9. 牽制
ウェルツ伯爵家の前に立派な馬車が止まった。
降りてきたのは、お父様の姉であり、エマの叔母である、ウォーエン伯爵夫人である。
ウォーエン伯爵夫人は、エマを可愛いがっていた。そして頭の回転も早く、目聡く、社交的であり、社交界でも一目置かれている夫人だった。
聡い叔母様なら、きっと違和感に気付く。
エマは葬儀の時、夫人が近くにいることを確認して、あの言葉を発したのである。
予想通りに、夫人はその違和感に気付き、ウェルツ伯爵家へと馬車を走らせたのである。
執事のマルクスは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ウォーエン伯爵夫人を客室へ案内した。
客室にはリゼット、セドリック、そしてアデルが呼び出されていた。
アデルは綺麗なカーテシーを決める。
リゼットは、なんとかおぼつかないカーテシーを。
セドリックにいたっては、ぼんやりと立っているだけだった。
ウォーエン伯爵夫人は扇で口元を隠し、冷たい視線をリゼットへ向けた。
「お前がセドリックの継母かい。名前は?」
「リゼットでございます。このアデルの母でございます」
夫人は、ふんっと鼻を鳴らした。
「まあいい。お茶を用意しておくれ」
皆が席につくと、侍女がすぐにお茶を運んできた。
夫人は扇を掌にパシパシと当てながら口を開く。
「さて、本題だ。セドリックは身体が弱いのかい?」
リゼットの肩が僅かに揺れた。
「生まれたばかりの頃に一度会ったが、元気な男の子だったと記憶している。それが、いつから身体が弱くなったんだい。ウェルツ伯爵からも、そんな話は一言も聞いてないよ」
リゼットは一瞬怯んだが、すぐにつらつらと言い訳を並べ始めた。
「旦那様が床に伏せられるようになった頃からです。旦那様にはお伝えしていなかったのですが、セドリック様は一度大病を患いまして。それから伏せがちになられたのです」
リゼットは睫毛を濡らし、悲しげに俯いた。
「ふん……まあいい」
夫人はリゼットをじっと見つめる。
「毒でも盛られて、弱らされているのではないかと心配になってね。様子を見に来たのさ」
(叔母様、本当に目聡い……。)
エマは、ウォーエン伯爵夫人の勘の鋭さに感嘆した。
「ウェルツ伯爵も亡くなって、セドリックも心細いだろう。私もたまには様子を見に来るから、しっかりやるんだよ」
それだけ言い残すと、叔母様は颯爽と帰っていった。
ウォーエン伯爵家は歴史こそ浅いが、貿易で財をなし、社交界にも顔が利く。
叔母様自身も社交的で、あちらこちらを飛び回っている。
叔母様の一言だけで、セドリックを完全に守り切れるわけではない。
それでも、十分な抑止力にはなるだろう。




