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35 ブラック守生 vs 国王カールホルス

 時間は少し遡って、王女エリスイシスのお茶会の日の朝。

 守生は着替えや髭剃りなどを終えたあと、朝食の席についた。

 

「シュー様、クリームシチューでございます」

 

 供された大きな浅い鉢には、ピンク色のクロッカスの花が大きく描かれていた。白とピンクのクリームソースの濃淡で表現されていて、花芯は黄色いソースで表現されている。

 

(綺麗だけど……綺麗すぎて食べづらい!)

 

 せめて写真に撮ってから食べたいところだが、守生のスマートフォンはすでに充電が切れている。

 じっくり眺めた後、守生はピンク色のソースをそっと掬って口に含んだ。ホワイトソースよりも少し甘く感じる。やさしい味だ。

 

「花はビーツで、花芯はサフランで色付けしたそうです」


 サフランはサフランライスやカレーに入っているものだと守生にも分かったが。


「ビーツ、ですか?」

「カブに似た形で、赤い色の野菜だそうです」

「へぇ」 

 

 伝聞系で言うということは、侍女ヘレナヘケトも詳しくないのだろう。ここはお肉大好きな人たちが住む国だから仕方がない。むしろ料理人たちが守生から聞いたレシピを元に、さらにひと工夫しているのがすごい。

 

 続けてシチューを掬うと、海老団子と野菜が出てきた。野菜は玉ねぎ、にんじん、ブロッコリー、エリンギ、ひよこ豆だ。


 守生はすぐに完食し、おかわりを頼んだ。二杯目は白いシチューに桃色のシチューでいくつかの丸が描かれている。味は変わらず美味しいし、ロールパンにも合う。チーズを載せてグラタンにするのも楽しみだった。

 

 

 その後守生は、エリスイシスのお茶会を経て日本へ帰れないことを知った。

 翌日の午前中はダンスのお稽古を中止し、部屋のベッドに引きこもる。

 

「あー、もーやだ」

 

 朝食を食べたあとベッドでごろごろしている守生を、ドムトートが心配気に見ながら護衛をしている。

 その視線すら鬱陶しくて、さらにはそんなふうに思ってしまう自分を嫌悪して、どんどん落ち込みが増していく。完全な無気力状態である。

 

「シュー様、専属料理長セベーロセベクが面会を申し出おります。緊急の用件だとか」

 

 気が乗らないまま部屋に通すと、セベーロセベクとクリスクヌムが入って来た。神妙な面持ちだ。

 

「セベーロさん、クリスさん、どうしました?」

「あのー、シュー様に教えていただいたウ・ドンとクリームシチューを国王陛下がお気に召しましてー」

「そうなんですか。良かったですね」

「ええ、それはいいんですけど、作り方を教えてほしいと言われましてー。でもシュー様に教えていただいたものなのでお断りしましたら、シュー様付きの料理人から外すぞと脅されましてー」

「は……?」

 

 頼んでいるのは国王なのに、なぜ脅すのか。守生は呆れた。

 

「陛下付きの料理人になって宴のためにクリームシチューを作れーとか言われるのかもしれませんが、拷問コースだったら困るなー、なんて心配になりましてね……」

「俺は国王専属の料理人になったとしても、シュー様考案の料理を許可なく作るつもりはない」

「ねー。だからどっちにしても拷問コースかなーと思いましてー」

 

 セベーロセベクはぶっきらぼうに言い切り、クリスクヌムはおどけるように言った。だが内容はまったく笑えない。ヘレナヘケトを見れば、顔が引き攣っている。

 

「ヘレナさん、何かご存知ですか?」

「拷問など野蛮なことはないかと……」

 

 ヘレナヘケトから弱々しい口調で答えが返ってくる。はっきり断言することの多いヘレナヘケトだ。断言できない理由があるのだろう。

 

「分かりました。僕の権利に関する事柄でもありますので、王様に至急お会いしたいとお伝えください」

「かしこまりました」

 

 

   ◆

 

