36 アイシャアイシスの壺
早めに書けたので予告より早く投稿します。
昼食を終えた後も、守生はベッドでゴロゴロしていた。仮眠から戻ってきたアベルアヌビスも、ドムトートと共に心配そうだ。だが事情が事情なので、下手に慰めては来ない。
「シュー様、国王陛下から元のお部屋に戻るようにとのご指示でございます」
「そうですか、分かりました」
守生はカールホルスに振り回されることを愚痴るわけでもなく頷いた。どうせ作業をするのは侍女や下男たちだ。収納の魔道具を使えば、大型家具の移動もそこまで大変ではない。
ただ無気力感が続いていた。
風呂では守生が相槌を打つだけだったので、いつも明るいアベルアヌビスも最後には静かになった。
ドムトートは風呂桶の水を右回りで動かすことに成功したが、守生の反応が今一つなのでがっかりしていた。次に冷水浴槽の水を回す練習を始める。それで少しでも守生の気持ちが晴れればいいと思ったのだ。けれどドムトートは、そんなことでしか慰めることができない自分がもどかしかった。
風呂から上がり元の客間へ移ってからしばらくして、王女エリスイシスの来訪が告げられた。
守生の部屋が元に戻ったのは、エリスイシスがカールホルスへ諫言を行なったからだった。だがその事実をエリスイシスが守生に言うことはない。王女は守生の見舞いのために訪れたのだった。
「突然お邪魔して申し訳ありません。どうか少しだけお時間をくださいませ」
「いえ、どうせ暇ですから」
エリスイシスと向き合って一人掛けの椅子に座る。
「あの、シュー様。お父様……父王陛下と言い争いをなさったとか」
「あー、お互い言い方がきつかったかもしれませんね。でも争ったというわけではありませんよ」
「そうなのですか? 陛下が謝罪したそうですが、あまりいい態度でなかったと聞いております」
「あー、あはは」
「それに国王の執務室の前で、マリアマァト様がシュー様に跪いたとか。そのあとシュー様のお部屋に向かわれたそうですが、シュー様はマリアマァト様とご婚約を?」
「婚約!? なんでそうなるんですか!?」
「あら、違うのですか? 城内の者が噂しておりましたので」
「事実無根です! 王様と料理人の取り合いになって、少し交渉したんです。その結果を料理人たちとマリア隊長さんに報告しただけです」
「そうでしたか。陛下からお伺いしましたが、シュー様ご考案のお料理はたいそう美しいそうですね」
「うーん、僕が知ってる料理はあそこまで芸術的ではないんです。料理人さんの創意工夫の賜物ですよ」
「シュー様はお優しいんですのね」
(ん? なんで『優しい』って感想になるのか謎だ……)
この国では、料理人の立場は低い。技能奴隷の一種だからだ。貴人の部屋に奴隷を招き入れて直接話すなどありえないし、彼らの功績を主人である貴人のものとするのは普通のことだった。
「それで、シュー様。ご迷惑を掛けているお詫びに、わたくしの一等大切なものをお貸しいたします。もしかしたらシュー様をお慰めできるかもしれません」
王女エリスイシスは、侍女に持たせていた壺を、侍女を介して守生に渡した。
「壺ですか。お茶会の時も見せてくれましたよね」
「ええ。いつでも構いませんので、お一人になった時に、ゆっくりご覧になってください」
「……ありがとうございます?」
(壺を見て心を慰めるなんて、上品な趣味だなぁ……)
守生は呆気に取られたが、ひとまず礼を述べた。
エリスイシスが退室した後は、壺をベッド脇の低めのチェストに飾る。大きめの花瓶サイズの黒い壺だ。丸みを帯びた形で、撫でればさらりとした手触りがした。
(でも慰められるってほどではないよなぁ。アニマルセラピーならぬ、壺セラピー? 分かんないな)
それから守生はまたごろんとベッドに横になった。騎士コンビと幼いアリーアヌビスは、ヘレナヘケトに頼んで行儀見習い講座をしている。はりきるヘレナヘケトの声が、衝立越しに聞こえてくる。
立ち上がって、ボディバッグから防音の魔道具を取り出して起動させた。衝立の向こうから見えない位置でベッドまわりの【場の設定】をする。
神聖な領域に変えて、自分自身を光で満たす。
傷ついたすべての心が慰められますように。
クライアントさんたちが先へ進めますように。
次の目標を見つけることができますように。
情熱が湧いてきますように。
何度も何度も、光を呼び込む。そうしないと、苦しい気持ちに押しつぶされそうになってしまいそうだった。
その時、声が聞こえた。年上の女性の声だ。
『あなたの光魔法は、とっても変わっていらっしゃるのね』
「ぎゃっ!?」
まさか光の存在からのコンタクトかと一瞬思ったが、そんなわけがない。守生はチャネリング講座を受講した覚えはない。だったら狐か狸か、低級霊か。
守生はきょろきょろと辺りを見渡す。引っ越しし直したばかりだが、いつもの客間だ。最低限の家具と少しの調度品。
変わったものと言えば、王女にもらった壺くらいだった。
恐る恐る壺を見ると、黒地の壺に赤っぽい色で描かれた絵の中に女性が座っている。女性の絵が動き、顔のそばで優雅に手を振っている。
(何これ、魔道具? それとも付喪神的な!?)
