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40 気遣いと舌戦

「ソリーさんの本名ってソロモンソプドなの!?」

 

 護衛騎士アベルアヌビスと話していた守生(しゅう)は、思わず大きな声を上げた。

 ソロモンと言えば、ソロモン王が有名だ。旧約聖書に載っている古代イスラエルの王の一人で、偉大な魔術師であったと言われている。守生にとっては、提供しているヒーリング【DNAアクティベーション】がきちんと機能するように体系立てた人物だ。

 その人と同じ名前を持つ人との繋がりに、心が踊る。

 

「そうっす。けどソロモンより、ソリーって気軽に呼んでほしいみたいっす」

「へー。ソロモンって良い名前なのにね!」

 

 うれしそうな守生に、アベルアヌビスもうれしくなった。気落ちしていた守生がこのまま元気になってくれればと願う。自分が毒にやられたせいでシューが傷つく必要はないのだと、アベルアヌビスは思っていた。

 

「そのソロモンソプド様ですが、シュー様の光魔法を受けることを了承いたしました。シュー様からのお申し出を断るわけがございませんが」

 

 ヘレナヘケトが偉そうにそう言った。だが彼女自身、国王より先にヒーリングを受けるわけにはいかないと断っている。貴人だからなのか「様」を付けて呼ぶ割に、ソロモンソプドの評価は低いようだ。

 

「えーと、念のために確認しますけど、命令したりしていませんよね?」

 

 自分の意思でヒーリングを受けないと、変化が起こらない。なぜならヒーリングは変化という明かりのスイッチであって、そのスイッチを押すのは施術を受ける本人だからだ。自分自身で、自分が癒される許可を出す。当たり前に聞こえるかもしれないが、自分で自分を無意識に責めたり、変化を拒んだりしている人は意外と多い。

 

「はい。シュー様が仰った通りに伝えました」

「ありがとうございます。じゃあ今から準備して一時間後に施術を始めます。施術時間は一時間。途中でトイレに行きたくなったら行ってくださいと、ソリーソプドさんに伝えていただけますか?」

「かしこまりました」

 

 守生は人払いをすると、場の設定を始めるのだった。

 

 

  ◆


 

「シュー様、この度は誠にありがとうございます」


 守生の部屋を訪ねてきたはやぶさ頭の男ソロモンソプドが、お礼の挨拶を述べる。カールホルスに似た顔立ちだが、守生は温和そうな印象を受けた。マリアマァト率いる第五部隊の騎士候補生、十九歳とのことだった。

 

「ソリーソプドさん、物騒な出来事が続いていますが今後ともよろしくお願いします」

「はいっ! 誠心誠意お護りさせていただきます!」

「ありがとうございます。ヒーリングさせていただいたので、今日一日は無理をしないで、水分を多めに摂ってください。マリア隊長さんにも伝えておきます」

「了解しました! お心遣い、重ねて感謝申し上げます」

 

 羽持ちの貴人だというからどれほど癖の強い人物かと思ったが、ソロモンソプドはきびきびと挨拶すると、騎士の礼をして仕事に戻って行った。きりりとした顔立ちなので、騎士らしい動きが様になっていた。

 

 

 

 

 

 昼食は豆料理が中心で、守生の好きなオマール海老の魚醤バターやタコの酢の物なども出たが、守生の食欲は回復しなかった。一通り食べるが、どれも量は少ない。毒が怖いのではなく、料理や生活を楽しむ気力がないのだ。散歩でもできればまた違ったのかもしれないが、守生の護衛はさらに厳重になっていた。

 

「シューさん、もうあんなことはないっすよ。第五部隊を信じてください!」

「うん、分かってるよ。アベル」

 

「あー、シュー。こういうのだったら食べられるかァ?」


 ドムトートが差し出したのは、大きな葉に包まれた豆餡のクレープだった。この国では卵を食べないので、小麦粉を使ったトルティーヤやブリトーに近い。ドムトートは仮眠を早めに切り上げて、王都の屋台で買ってきたのだ。

