20 貢ぎ物の誤解2
ウーナウヌト :踊り子。うさぎ頭。
レネーレネネト:楽士。アウロス奏者。コブラ頭。
アリーアヌビス:レネーの弟。たれ耳の犬頭。
「さて。ウーナさんはこれから僕に踊りを教えてくれませんか。レネーさんはその時に演奏をお願いします。いいですか?」
「はい」
「分かりました」
「ヘレナさん、練習の時間は朝食の下げ渡しの後で構いませんか?」
「はい、問題ありません」
「よし、しばらく部屋に籠れって言われてたから丁度いいね」
「シューさん、ダンスに興味あるんすね!」
「やっぱ男なら踊り子は好きだろォ」
「うん、ダンスってどう体を動かしたらいいのか分からないなってずっと思ってたから。せっかくだし習っておけば後々役に立つかな、と」
「ふーん?」
「踊りが役に立つって、一体どういう状況だよォ……」
アベルアヌビスが首を傾げ、ドムトートが呆れる。
「え? ダンスそのものというより、エネルギーワークの一つとして良いんだよ。ルートチャクラが活性化するらしくてクンダリーニがどうのこうのって、ダンサーでヒーラーの大先輩が言ってた気がする」
「……真っ面目ェ」
「ボクはー?」
話の切れ目に、アリーアヌビスが甲高い声を上げた。守生は彼に向き直り、努めてやさしく声を掛ける。
「アリーくんは何かしたいこと、ありますか?」
「おねえちゃんと一緒にいたい!」
「てことは、楽士? 男性も楽士になれるよね?」
「ああ。つーか、踊り子も楽士も、寝所に呼ばれるぞ。それはいいのかァ?」
「え!? 男の子だよ!?」
「男とか女とか関係ねェだろォ? いろんな指向のやつらがいるんだからァ」
「なるほど。うーん、じゃあ、アリーくんは勉強しよう」
「べんきょー?」
「文字や数字の読み書きとか、お行儀について知ってたら、やれる仕事が増える」
「そしたらおねえちゃんといっしょにいられる?」
「可能性は増える、かな。君の武器になるし、少なくとも邪魔にはならない」
「じゃあ、やるー!」
(アリーくん、ダルメシアンみたいだなぁ)
アリーアヌビスの垂れた耳を見て守生はそう思ったが、正確に言えば守生の世界のダルメシアンより、スルーギという犬種に似ている。幼いながらも、知性を感じさせる顔立ちだ。色は明るい砂色。
レネーレネネトも茶色の顔に首筋はクリーム色をしていて、芸術トリオは色の系統がまとまっている。
「じゃあ、三人には明日から来てもらうということで。ヘレナさん、部屋や日用品の用意をお願いします。あと、明日までに一般的な筆記用具の用意を」
「かしこまりました。手配させます。教師はどういたしましょう。あまり身分の高い教師は、その……」
奴隷に教えたがる教師はいない。教育とは身分の高い者が受けるもので、教えるのは成績が良いと評判の中級貴族が多かった。
「教師? ああ、ひとまずは要りません」
「かしこまりました」
ヘレナヘケトの指示で、侍女が三人を連れて行く。
入れ違いに騎士団副部隊長ネイサンネイトが入室の許可を求めて来た。部屋の外にいた護衛騎士があまりの騒々しさを不審に思い、副部隊長に報告したようだった。
「シュー様、何かありましたか?」
入って来たネイサンネイトにドムトートが事情を説明し、守生ももう解決したことなのでと強く主張する。
「そうですか。ですが念のため、本官も護衛させていただきます」
「踊り子さんたちは部屋に移ったし、もう大丈夫っすよぉ」
「お前はまだ騎士候補生だ。不手際があれば第五部隊の名折れになる。ドムトートは自分の部屋で仮眠を取れ。主人のベッドで寝るなど、恥を知れ」
「へェい」
ドムトートが退出すると、ヘレナヘケトが躊躇いがちに守生へ報告する。
