39 魔鳥ミーナミンの求愛
守生はマリアマァトに護衛を任せると、衝立で区切ったスペースで自分に対して【悪意を光に変えて相手に返すワーク】を行なった。これは、召喚初日の夜にサイラスオサイリスにしたものと同じワークだ。
防音の魔道具を使っているので、肚から思いっきり声を出せる。呪文を唱え終わると、守生を取り巻いていたモヤモヤしたものが消え去った。
消え去ることで、守生が思っていた以上に悪意に晒されていたことが分かった。
(あー、すっきりした! 明日の朝にエネルギーを確認して、必要だったらまたやろう)
「よし、寝るか」
まだ九時にもなっていないが、王城では夕飯を終えるとすぐに寝ていたのでいつもより遅い就寝時間だ。
『あら、わたくしの相手はしてくださいませんの?』
「うわぁ!」
『あら。わたくしがいること、お忘れだったのね。悲しことですわ』
「びっくりした……。完全に忘れてました、アイシャさん」
守生はベッドに腰掛けて、チェストに置いたアイシャアイシスの壺と向き合った。
『今日は大変な一日だったようですわね』
「ええ、王様と交渉したり、毒を盛られていたりしましたから」
『毒による暗殺や嫌がらせは日常茶飯事ですけれど、仕掛けるならともかくやられるのは嫌なものですわねぇ』
「えーと、仕掛けたことがあるんですか?」
『ええ。息子を害されそうになりましたから』
「そうなんですか」
それが成功したのか聞くべきか迷い、守生は話題を変えることにした。
「あのー、アイシャさん。ハピ兄弟ってご存知ですか?」
『ハピ兄弟ですか。そうですわねぇ。先々代の王、つまりカールホルスの父親の時代から国王に仕える大貴族ですわ。兄パトリックハピは長年、大臣として権勢を誇っておりました。先代のパウルプタハの代……十年と少し前までは」
この辺は侍女のヘレナヘケトも言っていたな、と守生は相槌を打つ。
『兄のパトリックハピは美食家で残虐な性格ですわ。人を虐めて楽しむのが大好きですの。弟のフィリップハピは着道楽と申しましょうか。お洒落にうるさい方ですわ。あと、兄を恐れているのか常に一歩引いた立場を取りますわね』
守生はでっぷりと肥えたパトリックハピと、髭を剃って服装にも気を遣っていたフィリップハピを思い出す。つい数日前、国王の執務室として使われていたこの部屋で対面したわけだが、遠い日のことのように思えた。あの頃はまだ日本に帰れると信じていたのだ。
『今回の毒の仕込み方を見ても、シュー様を精神的に痛めつけることを楽しんでいるように感じますわね。弟も兄に協力しているでしょうけれど、懐柔してみては?』
「懐柔、ですか」
『言い方がお気に召しませんでしたら、交渉する、あるいは説得すると訂正しますわ』
「そう、ですね」
懐柔、交渉、説得。守生や守生のまわりの者を傷つけて笑っている相手に。
国王に蔑ろにされているから。この国に戦争をさせたいから。理由はそんなところだろう。
遠回しに傷つけて、自分はご馳走を食べて笑っている。
そんな老獪な人間と対峙する。
その気力が、今の守生にはなかった。
気がついたら朝だった。股間で動く気配を感じて起き上がる。昨夜は思い悩みながら眠ったので、あくびが出た。
守生の股ぐらで、カラフルな丸いぬいぐるみ、いや魔鳥ミーナミンが体をスリスリと摺り寄せていた。
「うわぁ!?」
今の守生の下着はふんどしで、パジャマ代わりに巻いてもらった布はゆったりとした着付けだ。与えられた刺激がダイレクトに伝わって、守生は慌ててミーナミンを脇に除け、トイレに駆け込む。
しばらくしてからベッドに戻ると、ミーナミンが大人しく待っていた。護衛騎士のドムトートが心配そうに見ているが、羽持ちの魔鳥とのやり取りを邪魔することはできないようだった。マリアマァトは、アベルアヌビスを別室に連れて行ったあと戻って来たドムトートと交代し、この場にはいない。
「あなたのたまご、うみたいの」
ミーナミンがきゅるるんとした目で見つめてくる。
「ごめん、無理だと思うよ」
守生の言葉に、ミーナミンの鮮やかな冠羽がへにょりと下がる。
「ムリなの?」
「無理だねぇ」
「それより僕は、無精卵が食べたいなぁ」
「たまご?」