 

「ありがとう、ドム。いただくよ」

「オレもー!」

 

 アベルアヌビスがさっとナイフで先端を切り取り、一瞬匂いを嗅いだ後、ぱくりと食べる。

 ヘレナヘケトもドムトートもそれを止めない。アベルアヌビスは、守生が気にしないように味見をしたのだ。

 

「んー! おいしいっす! シューさんも食べてくださいっ!」

「ありがとう、アベル」

「えへへっ、ドムさんのおごり、ラッキーです!」

 

 アベルアヌビスの笑顔に頷きながら、豆餡のクレープにかぶりつく。もちっとした食感の生地に素朴な甘さ。ドムトートたちの心遣いに、胸がじんわりする守生だった。

 

 

 

(早く元気にならなきゃなあ。DNAアクティベーションを受けたら一発なのに)

 

 そう考えて、守生は余計に落ち込んだ。光の存在は確かに存在するのに、ヒーラーがいない。治癒魔法ではない、白魔術というべき秘儀を扱う者たちがいない。

 

(いやいやいや、この国にいないっぽいっていうのは推測で、どこかに潜んでるかもしれないし。ミステリースクールがオープンになってることって珍しいし! 他の国にいる可能性もあるし。一人じゃない、一人じゃない……)

 

 家族と会えなくなることは、地震がある度に覚悟してきた。けれどこんなふうになるとは思わなかったのだ。



 守生は場の設定を整えると、瞑想を始めた。

 

 自分は何なのか。そして何者なのか。どこから来て、どこへ行くのか……。

 アデプトプログラムの根幹でもあるそれを、ただただ自分自身に問いかける。その答えは言葉ではなく、自身の内側からの波動で返ってくるのをじっと待つのだった。

 

 

  ◆


 

 

「さてシュー殿。植林の施策ですが、ただ植林するだけでなく、魔法で促成栽培もすることになりましたよ」


 フフンと得意げなカールホルスに、守生は「あー、はいはい」と相槌を打つ。

 

「それで、他に気になる点や新しい事業はありますか?」


(えぇー……)

 

 守生は少し考え、口を開いた。

 

「水は水の魔石で(まかな)っていると聞きましたが、魔石は行き渡っているんですか?」

「え? ええ……たぶん」

「貧しい人にも必要な分が行き渡っているのか確認することと、必要なら井戸を掘るなり川から水を引くなりしたほうがいいと思います」

「……確認しましょう」

「あと、下水はどうなっているんですか? トイレって、用を足したら全部消えますよね? 転移魔法かなって思ってるんですが」

「ええ、そうですよ。便座に転移魔法の魔法陣を組み込んであるんです」

「それも街の人たちの家全部に行きわたっているんですか? 汚い水は病気の元になりますよ。伝染病とか」

「くっ! 確認します」

 

 カールホルスが悔しそうな顔を見せるが、聞いてきたのは彼自身である。ドMなのではないかと守生は疑ってしまった。

 

「あと王様が好みそうなものだと……」

「おお! どういったものですか!?」

 

 きりりとしたはやぶさの頭が守生に迫る。顔のサイズは守生とほぼ同じなので、鋭いくちばしや眼鏡の奥の鋭い目つきに圧倒される。

 

「王様、近いです……」

「ああ、失礼。で? どういうものなんです? 早く言ってください」

 

(このお坊ちゃんめ……!)