 

「元々は王城の料理人なのですから、彼らをどうしようと国王である私の勝手では?」

 

 カールホルスの元の執務室へ行って問いただすと、カールホルスは悪びれることもなくそう言った。

 

「僕が彼らの腕を信頼してアイディアを与え、彼らが独自に発展させたものです。僕と彼らでそれぞれ権利を有しているはずです」

「ですが王城の料理人ですよね? 彼らの所有権は私にあります」

「では、ピッツァやうどん、クリームシチューなど僕と彼らで作った料理を作らないのであれば、ご自由にどうぞ」

「それはっ」

 

 カールホルスが立ち上がり、椅子に座り直す。感情的になったのをごまかすように咳払いをしている。

 守生はそっとため息を吐いた。元々苦手意識のあるカールホルスへの苛立ちに飲み込まれないように、感情をコントロールする。

 

「王様、料理人などの技能や作品の価値を認め、庇護してこその貴人なんじゃないんですか?」

「ですから、国王付きの料理人になれば」

「それって飼い殺しになりませんか? 彼らの能力は高いですよ。王様は、僕と彼らの交流を認めて『もっとやれ』とけしかけた方が、さらにお役に立てると思いますけど」

「っ、ですがこの料理人たちは作り方を教えられないと言ってきたのですよ!? これは侮辱罪です!」

「僕の権利を守るためにそう言って断ったと聞いていますが。王様の言い分は【大いなる幸いを運ぶ者】への侮辱では?」

「……分かりました。どうすれば教えてもらえるんですか? あなたは奴隷にも跪かせないそうですが、私には土下座して謝れと?」

 

「それより召喚しておいて帰還できないことに、謝罪してほしいですね」

「っ、それは……」

「あと、その事実を一切言わなかったことに対しても。……王様、僕にも家族がいて、仕事があります。依頼してくれた人たちが」

 

 カールホルスの目が泳ぎ、そして項垂れる。だが謝罪の言葉はない。

 

「まぁ、その話はまた今度にしましょう。レシピの対価ですが、スパイスをください」

「スパイスを?」

「ええ。それで新しい料理を作るので、王様にも損はないはずです。あとでスパイスの名前と分量をリストにしてお伝えします。それで手を打ちませんか?」

「目録って……どれくらいの量なんですか? スパイスは輸入品なんですよ!?」

「それは、王様がどれくらい人にご馳走するかによりますね。それでは僕はこれで」

 

 守生が話を切り上げて立ち上がると、カールホルスが口を開いた。守生は立ったままそれを聞く。自然と見下ろす形になった。

 

「分かりました。帰還できないこととそれを黙っていたことについても謝罪しましょう」

 

 悪びれる様子もなく、カールホルスが言った。

 

「スパイスのことも承知しました。ですから、あなたの料理人から私の料理人へ作り方を伝授するようちゃんと命令してください」

 

 立ったままの守生と背筋を伸ばして座るカールホルスが睨み合う。護衛騎士あるいは側仕えの誰かが、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。

 

「……別に命令しなくても、彼らはちゃんとやってくれますよ」

 

 努めて冷静かつ平坦な声で守生が答える。

 

「そうですか、それなら良いんですよ。それから【大いなる幸いを運ぶ者】シュガーミッシュー様。我が国の幸いのために、教えてほしいのですが」

「何をですか?」

「何かを、ですよ!」

 

(知らねーよっ!)