「あの、愛人候補の貴族令嬢や子息が続々と到着しているそうなのですが……」
「返してください! 返してもさすがに殺されたりしませんよね!?」
「それはもちろんですが」
「一度会ってからのほうがいいですか? でもそっちの方が角が立ちますよね?」
「そう、ですね。どちらにしても角は立ちます」
「え!」
「【大いなる幸いを運ぶ】シュー様の思うとおりになさればよろしいかと存じます」
「えー」
「失礼ですがシュー様」
「何でしょう、副隊長」
「……あの、本官のことはネイサンとお呼びください」
「あ、はい。ネイサンさん」
(「ネイサンさん」って、日本語的に言いづらいなぁ)
「御身は国王陛下と並ぶほどの立場です。アテナイュヌ王国の法に触れない限りは、ご自身が好むこと好まないことをはっきりさせたほうが、下々の者には理解しやすいでしょう。最初に多少混乱が起こるのは、仕方がありません」
「なるほど、開き直りが肝心ってことですね」
ネイサンネイトは守生に許可を取り、ヘレナヘケトから貢ぎ物の目録を受け取る。
「貢ぎ物を送ってきた貴族や騎士たちは、主戦派で反国王派が多いようですね。先ほどの奴隷たちはハピ兄弟からですか……」
「ハピ?」
かわいらしい名前の音に、思わず訊き返す。
「彼らは大臣を務めたこともある、影響力の強い文官です。騎士団上層部からの支持もあります。シュー様がこの国に戦争を必要だと思うなら、彼らに付いた方がいいでしょう」
「公平な意見、ありがとうございます。でも僕は、侵略戦争には反対ですね」
守生の返答に、ネイサンネイトとヘレナヘケトの緊張が緩む。
施術に使えそうな美しい装飾の施された椅子二脚は早速窓辺に置いてもらった。あとは別の部屋に片付けてもらう。
スパイスとハーブ、そして別室に保管されている魔獣や動物の肉類は専属料理人に渡すよう指示する。
パピルスはお礼状を書くのにちょうどいいと薦められ、早速使うことになった。
未使用の羊皮紙は重要な案件に使ったり、魔道具に使ったりするのが良いらしい。
鎧と盾と剣は、ネイサンネイトとも相談して、ひとまず片付けてもらうことにした。守生は騎士コンビに渡そうと思ったが、ネイサンネイトに止められたのだ。まだ実力が伴っていない、鎧で動きが悪くなると言われれば、守生からは何も言えない。アベルアヌビスは残念そうにしつつも、特に何かを言うことはなかった。
動物の毛皮や剝製、魔獣の珍しい素材を片付けてもらう。
宝石の中に水晶のクラスターとアメジストの原石があったので、北側の壁にある祭壇に飾る。元々はこの国の宗教のための祭壇だが、今は守生のヒーリングの道具などを置いてある。祭壇には、土・水・風・火の四大元素を象徴するのが習わしだ。鉱物は土の元素。サイラスオサイリスにヒマラヤ岩塩のピラミッドを壊されたので、アメジストが代わりになるだろう。
装飾品に関しては、ヘレナヘケトに一任した。あなたの裁量で着替えの時にこれらを使ってくださいと依頼すると、誇らしげに了承された。
目録を見たネイサンネイトが守生に質問する。
「目録に肉類がありますが、ご興味ないのですか?」
「あー、僕はお肉をなるべく食べないようにしていて」
「なんと! では何をお召し上がりに?」
「野菜ですね。豆が食べたくて……」
「豆!」
呆気に取られるネイサンネイトに、守生はまたかと肩を落とす。この説明が、毎度地味に面倒なのだ。
ちなみにナッツ類と豆類は日本語同様に別物として通訳されている。
「や、野菜も体にいいんですよ! えーと例えば、ゴマやナッツ類には男らしさを生み出す栄養がたくさん含まれています!」
「ほう! そうなんですか!?」
「玉ねぎやにんにくやねぎ、にらなんかもお薦めです!」
