面倒くさい半銅貨
「そういえば…おい、クラリス!」
満席の店内をなぜか嬉しそうに見ながら早々に引き上げようとしていたセブおじさんが通りすがりにクラリスを呼び止めた。
「レイラに何か聞きたいことがあるなら手紙を書くといい。いつでも渡せるぞ?」
「あ…手紙ね…。考えてみるわ、ありがとう。」
クラリスはテーブルを片付ける手を一瞬休めるとお礼を言ってセブおじさんを見送った。今はまだ客の多い時間帯なのでじっくりとレイラのことを考えている余裕などない。
──手紙でジャンが知り合いかどうかなんて聞いてもレイラさんだって分かんないだろうし…こっちだって気まずいわ。
背後から二人連れの客がクラリスに声をかけてきた。先ほど案内したときにクラリスとそう年も変わらない青年だということに気が付いた。一人は小麦色に日焼けしたいかにも快活そうな男。もう一人は色の白いすっきりとした顔だちをした美形の男だった。店に入ってきた時に着ていた旅用の外套は脇の椅子の背にきっちりと掛けてあるが、二人ともいかにも仕立てのよさそうな服に身を包んでいる。
「ごちそうさま。お代は?」
「お二人ご一緒でよろしいですか?」
「あぁ、一緒で頼む。」
クラリスに声をかけてきた愛想のいい男が向かいに座る男に目配せをする。向かいに座った色が白くどこか冷たい目つきの男が懐から銀貨を2枚出すとテーブルに置いた。
「少々お待ちくださいね。」
急いで釣銭を準備して二人組の待つテーブル席まで戻ると色の白い男に向かってそれを差し出した。男は視線を落として銅貨を収めながら、ふと異国の言葉を二言三言口にした。
何を言っているのかは分からないので連れの男の顔を見上げると、クラリスに向かって白い歯をみせてにっこりと笑いかけてきた。
「銅貨ばかりで財布がはち切れそうだと言っている。こいつは出身が隣国でね。細かい計算が面倒だからと銀貨ばかり店で出して銅貨が溜まっていく一方なんだよ。ほら、よその者には銅貨と半銅貨の区別がつかないらしい。」
「なるほど…。」
「まぁここみたいな王都の店では半銅貨なんて使わないだろうがな。少し田舎の方に行くと半銅貨もまだかなり使われてる。」
「そうでしょうね。クロゼの人でも小銭が邪魔だっていう人は多いですからうちもあまり半銅貨は使ってませんけど。」
二人連れは外套を手に取るとクラリスに向かって軽く手を挙げながら出口へと向かっていった。
「ありがとうございました!」
「またね、クラリスちゃん。」
爽やかな笑顔を浮かべながら親しげにクラリスの名を呼び去って行った客にしばし我を忘れていたクラリスは、カウンターから呼ぶ叔母の声でやっと我に返った。
「何だい?あの客に何か?」
「なんか…初めて来たはずのお客さんなのにいきなり名前呼ばれたからびっくりしちゃった。」
「おじさんが大声でお前のこと呼んでたのでも聞いてたんだろ?」
「そう…かもね。でも旅装だったのにまたねって……。」
クラリスは何か引っかかるものを感じながらも頭をすぐに切り替えた。目の前には店の名物料理の一つのフライが3皿並んでいる。冷めないうちに早く客のところに持って行かなければならない。
「銅貨と半銅貨か…。半銅貨なんてめったに見ないから考えたこともなかったな。」
──あのお客さん隣国の出身って言ってたけど、隣国ってもしかしてザール?まさか…ね。そんな偶然ある訳ないか。
クラリスは先ほどの隣国出身だと言っていた客とジャンがどこか似た雰囲気だったことに今更ながら気が付いた。口数が少なく、銅貨の計算が面倒だと眉を顰めるその美しい横顔。
「お待たせ致しました!ご注文のフライです。」
「お!うまそうだね。こっちにも一つ渡してくれ。」
「揚げたてで熱いですから気を付けてくださいね。」
「はっ…ふっひ!!!」
「あ!水、すぐに持ってきますね?」




