42 サイラスオサイリスの従兄弟
「ふわぁ~、ねむ……。今はヒーリングする気分じゃないんだけどなぁ。って二時かよ!」
「お前、賢者サマにいきなり『自分の騎士に治癒魔法を掛けてくれ』って頼んだそうじゃねーか。俺は前から頼んでたぜ?」
「うっ、分かったよ。やるよ、やりますよ」
「えーと、準備に小一時間かかるし、その準備を見ないでほしいんだけど」
「ここで待ってる。衝立をしてんだからそれでいいだろ。防音の魔道具、お前のも起動させとけ」
「分かった。もうお前の偉そうな態度は気にしないことにする」
「じゃあ、いちいち言うなや」
「くそ、ムカつく……」
準備のためにシューが移動すると、ベッドに腰かけたサイラスオサイリスはアイシャアイシスの壺を抱きかかえる。
『お兄様、今度こそ……』
「いや、期待しすぎんな。シュー自身、何回か受けないと変化した実感がねぇって言ってたしよ。それに、呪われてるのは俺だけじゃねぇ」
『そうですわね、トリンも……。何度も期待して裏切られてきたのに、わたくしったら』
沈黙が場を支配する。
『そうそう、聞いてくださいな、お兄様!』
アイシャアイシスが華やかな声を上げる。
『トリンったら、エリスイシスのお茶会に遅刻して来ましたのよ?』
「ぷっ、遅れて行った方が目立つって言ってぜ」
『やっぱり! わたくし、お茶会の前にエリスイシスに教えてあげましたの。賢者トリスタントートは絶対に遅れて来ますわよって』
「ああ、だからエリスイシスは全然怒ってなかったのか。トリンが賢者とはいえ、王族を待たせた相手に心広すぎだろって思ってた」
『ええ。もっとも、普段からあまりイライラするような子ではございませんけれど』
「そうか。俺とは正反対だな。俺はすぐ怒っちまう」
『まぁ! お兄様ったら!』
兄妹が話をしている間も、衝立の向こうから壁に向かって光の線や図形が飛ぶのが見える。
サイラスオサイリスの頭の中の虫が、ギィギィと喚いている。今度の声には喜びがある。今まで感じたことのない喜びの感情だった。
(俺たちにとって【大いなる幸いを運ぶ者】は、本物の幸いなのか? 今度こそ本当に?)
「お待たせ。それじゃ、施術を始めようか」
急に貫禄の出たシューが、衝立の間から声を掛けた。その雰囲気の変化に、少し圧倒される。そう言えば、根城に泊めた時も同じことを思ったな、と振り返る。
「施術の前にちょっとだけ話をしようか。そっちの椅子に座って」
「おう」
話ならさっきもしたじゃないかと思いつつ、サイラスオサイリスは大人しく従う。
「あー、何を訊こうかなぁ。……盗賊って、具体的に何をするんだ?」
「貴族や商人たちの馬車を襲って、金品を奪う。クソ貴族の屋敷を襲撃したこともあるぜ」
「……なるほど?」
守生の不機嫌な様子に、サイラスオサイリスはガリガリと頭を掻いた。
「お前は人を傷つけるなって言うが、じゃあ貴族に傷つけられたヤツらはどうなる? 泣き寝入りか?」
「っ! その人たちを助けるために、貴族の屋敷に押し入ったのか!? やっぱり義賊なのか!?」
「さぁ、どうだろうな」
守生が興奮したように言うので、逆にサイラスオサイリスは恥ずかしくなった。別に世のための人のために行動を起こしたわけではない。確かに頼まれて仕返しをしたこともあるが、第一は自分と仲間の生活のためだ。第二に、クソッタレな王家の血を引く人間が憎かっただけだ。犯罪の確証がなくても、忍び込めば何かしらの悪事の証拠や虐げられた者たちがいた。
(クソッタレな家にはクソッタレな人間しかいねぇ。どうせ俺もクソッタレだ)
「じゃあ、話を変えるけど。サイラスに呪いをかけた人は分かってるのか?」
「親父と上の従兄弟だな。魔法陣を作ったやつは分からねぇが」
頭のいいトリスタントートは魔法陣を解明するために長い歳月を使った。それによって魔法陣や魔道具作りに精通し、サイラスオサイリスたちの旅は随分楽になった。それでも、解呪には至らなかった。
「そうか。じゃあ先に、その人たちへ向けた感情のしこりを取ろう。もう会わないよな?」
「ああ。どっちもくたばってるよ」
