょ!?」
「あの、すみません、すみません、すみません……」
ヘレナヘケトの説教が終わった後、守生はひとつ咳払いをした。ウーナウヌトがビクリと体を竦ませる。
「あ、違うから。お説教は終わったよ。僕からは、フィリップハピさんについて聞きたくて」
「あの、私よりレネーの方が適任かと……すみません……」
「私とアリーはフィリップハピ様の奴隷でしたから」
「あ、ウーナさんは兄のパトリックハピさんの家から来たの?」
「あの、そうです……」
「じゃあ、レネーさん。聞かせてくれるかな?」
レネーレネネトは、ウーナウヌトの膝で眠っているアリーアヌビスをちらりと見る。
「あの、アリーを部屋に戻してもいいですか? 話を聞かせたくないので」
「これから夕飯だし、防音の魔道具を使ってもいいかな?」
「はい、それで大丈夫です」
守生はローテーブルから離れて、椅子に座って防音の魔道具を起動させた。そのそばに置いた椅子にレネーレネネトを座らせ、騎士コンビが防音の魔道具の範囲内に立つ。
「どこから話せばいいのか分かりませんけど……」
「レネーさんとアリーくんは、血のつながったきょうだいではないんだよね?」
「はい。私は両親と一緒に借金奴隷としてフィリップハピ様の地下室で暮らしていました。アリーの両親とアリーも同じで、そこで知り合ったって言うか」
「そうなんだ」
「うちの親もアリーの親も、ある日地下室から連れ出されて」
「うん。辛いことだったら、話さなくてもいいよ?」
淡々と話すレネーレネネトに、守生のほうがドキドキしてしまう。
「いえ。奴隷が地下室から出されてどうなるのか、誰も知りません。半年ほどいましたが、誰も戻って来ませんでした」
「うん」
「アリーは今より小さかったし、よく泣いてたんですが、ある時世話係の男に殴られて」
「えっ!」
「それで意識を失って、熱も出て。それから親のことを忘れてしまったみたいです。看病した私のことを本当の姉だと思っているようだったから、私がシュー様へ贈られることになった時、アリーも一緒に行けるよう頼んだんです」
「そうなんだ」
「アリーを世話をする人間がいなくなるし、【幸い】様が小さい子を好むかもしれないからって許可をもらえて……」
「お稚児趣味ってどこにでもいるんだね……」
守生はため息を吐いた。
「昆虫族になる毒が盛られたって聞いた時、もしかしたらって思ったんです」
「フィリップハピが毒を盛ったって?」
「はい。お屋敷にはいっぱい、珍しい色の昆虫族の調度品がありましたし、世話係の男の態度で、もしかしたらって思ってて。でも地下室では絶対そんなこと話せないし」
「パニックになるよね……」
「大人たちも、子どもを気遣って言わないようにしてたんだと思います。黙ったまま、父さんも母さんも……」
レネーレネネトがボロボロと涙を流す。
「ごめんなさい、シュー様。恐ろしくて言えませんでした。シュー様に疎まれて、フィリップハピ様のお屋敷に戻されたらって思ったら怖くて……」
「レネー、ずっと怖いのを我慢してたんだな」
アベルアヌビスがレネーレネネトに寄り添い、その背中をさする。
「うん、怖かった……!」
「けど、もう大丈夫だ。シューさんは絶対、怖い思いなんてさせない」
「うん、そうだね」
アベルアヌビスの言葉に、守生も頷く。
レネーレネネトが守生を見上げる。コブラ頭で恐ろしいはずなのに、ちゃんと女の子に見えた。
「レネーさんもアリーくんも、もちろんウーナさんも。ちゃんと独り立ちできるようにお世話するから」
「ありがとうございます、シュー様」
守生は少し考えて、レネーレネネトに提案する。
「レネーさん、僕のヒーリングを受けてみませんか?」
今まではあえて提案しなかった。たとえ善意であっても、主人から奴隷への強制的な提案になると思ったからだ。
だが現状を変えられないと思っている人より、少しでも変わりたいと思える人が受けるなら、ヒーリングは意味を持つ。今のレネーレネネトなら大丈夫な気がした。
「過去の嫌なできごとが、マシになるかもしれません」
「……過去の?」
「そうです。これからは、そんな目には遭わない」
守生の言葉に、レネーレネネトの目に光が灯る。希望の光だ。
「受けたい、です。でも、奴隷の私がそんなことをしてもらうわけには……」
「オレらもしてもらったし、大丈夫だよっ! すげーキラキラになって、おもしろいしっ!」
