次は半年後
クラリスの叔母夫婦の営むこの食堂は、トロメリン王国の王都クロゼにある中規模の商店街に位置している。
商店街にはもちろん多くの店があり、その大部分が家族経営の為店舗は住居も兼ねている。多くの住民が肩を寄せ合い暮らしているその中でも貴族に嫁ぐ娘は数十年に一度出るか出ないか、ごく稀な事だった。
その数十年に一度が昨年身近に起こったばかりだった。セブおじさんの娘レイラはおばさんの頭の良さとセブおじさんによく似た愛嬌のある顔でとある男爵の目に留まり、そのままあっという間に婚約という運びになったのだと聞いている。
店に来る客たちの噂話によるとレイラは男爵との婚約が決まってから、半年ほど貴族の通う学園に通わせてもらい教育を受けていたはずだった。
──そっか、レイラさんが行ってたのも同じ学園だ。もしかしたらレイラさんはジャンの事を何か知ってるかもしれない。…でもこの前酔っ払ったセブおじさんをジャンが連れて行ってくれた時、レイラさんと赤ちゃんに会ったと言ってたような…。
クラリスはいつものように開店と同時に現われたセブおじさんを見つけると、意を決してレイラの事を尋ねることにした。
「レイラ?あぁ昨日お屋敷に帰っていったところだからな、次ここに来るのはそうだな…年末辺りになるか?」
「年末って、そんなに帰ってこないの?そうなんだ…聞きたいことがあったのに。残念だわ。」
クラリスはガッカリと肩を落とした。今はまだ6月なので次の里帰りは半年も先ということになる。
「聞きたいこと?孫との婚約の事か?」
「そ、そんな訳ないじゃない!」
「冗談だよ、そんなに大声を出すなって。」
セブおじさんはにやりと笑うといつもの注文をクラリスに告げ、ふと周りの客を見渡した。
「あの兄ちゃんは?今日はまだか?」
「……兄ちゃんって、もしかしてジャンのこと?」
「そんな名前だったかな?酒の強い背の高いあの──。」
「当分の間来れないって、そう聞いてるわ。」
「なんだ、そうなのか?鍛冶屋の爺さんから話は聞いたよ。マークと一悶着あったそうじゃないか。」
「あぁ、その事?」
クラリスは小さくため息をついた。こういう話は放っておいても商店街中に口から口へと直ぐに広まるものだ。尾びれ背びれをつけて……。クラリスは正直うんざりしていた。
こちらはただ休みもなく毎日毎日店の手伝いをしているだけだというのに、いつの間にか『 仕事もせずに男に現を抜かす娘だ 』と言われていたり、『 客に色目ばかり使っている 』などと言われたりするのだから。
「マークの前でお前に跪いてプロポーズしたんだろ?」
「……は?」
「違ったか?」
「違う、全然違うから!」
「なんだ、じゃあまだなんだな?」
クラリスの方に身を乗り出すようにして聞いてくるセブおじさんの周りのテーブルでも、興味の無い振りをしながら耳を澄まして話を盗み聞きしている者がいるに違いない。クラリスは周りに素早く視線を巡らせると、少しだけ声のトーンを下げてセブおじさんに返答した。
「まだも何も…とにかく、ジャンは私をマークから庇ってくれたけど、ただそれだけ、何もないのよ?」
セブおじさんはクラリスの方を呆れた顔をして眺めると、鼻でふっと笑った。
「まさか俺がそんなこと真に受けるとでも思ってんのか?」
「もぅ!おじさんが何を想像してるかなんて私にわかるはずないじゃない?」
クラリスは次の客が待っているとでも言わんばかりに慌てて背を向けると、店の入り口のほうに目をやった。案内を待つ旅行客のような二人組のうちの一人と目が合う。男はにっこりとクラリスに向かって笑いかけると、手の指を二本立てて二人連れだとでも言うように窓際に目を向けた。
「いらっしゃいませ!」
二人組を窓際の席に案内するとカウンターまで戻りほっと息をつく。
──結局レイラさんに直接学園の話を聞くことはできそうにないか。それよりジャンが店に来てくれる方が早そうだもんね…。
クラリスは店の中央のテーブル席で他の常連客相手に楽しそうに笑っているセブおじさんをぼんやりと見ながら厨房からあがってくる料理を手に取った。




