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21 鰹の包み焼きと魚人の侍女

 魔鳥ミンの侵入で守生(しゅう)の周辺の者が慌ただしい。ミーナミンは窓から侵入したが、窓の膜の魔道具は、虫や獣が入って来れないようになっている。それをすり抜け侵入されたので急遽、点検作業が行われた。

 

(ミンって、古代エジプト神の中にいた気がするけど、鳥の神様だったっけ?)

 

 守生が考え込んでいると、護衛中のアベルアヌビスがこっそりとささやいた。

 

「シューさん、魔鳥の言葉も分かるんすねっ!」

「え? 普通にしゃべってたよね?」

「ピィピィ鳴いてるのが聞こえただけっすよ?」

「そうなんだ!? ……あー、通訳のペンダントのおかげかな」

「賢者様が作った魔道具っすね!」

「だね」

 

 このペンダントを作ったのは、不老の賢者と呼ばれるトリスタントートだ。それをサイラスオサイリスに奪われたと言っていた。

 サイラスオサイリスは、守生と言葉が通じないと分かるとそれを守生に貸した。王城に行くなら返せと言われて返却したが、トリスタントートの手から、別の通訳のペンダントを借りることができた。

 

(トリスタンさん、チートすぎるよ! あの人が本当の【大いなる幸いを運ぶ者】なんじゃないか?)

 

「そういえば、朝に騎士団が訓練してたりする?」

「訓練っすか? 自主訓練することはあるっす。オレも今日、走ったし。どうしたんすか?」

「いや、ふと思い返したんだけど、朝、瞑想する頃に『集合! 集合!』とか『危険! 危険!』とか、聞こえてきたのって……」

「騎士団じゃないっすね」


 アベルアヌビスがはっきりと否定する。


「号令の掛け方が違うし、訓練場の声はお城に聞こえないようになってるはずっす。この窓のそばには見回りも来られないし」

「だよね、景観重視って感じだよね」

「あ、でも警備用の魔道具が動いてるんで、外からの侵入はないってマリー隊長が言ってたっす! 安心してほしいっす!」

「うん、ありがとう。てことは、鳥か動物の鳴き声かもしれないんだ……」

「おもしろいっすねー!」

 

 静かに驚く守生だったが、アベルアヌビスがあっけらかんと言うので笑ってしまった。

 

 

 

 

 守生が昼食の配膳を待っていると、ヘレナヘケトが会釈して報告をする。

 

「エリスイシス姫殿下のお茶会の日程ですが、明後日に開催されるとのことです」

「分かりました。何か必要な物はありますか?」

「そうですね、何かちょっとした贈り物があれば喜ばれるかと存じます」

「贈り物……手土産みたいなものですよね。考えておきます」

 

(今日が九月二十六日だから、明後日なら二十九日か。贈り物って言っても、何か作るか今持ってる物の中から探すしかないな。うーん、硬貨なら珍しがってもらえるかな?)

 

「あの、それでシュー様」

「あ、すみません。なんですか?」

「マリアマァト部隊長様とお話していた時に出た、階の上下移動についてですが……」

「あー、僕の国では都市部に人口が多くて。高い建物が多かったんですよ。で、五階以上の建物にはエレベーターっていう、箱型の乗り物があって、上下移動するのに使ってたんです」

「箱型の乗り物、でございますか」

「イメージとしては、井戸の桶を縄で引っ張って移動する感じかなぁ」

「井戸、でございますか?」

 

 きょとんとするヘレナヘケトを見て、守生は首を傾げる。


「ん? あっ、水って水魔法で出す以外はどうしてますか?」

「水の魔石で出しますね。地面の下に水脈があれば楽に引き出せます。王城のあちこちに魔石を置いた水場がございます」

「そうなんですね。じゃあ、えーと、階の移動は……図に書いて説明してもいいですか?」

「ぜひ!」

 

 キャリーケースの中に入れていたクリアファイルからA4サイズの白紙を取り出す。用紙は、施術のために何枚か持ってきていたものだ。タロットカード占術のメッセージをメモしてもらうなど、たまに使うことがあった。

 その紙に、ボールペンで簡単な図を描いて説明する。

 守生は設備について詳しいわけではないが、知っている知識を寄せ集めて、なんとか説明を終える。

 そのまま紙を渡すと、ヘレナヘケトは紙を捧げ持って、いつも以上に恭しく頭を下げた。

 

「いや、あの、そこまで感謝されると逆に申し訳ないんですが……。何かの参考になれば」

「はい、魔道具で再現できれば、この国の力となりましょう」

「そうですね」

 

(【大いなる幸いを運ぶ者】っぽいことができた気がするけど、この部屋から見る限り、この街に高い建物ってあんまりないんだよなぁ。まぁいいか) 

 

 守生とヘレナヘケトとの会話が終わると、ローテーブルの席に移動する。 

 今日の昼食は、キャビア、海老とたこのマリネから始まり、ゆでたオマール海老、魚介類の団子のクミンソース煮、鰹の包み焼きなどだった。

 昨夜、魚は食べると言ったせいか、熱々の鯛のチーズ焼きが美味しかったので料理人に感謝の言葉を伝言した影響か、今日は魚介類尽くしだ。

 

 まず目立つのは、背の高い上品な皿に盛られたキャビアの黒い小山だ。小ぶりな皿ながら、存在感がある。

 

(仏壇に供えるご飯とその食器みたいだ……。色もサイズも違うけど!)