玉ねぎにんにくねぎにら、とネイサンネイトが呪文のように何度も唱え、ヘレナヘケトは卒なく書き留めている。ただしこの国にはねぎもにらも自生していない。
「……まぁ、鰹や肉類にも多く含まれてますけど……」
守生は呟くように付け足した。
そして大量の加工された銀色のメダル。歪んだ楕円形で五百円玉より少し大きく厚みがある。
羽の生えた人物の全体像と、横を向いたはやぶさの頭が表裏に描かれている。
「こちらがドラクマ銀貨です」
しげしげと見ていると、ヘレナヘケトが教えてくれた。ここでは金貨ではなく銀貨と大銀貨、三種類の銅貨を使うそうだ。
アベルアヌビスを見遣り、説明を求める。
「オレらは黄銅貨、青銅貨を使うのが普通だけど、金持ちや偉い人は銀貨か赤銅貨を使うみたいっす」
「へぇ。金貨は使わないんだ?」
「金貨は数が少なく、外国との取引で使う程度です」
「へぇ」
「シューさんの国では、金貨を使うんすか?」
「いや、硬貨と紙幣だね。紙のお金」
「えっ!?」
三人の声が綺麗にハモる。
せっかくだからと、ボディバッグから財布を取り出し、三人に見せる。
幸か不幸か、出張帰りのため紙幣も小銭もたくさんある。適当に硬貨を取り出してローテーブルに並べる。
ヘレナヘケトがさっと近づくと、同じ種類ごとに並べ直す。有能な侍女であるヘレナヘケトらしいが、目が真剣すぎて怖いなと守生は思った。
「えーと、自由に手に取ってご覧ください」
「わぁ、キレーな丸っすねぇ。ちっこい!」
「なんて細かく美しい模様なのでしょう……」
「信じられない軽さですね、どんな金属なのですか?」
一円玉を手に取った、ネイサンネイトが衝撃を受ける。
「……あっ!」
「アベルアヌビス! なんということを!」
半分に曲がった一円玉を手に、アベルアヌビスが硬直している。
「曲がっちゃったかー」
「ご、ごめんなさいっすー!」
「別にいいよ。せっかくだしアベルにあげる」
「え! いいんすか!?」
あげる、という言葉に反応したのか、ヘレナヘケトも一円玉を手に取る。
(え、わざと曲げるのはちょっと……!)
その時、カラフルなボールのようなものがビュンッと音を立てて部屋を横切る。
「えっ!?」
「シューさん、下がって!」
アベルアヌビスとネイサンネイトが守生をかばって前に立つ。ヘレナヘケが慌てて部屋の隅に下がった。
そのボールはビュンビュンと移動を繰り返す。壁に当たるわけでもなく、空中で自在に方向転換するのだ。そして部屋の真ん中で止まった。
「鳥……?」
その鳥は、落ち着いた水色の頭部を持ち、赤、黄、青、緑、オレンジなどの色の羽根を持っていた。翼と同じ配色の冠羽がある。大きさは守生の両手で抱えるほどだろうか。ぽってりしたフォルムだ。
魔力を込めて臨戦態勢になっていたネイサンネイトは、すぐに構えを解いた。
「副隊長! こいつ、魔力持ってるっすよ!?」
「魔鳥ミン様だ。攻撃することはできん」
「じゃあ向かって来たらどうするんすか!」
「避けるな。おのれの体を盾にしてお守りしろ」
「はいっす!」
そこでイエスと言うのが騎士なのかと守生が慄く中、魔鳥ミンはトテトテと守生に近づく。
そしてピィと鳴いた。
「あなたなの」
守生には、鳴き声ではなく言葉として聞こえた。
「え? 僕?」
「そうなの」
鳥がまたピィと鳴き、守生には言葉が聞こえた。
「お名前は?」
「守生、だけど。君は?」
「ミーナなの。ミーナミン」
「ミーナ」
「そうなの」
その時また部屋の中に、鳥がボールのように飛び込んで来た。
二羽はしばらく追いかけっこをして、唐突に窓の外へと出て行った。
「……今のも、貢ぎ物ですか?」
「まさか!」
ヘレナヘケトとネイサンネイトが、声を揃えて否定した。




