5. 初めて見る世界
ここはどこかしら?
世界がおぼろげに映る。
あんなにあった痛みがまるでない。
ここは夢の続きかしら?
ふわふわと身体が軽い。
どこかで、幼子が泣く声が聞こえる。
目の前に、私と同じ赤毛の赤ちゃんが泣いていた。
そしてその横に、青白く痩せこけた私が横たわっていた。
ああ、私は死んだんだな。
痛みから解放され、身体から自由になった自分がそこにいた。
神様は、私に子どもを見せて下さる機会を下さった。その幸運に感謝した。
私は、飛び回る事ができた。
ただ、この邸から出ることは叶わなかった。
物にも触れられないから、子どもを抱くことはできない。落ち込みそうになったけど、子どもを見られる幸運に感謝しようと気持ちを切り替えた。
お父様は、私とお母様の肖像画を見ながら夜酒を飲むのが最近の習慣だ。
「エマは最期まで頑張ってくれた。さすが、私達の娘。エマそっくりの赤毛の孫まで遺してくれて。私は、幸せ者だ。」
そう言いながら泣き、寝落ちするお父様の背中にそっと抱きつく。
(ごめんなさい。お父様より先に亡くなって。大切にしてくれて、愛してくれて。エマはお父様の子どもに生まれて本当に幸せでした。)
死ぬ前に伝えることができなかった言葉を背中に落とした。
エマは、セドリックの様子、父親の様子ばかり眺めていた。ルーカスに会いに行くのは、悲しみが大き過ぎた。もう二度と触れ合えない現実に向かう勇気が持てなかった。
✥✥✥✥✥
ふわふわと漂い続け、ウェルツ伯爵やセドリックを眺め続けていた。
ある日、ウェルツ伯爵に給仕をするリゼットを見かけた。
リゼットは、年も近く、執事の娘であった為、幼い頃より一番仲の良かった侍女だ。年ごろになってからは、私の専属侍女となり尽くしてくれた。
はたと考え、自分が居なくなったら私に付いてくれていた侍女は仕事がなくなり、暇を出されてしまうのではないかと急に心配になった。
リゼットの動向が気になり、ついつい後を付けた。
向かった先は、意外にもルーカスの部屋だった。
入るのを躊躇われて、入口でまごまごしていたら部屋の中から声が聞こえてきた。
「お前達親子は本当に怖いな。
あんなに優しい伯爵様を殺そうとするなんて。」
「何言ってるんだい。ルーカスだってエマ様が生きている時から私に手を出して。」
2人からゾッとする声が聞こえる。
「そりゃ、仕方ないだろ。あんな鶏がらの幽霊みたいな奴を抱き続けなきゃいけなかったんだぜ?
最期なんて死臭までしてきて、鼻がもげるかと思ったぜ。」
「貴族様も皆、お気楽なもんだぜ。今なんて俺は、献身的に尽くした立派な人間とみてりゃ。ただのゴロつきが今じゃ立派な貴族様だぜ。」
「ふふふふ…私も大嫌いだったエマ様の全てを奪えるからスッキリするよ。同じ屋敷で育って、私の方が美人なのに。こんな生活。憎くて、憎くて仕方なかったわ。」
二人は笑い合っていた。
私は、衝撃的だった。
あんなに良くしてくれた二人が実は私を嫌っていた。執事のマルクスさえお父様を殺そうとしている。私達親子を裏切り続けて。
許さない。絶対にあなた達の思い通りにさせない。
怒りで手が震える様である。
そして、復讐を固く心に誓うのであった。
だからと言ってエマが何かをできると言う訳ではなかった。
ウェルツ伯爵に徐々に弱っていく様を見せられる。
給仕は必ずリゼットが行なっていた。
(きっと、紅茶の中に毒が仕込まれているのね。
もどかしい。)
お茶をひっくり返そうとするが、身体が通り抜ける。毎回繰り返されるこの儀式に死んでしまった自分を呪いたくなる。
そんな苦痛の日々が過ぎ、一年が経ちエマの喪が明けたある日、ルーカスがウェルツ伯爵の執務室を訪れた。
「ウェルツ伯爵様、申し訳ありません。
私は、寂しくて寂しくて、侍女のリゼットと悲しみを分かち合っていたら、いつの間にか懇ろになっていました。どうかこの邸から追い出して下さい。」
ウェルツ伯爵は、目を見開いた。
「そうか…君もまだ若い。娘を思い続けろなんて残酷なことはできないよ。リゼットは、エマとも仲が良くマルクスの娘だ。私も娘と思っている。だから、この家に居続けなさい。君は、セドリックの唯一の父親なんだから。」
ウェルツ伯爵は、手放しに二人の婚姻を認めた。
そして、すぐにリゼットは懐妊したのである。
(お父様お願い!今すぐ三人を追い出して。お願いよ。)
エマの願いは届かない。
そして、これが最後の記憶である。