 

 漠然とした他力本願丸出しの質問に守生は内心で怒鳴った。不機嫌になる気持ちを落ち着けるために、ちらりと窓の外の空を見上げる。それから銀河の存在と繋がる呪文を心の中で唱える。バイオリズムを整えてくれると言われているのだ。

 思い込みと言われればそれまでだが、長音の多いその呪文を何度も唱えていると、脳天と眉間がムズムズして来る。しばらくすると多少の冷静さが戻ってきた。

 

 カールホルスを見ると、ポカンとした顔をしている。眼のいいカールホルスには、守生の頭をアフロヘアーのように覆うキラキラしたものが見えたのだ。

 

「王様、どうしました?」

「あなた……いえ、何でもありません。それで、何かお知恵はございますか?」

 

 国王が丁寧な言葉で嫌味ったらしく問うた。守生はうんざりしながら再び椅子に座る。

 

「そうですね、この国では銀が採掘されるとのことですが、鉱毒問題はどのようにされているんですか?」

「鉱毒? さあ?」

「は?」

 

 どうでも良さそうに答えるカールホルスに、呆気に取られた。一国の王がそれでいいのか。守生がカールホルスを敬えないのはこういう所だ。地位や身分を大事にする割に、その役目と責任の重さを分かっていない。分かっていないように見えてしまう。

 

「現場の労働者やその管理者から報告は来ていないんですか?」

「来てませんよ。鉱山を管理しているのは委託先の商人ですからね」

「じゃあ、確認してください。もし何も対策がされていないのなら、労働者や土や水が汚染されます」

「労働者は奴隷ですよ? 死のうが病気になろうがどうでもいいじゃないですか」

 

「アンタの家族が誰かに『死んでもいい』と言われて! アンタは黙っているのか!?」

 

 守生は怒鳴った。怒鳴ってからはっと我に返る。国王との間に立つヘレナヘケトの顔から、血の気が引いている。元々黄緑色のカエル顔なのだが、色が薄い。

 

「ンンンッ、分かりました。そこまで言うのなら確認しましょう」

「お願いします。興奮しすぎました、すみません」

「いえ。助言を求めたのはこちらですので」

 

「あー、それから、この国ではガレー船を使ってますよね」

「ええ」

 

 この国のガレー船は一隻に二百人乗れるもので、その四分の三が漕ぎ手である。

 構造は、丸太を半分に切ってそれを船の最底辺とし、半分の丸太を両側にいくつも繋げていく。一隻造るだけで大層な本数が必要となる。

 

「紙はパピルスと羊皮紙で……、家などの建築物も木材ですか?」

「建築資材は石や岩ですね。運んで来て土魔法で整形し、繋ぎ合わせます」

「そうなんですね。じゃあ船だけ? うーん?」

 

 守生が気にしているのは森林伐採だ。守生が知る古代ギリシアでは、伐採と植林の速度が釣り合わず、土砂災害でどんどん都市が縮小し、人口が減った。戦争で負けて大国に侵略されたという背景もあるが、国力とは労働力である。人がいなければ国が衰えてしまう。

  

「恐れながら申し上げます」

「ヘレナヘケト、何か意見でも?」

「はい、陛下。木をもっとも使うのは、一般市民の薪でございます」

「あれ、魔石があるんじゃないんですか?」

「王城ではそうでございますが、市民は火の魔石で薪に火をつけるはずです」

「そうなんですね。王様、森林伐採に対して植林活動はされてますか?」

 

 守生の問いかけを、カールホルスは鼻で嗤った。

 

「木なんていくらでも生えているでしょう」

「現在はそうかもしれません。ですがあなたのお子さんやお孫さんの治世も同じとは言えません。木だけでなく、木の根も重要なんです。木の根で土を掴み、雨水を吸っているわけですから」

「……木を切りすぎると、土砂災害や水害が起こると?」

「そうです!」

 

 話が早くて助かると、守生はカールホルスの頭の回転の良さを認めた。それに気づき認められる自分で良かったとも思う。

 

「はぁ……、分かりました。宰相と相談して施策を立てましょう。そういうのもありがたいですが、もっとこう、ないんですか!?」

「王様の影響力を強められるようなもの、ですか?」

「そうです!」

 

 カールホルスが先ほどの守生と同じ言い方で言った。

 

「うちの料理人たちの料理がありますし」

「それはもちろんです。美しい料理ですからね! ですが肉料理ほどのインパクトは……」

 

「王様のそういう考え方が古いんですよ」

 

 いまだ密かにキレている守生は、言いたい放題である。

 

