2. 去りゆく者
平民の家が並ぶ雑多な町並みに、一台の立派な馬車が現れた。
見慣れない光景に、町の人々が騒ぎながら集まってくる。
そんな中、御者が恭しく扉を開けた。
綺麗に身支度を整えたルーカスは、どこか居丈高な様子で馬車へ乗り込んだ。
✥✥✥✥✥
執事を筆頭に、侍女や侍従が玄関のポーチに並ぶ。
幼い頃から大切に見守ってきたエマのため、皆が精一杯の礼を尽くしていた。
やがて、玄関先に止まった馬車からルーカスが降りてくる。
身綺麗に整えられた分、以前よりずっと優男に見えた。
ウェルツ伯爵も、
(まあ……これなら。)
と、小さく頷く。
エマはカーテシーをし、ルーカスを迎え入れた。
「ルーカス様。私の願いを聞き入れてくださり、ありがとうございます。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
その言葉に、ウェルツ伯爵をはじめ、その場にいた者たちは胸を締めつけられた。
エマには、時間がない。
残された時間を、この男に託すしかない。
ウェルツ伯爵は、自分の不甲斐なさに静かに頭を垂れた。
✥✥✥✥
予想に反してルーカスはよくやっている。
快闊な娘であったエマは、着飾ることを無駄な行為だと思っていた。子どもの頃は、領地で山や野で駆け回り、領地の子どもたちと泥だらけで遊ぶ方が好きな娘であった。
年ごろになっても、社交界やお茶会にもほとんど顔を出さず、学友と街を歩き回る方が好きとなんとも令嬢らしからぬ娘だった。
ルーカスが来てからは、今迄のことが嘘の様に青白い顔に白粉を塗り、紅を挿し、少しでも綺麗な姿でありたいと言う令嬢らしい姿が見られる様になった。
今迄、クローゼットにおしやられていたフリルのついたドレスたちが日の目を見るのである。
ウェルツ伯爵や侍女達は、夢にまで見た令嬢の姿を見られ涙が浮かぶのであった。
庭で歩く二人はどこか儚げだった。
ルーカスがエマに合わせゆっくりとした歩調で歩き、エマがルーカスを頬を染めて見上げる。
そのエマの視線にルーカスが返す。
この一瞬の時間こそが恋の姿であるのかと侍女達も息を飲む。
生きがいを見つけたエマの頬は僅かだが血色がよくなり、コケた頬は膨らみが増したのである。
もしかして…病魔は去ったのでは…と思わされる程の回復を見せた。
体調が安定した頃、エマが初めて自ら晩餐会に出たいと言い始めた。
みなは驚き歓喜した。
侍女達の夢だったエマを着飾ることさえ、このルーカスは叶えたのである。
侍女達はエマに気付かれない様にそっと涙を流し身じたくを整えた。
整え終わった後、エマが一周くるっと回って侍女達に声を掛ける。
「みんなありがとう。私の最期の晩餐会をこんなに綺麗にしてくれてありがとう。みんなのエマはこんなに綺麗になったのよ。」
誇らしげに言う、エマに対し、侍女達みな涙を堪えきれずに泣いてしまった。
「こらこら、泣かないの。私はまだ生きているんだから。みんなそんな顔しないで。」
侍女達は、ぐちゃぐちゃになった顔で、無理矢理笑顔を作ったのである。