ミーナミンの問いかけに、守生は我に返った。思わず言ってしまったが、産んだ卵を食べたいだなんてミーナミンにひどく失礼な話だと気づいたのだ。
「ごめん! 嘘だから!」
「ウソなの?」
再びミーナミンがきゅるるんとした目で見つめてくる。罪悪感でいっぱいの守生は、見つめ返すことができない。
「うん、食べたいなんて思ってないよ」
「食べたく、ないの?」
「うん、食べたくない。もう少ししたら朝ごはんだよ。レタスをあげるから、それまで楽にしてて」
「レタスなの! レタスなの!」
ミーナミンがパタパタと翼を広げる。落ち着いた水色をベースに、赤・黄・青・緑・オレンジ色の羽根が鮮やかだ。水色の首は細いが、体はバスケットボールほどのぽってりしたフォルムをしている。飛びにくそうだが、ボールのように跳ぶこともあるし、魔力を使っているのだろう。
守生は場の設定を終えて、ミーナミンと共に朝食を摂る。ちょうどサラダとしてレタスが供されたので、手ずから与えた。
二度の毒物事件があってあまり食欲はないが、料理人に落ち度はない。毒見もされている。ミーナミンがうれしそうに食べる姿に、守生の心は和んだ。
「シューさん、おはようございますっ!」
「アベル! 体調はどう? ゆっくり休めた?」
朝食後、夜勤明けのドムトートと入れ替わるようにやってきたアベルアヌビスが元気に挨拶する。
「はいっす! 今朝は遅くなってすみません。しっかり休んだからもう大丈夫っすよー! あ、大丈夫ですっ!」
「うん、良かった。本当に」
「シューさんのおかげっす!」
「そうなの?」
守生は首を傾げた。昨夜のアベルアヌビスは、セクハラだとか恥ずかしいとかわめいていた。腹を下したアベルアヌビスの看病をしたつもりが失敗したと思っていたのだが。
「賢者様の解毒の水薬、副作用が強いみたいで。ソリーさん、朝になっても辛そうだったっす。オレはシューさんのエンソフィーなんとかで、復活したんすけど。復活し、しましたっ!」
たどたどしい敬語でアベルアヌビスが話す。
「エンソフィックレイキ、ね。じゃあソリーさんにもこっちに来てもらっ……」
「いけません、シュー様!」
筆頭侍女のヘレナヘケトが苦言を呈す。
「シュー様を護衛するべき騎士が、シュー様のお手を煩わせるなんてありえません!」
「いや、僕ヒーラーなのでヒーリングするのが仕事と言いますか……」
「シュー様の光魔法は、貴人の方々のためにあるのですっ」
「いや、違いますよ」
守生が短くきっぱりと否定する。
「とは言え、人の出入りがあると相手に隙を与えるのも事実ですね。ソリーさんには人を介して遠隔ヒーリングする旨を伝えてください。了承されたら取り掛かります」
「かしこまりました」
「ソリーさん、よろこぶっす、じゃなくて、よろこびます!」
アベルアヌビスがぴょんぴょん跳んで喜びを表す。
「シュー」
「ああ、ミーナ。まだレタスいる? 持ってきてもらおうか?」
「なでてほしーの」
守生はミーナミンの背中をやさしく撫でる。
「あ、そいつ……ミン様、また来てるんですね」
「うん。ミーナミンって言うんだよ」
なぜか面白くなさそうなアベルアヌビスに、守生はミーナミンを撫でながら答えた。温かくて手触りのいい羽に癒されている。
「シューの、きもちーの」
「気持ちいい? 良かった」
「やっぱ会話できるんですねー」
「そうだね。トリスタンさんの通訳の魔道具のおかげだけど」
「きもちーの。……あ」
不意にミーナミンが窓の外を睨む。
「……あいつ、来たの」
「あいつって?」
その時、オレンジ色の魔鳥が飛び込んできた。ミーナミンを追いかけまわし、部屋中を暴れる。
「好きすきすきすきすきすきすきすきすきー!」
「うわっ、ちょっと! 危ないから!」
「シューさん、下がって!」
守生はベッドのそばに置いたアイシャアイシスの壺を庇う。この壺は王女エリスイシスからの借り物なのだ。壊されるわけにはいかなかった。その守生の前でアベルアヌビスがゴールキーパーのように構える。
「好きすきすきすきすきすきすきすきすきー!」
「きらいなのー!」
焦れたミーナミンが窓から外へと飛び出す。オレンジ色の魔鳥がその後を追う。
『あらあら、青春ですわねぇ』
アイシャアイシスがおっとりした声で呟いた。




