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読めない文字

「あら、いい香りがするわね。紅茶?」

「……もらったのよ。」


 叔母は2階に上がってくるなりいつもとは違う香りがすることにすぐ気が付いたようで、クラリスが手渡した缶のラベルを食い入るように見つめると首を傾げた。


「何て書いてあるのかしら。さっぱり読めないわね。何語かしら?」

「え?」


 読めないのは自分だけではなかったのか……。叔母のその言葉で、クラリスはようやくラベルの文字が読めないのはそれがトロメリン語ではないからだという事に気が付いた。


「ザールの言葉のような気もするけど……。」

「ザール語?」

「そう。ほら、最近この国から独立したっていう東の方の。」


 叔母の言葉にクラリスは記憶の糸を辿った。確か今年の初め辺りにこの国の東にある地域が独立したという話を聞いた気がする。それもどういう裏取引があったのか知らないが、血を流すような戦になることもなく円満な話し合いの末に国から独立が認められたという事だった。

 店に来る客の話を総合すると、ザールの美しい姫君をこの国に嫁がせる代わりに…という条件だった気がするが本当のところはクラリス達一般市民には知らされていなかった。

 もちろん王族の誰かがザールの美しい姫君と婚約したとか妻に迎えたという話もまだ聞こえてこない。


「あの人…ジャンって言ったっけ?あの人からの贈物?」

「うん。しばらく店に来られないらしくて…それでこれを。」

「へ~。また随分と高そうなお茶だね。」


 キッチンで夕食を温めながら叔母は階下から上がってきたばかりの叔父に目を向けた。


「ねぇあんた、ザール語は読めるかい?」

「ザール語?少しくらいなら。」

「ラベルに書いてあるのはザール語じゃないかと思ってさ?クラリス、それ見てもらったら?」


 クラリスは少しためらいがちに叔父に向かって紅茶の缶を差し出した。叔父はそれをじっくりと眺めると裏返し、底にあるラベルにまで目を通した。


「うん…。俺にもほとんど分からないが、この裏の所だけは分かる。ザールの会社が作っている紅茶だと書いてある。あと会社の名前と産地と…。」

「ほら、やっぱり。」


 叔母はクラリスに向けてウィンクするとスープを皿に盛りながらぽつりと呟いた。


「クラリスはもしかしたら近いうちにザールに嫁ぐことになるのかもしれないねぇ。」

「嫁ぐ?どういうことだ?」

「お母さん!違うのよ、お父さんも。紅茶を貰っただけでいくらなんでもそれはないでしょ!」


 叔母から皿を受け取りながらテーブルに並べていく。今夜のメインはビーフシチューだ。それから毎日パン屋が店に届けてくれる白パン。

 クラリスは皿を叔父の目の前に置くと全員分のマグカップを用意し、紅茶缶に手を伸ばした。


「クラリス?何をしてるの?」

「…何って?」


 叔父は新聞に伸ばそうとしていた手を止めるとクラリスと叔母の方を見た。


「それはクラリスが貰ったんだろう?私たちは飲めないよ。」

「……でも。」

「……俺もいつものにしてくれ。そんな高い茶は料理の…邪魔になる。」

「邪魔……?」


 叔母は叔父の肩を優しく叩きながらクラリスに向けて豪快に笑った。


「大事なものなんでしょ?」

「……娘が男から貰った茶なんか飲めるか。」

「……」

「それで?その男はザールの出身なのか?」

「アンタ、ほら、今日マークと揉めてたあの男の人だよ。ここんとこ毎日来てくれてる、外套着た…。」

「外套?」

「アンタは奥にいつも引っ込んでるから知らないかもしれないね?酔っ払ったセブおじさんをこの間送って行ってくれたんだよ?」

「おじさんを?」


 三人が揃って食事を始めた時、テーブルに並んだのはいつもと同じ紅茶だった。


「昼間っから酔い潰れた時さ。あの時一緒に飲んでた若い男がいただろ?あの人だよ。」

「あぁ。あのヒョロっと背の高い男か。」

「ジャンって言うの。ザールの出身かどうかは知らないわ。ほとんど話をした事ないから。」

「……」

「でも今日はマークからお前を庇ってたじゃないか?私はてっきりお前達は思い合ってるのかと……」

「思い合ってなんかないわ。有り得ない……。」


 クラリスはシチューの皿にスプーンを置くと紅茶を手に取った。香りも色も薄いいつもの飲みなれた紅茶だ。


「だったら何で毎日毎日うちの店に来るのさ?それにマークからお前を庇ってくれた上にこんな高そうな紅茶までプレゼントしてくれて…。」

「そりゃ私だって少しは気になってたのよ?でもね、今日私見ちゃったのよ。ジャンが……外套の下に着てたのは学園の制服だった。」

「学園っていうと、あの貴族の通う?」

「そう、見間違えなんかじゃないわ。確かよ。」

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