果てしない夜
夕食が終わり汗を流すとクラリスはジャンにもらった紅茶を自室でゆっくりと味わっていた。
これでこの紅茶を飲むのも3回目。つまりジャンが店に来なくなって3日経ったということになる。
この紅茶を飲み終わるまでにはまた来ると言い残し、その翌日からジャンは本当に店に現れなくなった。
何か用があり忙しくしているのか、どこか遠くへ出かけているのか…。クラリスが何も尋ねなかったせいでジャンの方も来れない理由を何も教えてはくれなかった。
その代わりのように、ジャンが来なくなった翌日から例の二人組の青年はもう3日連続で店を訪れていた。
初日こそはその服装から旅行客のように見えた二人だったが、どうやらあの日は丁度王都へ戻ってきた所だったようだ。
クラリスに気軽に声を掛けてくる男がロベール。色の白い隣国出身の男がマルセルと名乗った。仕事のついでに寄るのに丁度いい場所にこの店があるのだとロベールが言っていたが、その仕事が何であるのかは二人の外見からも交わす会話からもクラリスには想像がつかなかった。
クラリスは紅茶の入ったマグカップを持ち上げると、目を閉じて香りを確かめた。開けてまだ三日しか経っていないし、流石に缶入りだから保存状態も申し分ない。
ジャンが送ってくれた紅茶はこの調子で行くと一月以上は持ちそうな雰囲気だった。仕事が終わった夜の一人の時間に一杯だけゆっくりと楽しむ。紅茶をまた一口飲むと自然と笑みが零れた。
──ジャンは私がこのお茶をどのくらいで飲み終わると思ってたんだろう……。まさか一月以上店に来ないなんて事はないと思うけど…。
マグカップにはまだ半分以上のお茶が残っている。クラリスはこのマグカップの紅茶を飲み終わると、決まって不安な気持ちになってしまう。
一月経って、やがて紅茶がなくなった頃、もしジャンが店に現れなかったら──?二度と会うことがなかったら?
考えてもどうしようもない事なのにグルグルと頭の中を余計な考えが掻き回してくれる。
「……まだ三日しか経ってないなんて。あとどれだけかかる?何も話が出来なくてもいいからただ顔が見たい。」
声を聞きたいだとか話がしたいと言うよりは、ただ元気で居ることを早く確認したかった。
きっとそう思ってしまうのはジャンが護身用に剣を持ち歩いているということを知ってしまったからだろう。
「逢えないだけでこんなに色々ジャンのことばかり考えちゃうなんて…。これじゃまるで……」
──まるで?
その次に続く言葉は自分でもとっくに分かっている。
『 これじゃまるで私がジャンのことを好きみたいじゃない 』
「好きみたい…じゃなくて好きなんだ、ジャンのこと。」
口数が少なく、何を考えているのか分からない人。初めは眺めているだけで良かった。それなのにもっと知りたい、もっと近付きたいと思い始め、やがて恋心を抱くようになった。そこにきてあのマークの件で助けてもらい、更にはこうして紅茶まで貰った。もう止められる訳がなかった。
「私に待っていて欲しいって…そういう意味だよね?でもジャンとは住む世界がきっと違いすぎる…。」
叔母夫婦には結局子供ができなかった。ひょっとしたら、クラリスが二人の元へ来る前から二人には子供ができないことが分かっていたのかもしれない。
『 クラリスが無事に嫁に行ったら人を雇うから店のことは何も心配いらないよ? 』
叔母はそう言いながらクラリスと商店街の目ぼしい相手との縁談をまとめようと躍起になっていた時期もあった。2,3年前まではこの商店街にも何人か年の近い相手もいたのだ。しかし今となっては肉屋のマーク以外は縁談がまとまってしまっている。家同士のつながりであったり、本人同士の思いであったり、その理由はさまざまだろう。セブおじさんの娘レイラもそのうちの一人ではあるが、あの婚約は別格だったので参考にもならない。
「レイラさんは男爵から話をもらった時、何を考えたんだろう……。やっぱり悩んだかな?」
独り言を言いながらふと気が付いた。
「レイラさんと今の私とじゃ全然違うか。私はまだジャンのこと何も知らない。私のことどう思ってるのかも聞いてないじゃない。」