顔を顰めて言うサイラスオサイリスに、シューが何か言いたげな顔で見てくる。二人を殺していないか気になっているのだろうか。
サイラスオサイリスの父親を殺したのは、年上の従兄弟ホルストホルスだ。甥が舅でもある伯父を殺した。協力してサイラスオサイリスとトリスタントートを陥れた挙句に、仲間割れしたのだ。
そしてそのホルストホルスを弑したのは、成人したばかりのホルストホルスの息子だ。つまり親殺しだ。おそらく母親であるアイシャアイシスも手伝っただろうと、サイラスオサイリスは考えていた。
彼らに対する憎悪は、シューの【悪意を光に変えて相手に返すワーク】のおかげで楽になった。以前は常に思い出して怒りでいっぱいだったのに。それでもまだ、心の根っこに引っかかっている。
目の前のシューの体の軸が、光る太い管のようなものとして見えた。シューの光の翼がぶわりと大きく広がる。
「目を瞑って、どちらかより嫌だと思う人を思い浮かべてくれる? 僕に言わなくていいから」
シューに言われて、迷う。親父か従兄弟か。ちらりと部屋の奥の黒い壺を見て、従兄弟の姿を思い浮かべる。
妹を奪った、ホルストホルス。はやぶさの頭をしたいかつい男だ。武に優れ、力と金で物事を思い通りにしてきた男。王子であるサイラスオサイリスと、幼いながらに英明な実弟トリスタントートに嫉妬し陥れた。従姉妹である王女アイシャアイシスと無理やり結婚し、国王を名乗った男。その後王家では親殺しが続き、その度に壺となった妹は涙を零す。
「……決めたぜ」
「じゃあ、目の前にイメージして。イメージできたら、一歩前に出て」
大人しく従うと、シューがサイラスオサイリスのそばを周りながら、何かを振っている音が聞こえた。
(振ってる? ……切ってるのか? 何を?)
体には一切触れられていない。目を開けようかと考えているうちに、シューの足が止まった。
「終わり! どう?」
「……わかんねぇ」
「そう。それでも問題ないよ」
(嘘付いちまった。なんだ? スース-する)
体が、というよりも心が空虚なのだ。その奇妙な変化に、サイラスオサイリスは戸惑う。ねぐらで受けた施術とはまた違う感覚だった。
「あー、一応ハグしとく?」
「抱擁? ……お前、俺とそういうことがしたかったのか?」
「そういうことってなんだよ! 【感情コード】を切ると、なんか寂しくなるの! 縁が切れるからそう感じる人もいるの! まぁサイラスは特に何も感じなかったみたいだけど!」
「あー、そうかよ」
空虚さの理由がわかって、サイラスオサイリスは納得した。
「まぁ、妹さんとハグしてもいいけど」
シューが目でアイシャアイシスの壺を見遣る。黙ってベッド脇に行き、妹を抱きしめる。当然ながら硬い壺だ。
『お兄様? 大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。少しだけこのままでいさせろ。なんかしゃべってくれ。お前の声が聞きたい」
『ふふ、うれしゅうございますわ。わたくしから手を伸ばせないのは残念ですけれど、でも思いはいつも一緒ですわ、お兄様』
「アイシャ……」
『大好きですわ、お兄様』
しばらくそうして、空虚さが落ち着くと席に戻った。照れくさくてシューの顔を見づらいが、相手はまったく気にする様子がない。
「……もう一人のウゼェやつはどうなる? また次回に切るのか?」
「一番強烈にしこりのある人を代表者にして【感情コード】を切れば、他の悪縁も一緒に切れてるはずだよ」
言われて父親のことを思い出すが、遠くに行ったような奇妙な感覚が残るだけだ。
「確かに」
「また思い返すと感情コードが繋がるかもしれないから、気にしない方がいいよ。もう終わった事だって分かってるだろ?」
「まぁな」
「どうしても気になるなら、アクティベーションを受けた後に言って。今日でなくてもいいから」
「分かった」
「それじゃあ【DNAアクティベーション】を始めようか」
オリンピックでミックス(ハーフとも言う)の選手とそのインタビュー記事を見て、ヒロインの多様性について考えさせられました。プロフィールにちょろっと書いてます。良かったら読んでくださいな(2021年8月現在)