 

「浴場ですよ」

「浴場? 王城の浴場を開放するんですか? それはちょっと」

「あー、それもいいですよね。月に一回とか半年に一回、身分を超えてランダムに選出するとか、いいことをした市民を表彰してその褒美にするとか。あ、もちろん公序良俗の範囲内で!」

「うーむ、表彰の褒美ですか。警備の問題もありますしね。でもまあ、一応考えておきましょう。で? 最初に思いついたものは何なんですか?」

「ああ、街に市民が気軽に入れる浴場を造るのはどうかな、と思って」

「街に? 市民が気軽に? あなた、分かっていませんね。浴室のある家は、貴人の格を示すものなんですよ?」

 

「じゃあ、市民は水浴びで済ませてるってことですよね?」

「浄化の魔法もありますし、不衛生ということはありませんよ」

 

 浄化の魔法と聞いて、守生は調理場へアポイントメントなしに入って捕まった時のことを思い出した。クリスクヌムが使ったあの魔法だ。

 

「その浄化の魔法って誰にでも使えるんですか? この国ってけっこう気温が高くて汗をかきやすいと思うんですけど、毎日その魔法で清めているんですか?」 

「っ、確認しておきましょう」

「浴場を建てたら、その入り口に王様の像を建てたらいいですよ。みんな感謝するはずです」

「フ、フン。下々の者は調子がいいですからね!」

 

(いやいや、王様も大概調子いいと思いますけどね)

 

 内心でため息を吐いた守生だが、ふと料理人たちのことを思い出す。クリームシチューにうどん、ピッツァ。どれも使うのは小麦粉だ。

 

「ああ、それから」

「まだあるんですか!?」

「じゃあ止めます。お疲れさまでした」

「嘘です! 言ってください!」

 

 カールホルスが吠えた。この人はドMなのか真面目なのかと守生はまた考える。

 

「小麦を輸入しているって聞いたんですが」

「ええ、そうですね。畑が少ないので」

「どうして開墾しないんですか? 土魔法とかあるんですよね? 便利そうなのに」

「開墾できるほどの土魔法の使い手なら、騎士になります。農夫なんてやりませんよ。天気に左右されやすい農業は、博打ですから。それより他国から買ったほうがいい」

 

 この時代、毎年の気候が安定しておらず、暦も守生が知っているものより正確ではない。農作物の品種改良はまだわずかで、貴人が好む果物が中心だ。

 

「でも他の国が飢饉や戦争になったら、影響を受けますよね? 海が荒れることもあるでしょうし」

「それは、まぁ……。海の魔物のせいで船が動かせないこともありますね」

「保険として開墾しておくのはアリだと思うんですが」

「だから、人が集まらないんですよ! 私の話、聞いてました?」

 

 お互いにイラッとして睨み合う。互いの護衛騎士や侍従が、ハラハラしながら成り行きを見守る。

 

「それは法律の問題ですよね? 開墾した土地は二年間その人のもので無税にすると言えばやりたがる人がいるんじゃないですか? 休戦している今、騎士の中に農業をやりたい人がいるかもしれませんし。これから小麦を使った料理が流行ると、小麦の値段が上がると思うんです」


 カールホルスはしばらく考えてから言った。

 

「分かりました。宰相と賢者様に相談してみましょう」

「畑の近くに家を建てるのを補助するとか、騎士の巡回を増やして治安を維持するとかしたら、さらに喜ばれますよ」

 

 守生がそう言うと、カールホルスが大仰にため息を吐いた。それからズレてもいない眼鏡を直す。

 

「あのですねぇ、シュー殿。政治は慈善事業じゃないんですよ?」

「ですが市民が安全に暮らせる場所なら、店もできて小さな町になるかもしれませんし。小麦の生産量も上がれば、長い目で見た時に、王都の人口とその範囲が増えるかなーって」

「穴だらけの政策ですね!」

「はは、すみませんね。何も知らずに急に連れて来られただけの人間ですので。有能な王様と宰相さん、それに賢者様が、その穴をちゃんと塞いでくれることを期待しますよ」

 

 

(ああああ、なんで王様の前だと性格悪いやつになっちゃうんだ僕は!)

 

 守生は内心で頭を抱えつつも何でもない顔で挨拶をし、カールホルスの執務室を出るのだった。

  


次話ようやく「サイラスオサイリス再び」。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ勝手に呼んで帰る方法ないけど自分だけ幸せにしてね!だと、ね…うん。 対価は十全な待遇という事なのかな? 悪魔だったら怒ってそう
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