アベルアヌビスの明るい声に、レネーレネネトがこくんと頷いた。
「……でも、私はシュー様に何もお返しできません……やはり、この身を捧げるしか」
「ダメっ! それはダメっす!」
「だよね。ごめん、アベル」
アベルアヌビスが珍しく横槍を入れ、レネーレネネトがアベルアヌビスに謝る。理由は分からないが、レネーレネネトが思いとどまってくれてよかった。未成年者に恩着せがましく無体なことを強いる趣味はない。
「僕の身内になったレネーさんの環境を整えるのは当然だし、受けたいなら一度は無料でヒーリングするよ」
「はい、ありがとうございます。もったいないことです」
「もし僕にお礼をしたいのなら、これから出会う誰かを僕だと思って接して、困ってる人がいたら助けてあげて」
その場にいた全員が、ぽかんと口を開けた。
「誰かを、シュー様だと思ってですか?」
「イヤイヤイヤ、無理だろォ」
「え? 意味わかんないっすけど……。その人が貴人でもなくて、光魔法が使えなくても?」
「うん、そうだよ。だって逆を言えば、僕の価値って羽……があって、ヒーリングができることだけなの? って思うし」
羽なんて見えないけどね、と守生は心の中で叫ぶ。
「貴人じゃないにしても、それが奴隷でもですか?」
「そうだよ、レネーさん。でももしレネーさんに危害を加えるようなら、逃げたりぶん殴ったりすべきだけどね」
「ぶん殴る……」
守生の言葉に、レネーレネネトはまたも唖然とした。肉を食べることを嫌い、奴隷にもやさしい【大いなる幸いを運ぶ者】の口から出る言葉ではないと思ったのだ。
「わはは! レネー、殴り方はオレが教えてやるからなっ!」
「もう、アベルったら!」
「いやいや、護身術は大事だよ」
「シューさん、いいんすか!? 冗談だったのにっ!」
「もちろん、いいよ」
「そういやシューも、ナイフで戦ったりしてたなァ」
「うん。でもちょっと習っただけだから、ドムとアベルが助けてくれなきゃ危なかった」
守生の言葉に、騎士コンビが照れくさそうな反応を見せる。
「ともかく今後何か困ったことがあったら、僕や騎士コンビ、ヘレナ先生に相談すること」
「はい、分かりました」
「うん。ウーナさんやアリーくんにも伝えておいてね」
「はい!」
夕飯の配膳が始まると、アリーアヌビスの目が覚めた。
みんなで食事をいただいた後、守生は【DNAアクティベーション】の準備を始める。今日は疲れたし、明日の朝でもいいかと思ったが、妙にクラウンチャクラと眉間のサードアイがムズムズするのだ。
(こういう時は光の存在が【光の奉仕】をしろって合図だもんね。やりますよ! 体を持ったことがないヤツらはその辺を理解してくれないんだよなぁ……!)
あれほど怯えていたのだ。【感情コートのカッティング】と【悪意を光に変えて相手に返すワーク】もしたほうがいい。
守生は【場の設定】をして、部屋と思考をクリアにしていった。
そしてお稽古トリオへの癒しを祈る。今も昆虫族化して苦しんでいる人々のことも祈り、昆虫族の人々の幸福も祈る。
(虫は嫌いだけど、滅びろとは思わないんだよね……。見たくないし関わりたくないけどさ)
準備が済むと、レネーレネネトとウーナウヌトに【DNAアクティベーション】を順番に施した。もちろん、無料オプションも行なう。
レネーレネネトは問題なく終わったが、ウーナウヌトの施術中、彼女の腹部に妙な手応えを感じた。
(ん? なんだろう、この感触……)
施術後にウーナウヌトに話を聞いてみると、守生の元へ来る直前におかしなことがあったらしい。
「あの、その日は奴隷部屋から出て、個室で豪勢なお食事をいただいたんです……。高貴な方に贈られるための特別扱いだと説明されたんですが……。その後すぐ眠たくなって……」
「それ以来、お腹に何かあるような感じがある、と」
「はい。それにはっきり気づいたのは、シュー様の前で踊った時です。普通にしてたら特には……」
「どんな感じがするの?」
「あの、まるでお腹に石でも入っているような……」
それを聞いた瞬間、守生の背筋が凍った。
人を昆虫族化してその硬くきらめく肌を装飾に使うような人間たちなのだ。体に異物を入れられていても、おかしくはない。
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