 

 パンをナイフで切って、チーズとキャビアをのせて食べてみる。海の香りとチーズの濃厚さが口に広がり、プチプチとした触感が楽しい。

 ついでに、レタスのサラダにも振りかけて食べてみる。ドレッシングがかかっていたので味が濃くなりすぎたが、これはアリだと守生は思った。

 シトロンを絞った飲料水で、口の中をさっぱりさせる。

 

 海老とたこのマリネは、ゆでて殻を取った海老とたこの足と、薄くスライスした玉ねぎ、ケッパーのピクルスをドレッシングで和えてある。オリーブオイル、ワインビネガー、シトロン果汁、ローストガーリック、胡椒とハーブ、魚醤がうまく調和している。

 

 新鮮な海老とたこの触感と旨味、爽やかで酸味と塩辛さ、そして少しの苦みが味の奥行きを感じさせる。

 

「美味しい……!」


 ここでの食事は、砂糖代わりのはちみつと、セロリに似たハーブが入ってなければ、日本の洋食の味付けに近い。

 ケッパーのピクルスは、タルタルソースに使われる実だ。魚醤の代わりに塩を使っていれば、さらに食べ慣れた味になっただろう。

 「非日常」に疲れた守生は「普通」や「シンプルな味」に飢えている。

 

 大きなオマール海老は、侍女が殻を取り外してくれた後、添えられたレモンを絞ってもらって、食べた。

 

(美味しい……! 海老っていうより蟹だ! やばい、醤油つけて食べたら最強では?)


 侍女に、魚醤バターもお薦めですと言われて、少しの魚醤と溶かしたバターを混ぜたものにつけて食べてみる。弾力のある身からジューシーな海の味が口に広がる。濃厚なバターの風味が魚醤の塩気と合わさり、ロブスターの甘さを引き立てる。

 

(え、ちょ、今日のランチ、ヤバい、美味しい、来てよかった!)

 

 守生の語彙力が死んでいる。

  

 魚介類の団子のクミンソース煮は、オマール海老を含む海老とイカをすり鉢ですり、胡椒、魚醤、クミン、アサフェティダの根で味付けしたものだ。それを煮込むソースは、白ワインビネガー、白ワイン、はちみつ、魚醤、クミン、月桂樹、ミント、セロリの葉、黒胡椒でできている。

 魚介類の団子も美味しいが、クミンの利いたさらりとしたソースの味がパンに合う。守生はカレーが食べたくなってしまった。

 

 メインディッシュは、カツオの包み焼きだ。蟹好き日本人である守生にはオマール海老が至高であったが、料理はまだ続く。

 新鮮な(かつお)に塩とオレガノを擦り込み、いちじくの葉で包んで糸でしっかり縛った後、熱い灰の下に入れてじっくり焼いたものだ。シンプルな調理法だけに、食材の質と料理人の腕が問われる一品だった。

 

 守生はふと、給仕してくれていた侍女の顔を見た。さっきもオマール海老の殻を取って切り分けてくれていたのに、今まで料理と侍女の手つきしか見ていなかったのだ。

 河豚(ふぐ)に似た、ぽってりした顔立ちの魚の頭だった。出っ張った大きな目とおちょぼ口、数本の長いひげが特徴的だ。守生は知らないことだが、守生の世界のナイル川に生息する魚に似た頭だった。

 

(魚……)

 

 守生は改めて、目の前の皿を見た。一匹の鰹がイチジクの葉の上に横たわっている。焼かれて白くなった目は、何も見ていない。

 これまで獣や鳥の頭部を持った人たちは見てきたが、魚は初めてだった。海老頭も野菜頭もいなかったので今まで気にならなかったが、魚人の前で魚を食べることに猛烈な抵抗を感じた。

 

(カエルやコブラの爬虫類の頭を持つ人だっているんだから、魚類もいるよね……)

 

 気にしないように努めても、もうフォークを持つ気になれない。

 一気に食欲がなくなってしまったが、目の前に置いてある状況も辛い。守生は剥がされたイチジクの葉を掛け直し、鰹を隠す。

 

「シューさん、どうしたんか?」

「うん。いや、アベル」

「はい?」

 

 手招きすると、アベルアヌビスが嬉しそうに寄って来た。

 

「魚って、好き?」

「オレはエリンギ以外なら何でも好きっす!」

「あれ、エリンギはダメなんだ?」

「昔、火を通さないで食べたらお腹が痛くなったことがあって」

「火魔法の調整が下手くそだから、手ェ抜いたんだよなァ?」

「ドムさんは黙ってて! 今は火力調整、上手くなったし! 残したりしないでちゃんと食べるし!」

「そうなんだ、食中毒かな。無事で良かったよ。ちょっとそっちに座って。で、悪いけどこれ食べて」

「いいっすよー!」

 

 アベルアヌビスは元気よく守生の向かいの寝椅子に向かう。ヘレナヘケトがすかさず諫める。


「シュー様、アベルアヌビスは護衛騎士です」

「いやー、ドムもいますし」

 

 先ほど魔鳥が侵入したばかりだが、今の守生の頭からは抜けている。魚を美味しく食べてもらって目の前から消すこそしか考えていない。

 

「シュー、俺の分はァ?」

「アベル、半分残してドムにあげてくれる?」

「えっ、もう半分以上食べちゃったっすよ?」

 

 そう言いつつ、アベルアヌビスは半分食べ終わってひっくり返した鰹をフォークですくい、急いで食べた。これで、言葉が嘘でなくなった。

 

「ハァ!? 早食いすぎんだよてめェは! それ! 残ってるそれ、残しとけ!」

「はぁーい」

 

次回はお風呂でわちゃわちゃ回。

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