41 サイラスオサイリスの身内
◆賢者の台詞が『 』なのは誤字ではなく、そういう仕様です。
『サイラス。あなた、はしゃぎすぎではありませんか?』
王城の賢者トリスタントートに与えられた部屋で、盗賊団首領サイラスオサイリスは鏡の前に立っていた。鏡は金属を磨いて作られたものだ。
髪型や襟元の革ひもを整えるサイラスオサイリスに、トリスタントートは呆れた声を隠さない。
「久しぶりにアイシャに会うんだ。身だしなみは大事だろ。おい、トリス。髪飾りとかねーのか?」
『あなたに合うものを、私が持っているわけないでしょう……。冠羽をお貸ししましょうか?』
サイラスオサイリスは人頭だが、トリスタントートはトキの頭部を持つ。つまり髪がない。
そしてトリスタントートの冠羽は、付け外しのできる魔道具だ。目立つことが大好きなトリスタントートが製作した非売品である。サイラスオサイリスが身に付けたら、シューの国の遊園地ではしゃぐ人のようになるだろう。
「チッ、使えねーな」
『そう思うならあらかじめ言っておいてください。そうすれば商人を呼ぶなり貴族にねだるなりできたんですからね!』
「へいへい、悪かったよ。けどまさか、シューの部屋にアイシャがいるとは思わないだろ」
『確かに。どこへ行くにも一緒だったアイシャを一時的にでも手放すとは思いませんでしたね! アイシャが申し出たことなら、お見事です』
「よし、行くか」
サイラスオサイリスは起動させたままの防音の魔道具を持ち、眠りの香を焚きながら王城の廊下を進む。香の煙が進行方向に充満するよう、風魔法で補助しながらゆっくりと進む。
【大いなる幸いを運ぶ者】の部屋の前を護る騎士たちは、すでに眠っていた。念のために香の器を彼らの顔に近づけて、充分に香を嗅がせる。
ドアの隙間から香を入れ、しばらく待つ。サイラスオサイリスは焦らない。
防音の魔道具の外の音を聞くと、小さなうめき声が聞こえた。そっとドアを開けると、シューお気に入りの黒い犬人族の女騎士が眠気に抗っている。空気を入れ替えようとしたのか、必死で窓に手を伸ばしている。だが届かない。
部屋に入り、女騎士にも充分に香を嗅がせた。鼻が利く種族だから、余計に効果があるだろう。念のために手足を縛って口元を塞ぐ。
部屋の奥、衝立の裏でシューが眠っていた。ベッドに近づくと、チェストにアイシャアイシスの壺が置いてあった。
「アイシャ!」
声をひそめて呼びかける。壺の中で彼女が眠ることはない。
『お兄様! アベルアヌビスが倒れたので襲撃かと思いましたけれど、お兄様だったのですね』
「ああ。シューの光魔法を試しにきた」
『そうでしたの。わたくしに会いにきてくださったのではないのですね』
「いや違う! もちろん会いたかったに決まってるだろ! ただ、お前がこの部屋にいると知ったのは今日のことで!」
『うふふ、冗談ですわ。それより、どうかお顔をよーく見せてくださいまし』
サイラスオサイリスはベッドの端に腰かけると、アイシャアイシスの壺を手に取った。照明の魔道具の一番小さいものを点け、壁に貼り付ける。
明かりに照らされて、黒い壺にオレンジ色の線で描かれた中年女性の顔が浮かび上がる。死ぬ間際の妹の姿だ。
『お兄様にお会いするのは確か五年ぶりですけれど、あまりお変わりないようですわね』
「そりゃ、……まぁな。かっこいいだろ?」
『ええ、素敵ですわ、お兄様」
容姿の変化が少ないのは、呪いのせいだ。十五歳で呪いにかかり、それから百年近く経つがまだ二十代半ば。年下だったトリスタントートの方がよほど年上に見えるはずだ。
だがそれをアイシャアイシスに言えば、自分のせいで兄が呪われたのだと思い出し、また傷つくだろう。
正確には妹本人ではなく、妹の疑似人格とも言える存在だ。だがこの壺は、妹が最期に残してくれたサイラスオサイリスとの繋がりだった。
サイラスオサイリスは壺を丁寧にチェストに戻し、ふと天井を見上げた。暗がりの中に小さく煌めく装飾が視界に入る。守生の世界でいうメタリックブルーのそれが天井を幻想的に見せていた。王族や貴族のベッドの上に多い装飾だ。金持ちの商人の中にはこれに憧れて真似しようとする者が一定数いることを、盗賊としてサイラスオサイリスは知っている。
(チッ、余計なモンを見ちまった!)