『怖がらなくて大丈夫でしてよ。わたくし、ただの壺ですもの』
「いやいや! 普通の壺はしゃべりませんよっ!」
『そうね。でもどうせ壺ですから。ここからあなたに話すことしかできませんわ。ご安心なさって』
「いや、だからしゃべる壺なんて安心できませんよっ!」
『あら。あなたの世界には、しゃべる壺はございませんの?』
「……そういえばありますね。しゃべる炊飯器……スマホ……。グーグル先生なんてけっこう流暢だし!」
『ほらご覧なさい』
「ちょっと! まるでこの世界にはしゃべる壺が当たり前に存在する口ぶりですね! 騙されませんからっ!」
守生が騎士コンビを呼ぼうと衝立を振り返ると、ヘレナヘケトが衝立の隙間から守生を呼んでいる。口をパクパクさせているので、守生は防音の魔道具を停止させた。お互いの声を遮断する設定にしていたのだ。
「すみません、ヘレナさん。どうしました?」
「マリアマァト様、いえ、マリアマァト部隊長がお見えです。ご報告があるそうです」
「分かりました、通してください」
守生はついでに、エリスイシスの壺をローテーブルに移動させた。
「シュー様、度々申し訳ございません。ご報告が……あ!」
午前に引き続き再びやってきたマリアマァトは、黒い壺を見てひどく驚いている。
「エリスイシス姫殿下から壺を譲られたのですか!?」
「いえ、お借りしているだけです。譲られたなんてそんな! 怖い!」
「怖い? もしや、壺の中の女性と話したのですか?」
「知ってるんですか!?」
「いえ、私がいる時に彼女が話したことはございません。ただ夫が……先王陛下がよく話をしていました。今のエリスイシス姫殿下と同じように、小さい頃からの家庭教師でもあったそうです」
「家庭教師?」
「ええ。先王陛下のところへ遊びに来たエリスイシス姫殿下が、その壺……アイシャアイシス様と話せると分かると、しばらくしてから姫殿下にお譲りになったのです。私たちには子どもがいなかったので、そのうち姫殿下が王位を継ぐための、その家庭教師役のように私には見えました」
「王位継承の壺……? いやいやいや、そんな大層な物を貸されても!」
万が一、割れたらどうするのかと守生は焦る。
「ていうか、アイシャアイシス、様?」
「ええ。百年近く前にいた、女王の名前と一緒ですね」
「百年前の女王? アイシャアイシス様が?」
「ええ。夫で従兄弟だったホルストホルス国王陛下との共同統治をされた方です。実際にはホルストホルス国王の専制統治だったようですが」
「へー」
守生が興味深げに相槌を打つと、マリアマァトは打って変わってアンニュイな表情を見せて言った。
「その頃からすでにこの国では、息子が父親を弑して王位に就くことが始まっているんですよね……」
「えっ、じゃあその先王様も……」
「カールホルス国王陛下は違いますよ。先王パウルプタハ陛下は……情夫に殺されたんです」
「ジョーフ……」
(男の愛人なの!? だからマリア隊長さんとの間に子どもができな……まぁ、人の事はいいか)
守生は下世話になりかけた思考を止めると、本題に戻す。今はアイシャアイシスについて知ることが急務だ。
「そのアイシャアイシス様には、お兄さんはおられなかったんですか?」
「兄? 兄王子がいればその方が王位を継ぐと思いますが」
「確かに」
(アイシスの兄といえばオサイリスとセトだし、サイラスオサイリスにはアイシャアイシスって妹がいるって言ってたんだけどな。盗賊やってるサイラスが王子ってのも変な話だし、百年前の話だろ? ああもう、何が何だか……)
守生がウーンと唸っていると、マリアマァトが遠慮がちに声を掛けた。
「シュー様、ご気分が優れないようでしたら、ご報告はまた改めます」
「えーっと、急ぎではないのですか?」
「確かに早くお耳に入れるべきだと思いましたが、そこまで急ぎではありません。できればお気持ちが落ち着いてからお聞きになったほうが良いかと思いまして」
「そうですか? じゃあ夕飯の後にでも」
「そうですね。そう致しましょう」
マリアマァトはぎこちなく笑うと、退室して言った。
守生はこの時、ちゃんと聞いておくべきだったと後悔することになる。
アイシャアイシスの名前は「1話 召喚とキャリーケース」に、ホルストホルスの名前は「31話 トリスタントートの能力」にて登場しています。次回、アイシャのことがもう少し明らかになります。
しかし反応が固定の方からだけで、日々のアクセス数しか分からないので、なんか「みんなアカウント持ってないんだな……」と自分に言い聞かせています。日々精進、ですね。
そしたら他の書き手さんも似たようなこと言ってらしゃるのを見て。多分そう思ってる書き手さんは一定数いるはず……。評価、ブクマ、コメント機能って素晴らしい励まし機能だと思います。誤字報告も毎回ありがとうございます。