「は? 何ですって?」

「肉料理至上主義は結構です。ご自由にどうぞ。でもそれ以外を認めない、選択肢がないというのは問題です。エルフにとって魅力のない国だそうですが、そう思っている他国の方は他にもいらっしゃるのでは?」

「それは単なる憶測では!?」

「どうでしょうね。それにどれだけ肉料理が好きな人でも、食欲のない時や年齢を重ねて、歯や胃腸が悪くなる時が来ます。その時に何を食べるんですか?」

「ちょ、調子の悪い時こそ肉料理でしょう!」

「王様、調子の悪い時に脂ぎった肉を食べたら、最悪吐きますよ」

 

 守生が突っ込むとカールホルスが悔しそうに守生を睨む。

 

「やわらかい料理やお腹にやさしい消化しやすい料理があってもいいと思います。それは勝手にやりますから、一応お耳にいれておきます」

「……わかりまし、たっ!」


 カールホルスが悔しそうに、くちばしをギリギリと擦り合わせる。


「あとインパクトと仰いましたが」

「まだあるんですか?」

「いえ、そうではなくて。誰にもできない、誰もが尻込みする大がかりな仕事をするのが、のちに偉業と言われるものだと思いますよ」

「ご高説感謝いたします、【大いなる幸いを運ぶ者】シュガーミッシュー殿」

 

 

 口喧嘩のような面談を終え、守生が国王の執務室から出ると、料理人と共にマリアマァトが待っていた。守生を見るとマリアマァトを先頭にして跪く。

 

「ちょっ、どうしたんですか!?」

「いえ、このままで。シュー様、彼ら料理人たちはどうなりますか」

「今まで通りですよ。あと、スパイスをもらえることになりました」

「そうですか。この度のこと、感謝いたします」

「分かりました! 分かりましたから立ってください!」

 

 部下である騎士たちや通りすがりの文官たちも見ている中、守生を叱ったことがある鬼の女部隊長が跪いて頭を下げている。床は石材なので冷たいだろうし、そもそも跪くという文化に守生は慣れていない。

 

 一同を立たせ、部屋に連れて行く。料理人たちも一緒だ。マリアマァトに椅子を勧め、ヘレナヘケトにお茶を出してもらう。料理人は少し離れたところで跪こうとするのを、立つように指示した。

 

「どうしてマリア隊長さんが?」

「いや、部下から連絡を受けまして。セベーロたちの料理の才には、私も感動した覚えがあります。今回の国王陛下のやり方はあんまりだと思いましたが、部隊長が国王陛下に意見するわけにもいかず……。せめて私は【大いなる幸いを運ぶ者】シュー様の陣営だと、大勢の前で表明したまでです」

「ちょっと! レシピの話から飛躍しすぎです! 政治案件なんて怖いじゃないですか!」

「ですが国王陛下に直訴しに行ったのですよ? 国王陛下に目を付けられるのは仕方ありませんが、対立派閥に取り込まれでもしたら大ごとですから」

「……ああ。そうやって僕と王様の両方を守るおつもりなんですね」

「まさか! 一介の部隊長にそのようなことできるわけがないでしょう。……ですが」

 

 マリアマァトの強い視線が、守生を射抜く。それは覚悟を決めた者の目だった。

 

「ですが、多少は盾になれるかと」

「ありがとうございます。そんなことが起きないことを祈っていますよ」

 

 

「隊長さん、クリスさんたちと親しいんですよね? だったら僕は席を外しますから、おしゃべりしていってください」

「ではご厚意に甘えましょう」

 

 守生は料理人たちに席を譲ろうとしたが、技能奴隷が椅子には座れないと固辞されてしまった。仕方なくマリアマァトには一人掛けの椅子に移動してもらうと、料理人たちがその前に跪く。守生が指示して衝立で仕切ると、マリアマァトたちの声が聴こえなくなった。防音の魔道具を使ったのだろう。しばらくの間、彼らは近況と前国王との思い出話に耽るのだった。


 

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