途端、頭の中でギィギィと耳障りな音が聞こえる。理不尽な怒りと悲嘆の感情が押し寄せて、サイラスオサイリスを不快にさせた。
「うっせぇ、黙ってろ!」
固く目を閉じても、ギィギィという音は止まない。
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ!」
「ぐっ、ハッ! ぐるじぃっ!」
自分と妹以外の声に驚いて手元を見れば、シューの喉元を締めていた。
「ゲホゲホッ、サイラス!? 何をするんだ!」
シューがいることをすっかり忘れていた。耳障りな音は消え、こちらを窺う複数の気配を感じる。いつもの感覚だ。
シューへの罪悪感よりも、変なところを見られたという羞恥心が湧きあがる。
「よーう、お目覚めか?」
誤魔化すために、必要以上にふてぶてしい態度を取る。
「お前……」
「うなされてたから起こしてやったんだよ」
「ふざけるなっ! 喉はヒーリングの道具でもあるんだぞ!」
起き上がったシューにドンと胸を押された。抗わずに少し離れる。
「騎士見習いや奴隷にもお優しい【幸い】様のくせに、おっかねぇな」
「自分を守るのに、ためらいなんていらない」
「くくくっ、そりゃそうだ」
そうでなければこの世からいなくなる。サイラスオサイリスは、そんな世界にずっと身を置いて来た。
「で、何しに来たんだ?」
シューは眠そうな顔で言った。
「呪いを解いてもらいに来た。ディーなんとかを試すんだろ?」
「【DNAアクティベーション】な。別に僕を敬えとは言わないけど、一応の礼節は守ってほしいもんだね」
「礼節だぁ? んなもん……」
『サイラス、不要な揉め事は避けてください!』
脳内に響くトリスタントートの声に、サイラスオサイリスは言いかけた言葉を止めた。
「クソ、分かった。悪かったよ」
謝ると、シューが大きなため息を吐いた。仕方ないから許してやるという雰囲気だ。
妹が見ている前で格好がつかないが、大事なことはシューの光魔法が解呪への糸口であるということだ。
シューはじっとサイラスオサイリスを見つめてから、静かに言った。
「なぁ、サイラス。なんであのツノ持ちの指を切ったんだ?」
「俺の命令を無視した罰だ。もっとも、追放したことの方がショックだったみてぇだが」
サイラスオサイリスは、自分の部下だった男のことを思い出す。何事にも関心の薄いサイラスオサイリスがシューを構うことに嫉妬して、解呪の手がかりであるシューを殺そうとした男。部下としてはかなり有能だったが、思い上がりも甚だしい。罰として指を一本切ってから追放したが、結局自害した馬鹿なヤツだった、と。
「しっかし、甘ちゃんだなあ、シュー。殺されかけた相手に同情してんのかよ」
「甘い? ふざけたことを言うな。自分を傷つけた相手を許したことがあるのか? 無いからそんなことが言えるんだよ。やってみたらいい。それがどれだけ大変か、分かるから!」
シューの目が据わってる。脳内にトリスタントートのため息が漏れた。
「キレんなや……。お前のキレるトコロ、分っかんねーわ」
突然キレるお人よしか、とサイラスオサイリスが呟く。
「何か言った!?」
「言ってねぇ!」
「ならいいけど。あ、そういや、アベルや外の騎士たちは……」
「犬っころはあそこで寝てる。二、三時間は起きねぇよ」
部屋の真ん中、窓寄りの位置でうつ伏せになっているアベルアヌビスを指し示す。
「犬っころって……。そういうのってここじゃ差別発言なんじゃないの?」
「あ? 差別してんだから、別にいいんだよ」
「わざとかよ! ほんっと性格悪いな!」
サイラスオサイリスの中では、自分と身内、それ以外に分かれている。身内でない者をなんと呼ぶかと言えば、身体的特徴を簡単に言うだけだ。アベルアヌビスは犬っころで、国王カールホルスは鳥ヤロウだ。貴人であろうがなかろうが関係ない。つまり、身内以外に興味がないのだ。大事な者を増やせば、無くしたときに辛いから。
「寝椅子に運ぶぞ。サイラスも手伝え」
シューはアベルアヌビスの拘束を解くと、上半身を抱えた。サイラスオサイリスも黙って足を持つ。だが、それも束の間のことだ。
「おーい【幸い】様。よろよろしてっぞ、しっかり持てや。そっち代わってやろうか?」
「お前に任せたらわざと落としそうだ」
「あ? オンナ相手にそんなことするかよ」
「……女?」
「女だろうが」
アベルアヌビスの足を持ったまま、顎でしゃくる。
「え!? うわっ!」
「おい! しっかり持てや!」
「危なかった……」
アベルアヌビスを寝椅子に寝かせると、サイラスオサイリスは呆然としているシューの手を取った。その手でアベルアヌビスの胸を触らせる。シューの指の間から揉めば、さらしを巻いた十代女性の胸の感触がする。サイラスオサイリスとしては十代の胸は硬めで好みではないが、確認のためだ。
「ふわぁ!? ちょっと!」
動揺して手を払うシューを見て、サイラスオサイリスは鼻で嗤った。
「喉仏もねぇしよ」
「それを、先に言えっ!」
『なんてお気の毒なお兄様……。ご苦労されたせいで性格が歪んでしまわれたのですね』
部屋の奥のチェストの上で、アイシャアイシスがひっそりと同情していた。
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