エピソード7 負けられない試合
県大会予選まで、あと三週間。
私立桜ヶ丘学園女子バスケットボール部は、これまで以上に厳しい練習を続けていた。
朝練習。
体育館にはシューズが床を擦る音と、ボールが弾む音が絶え間なく響いている。
「ディフェンス、もっと足を動かして!」
キャプテンの指示が飛ぶ。
春風葵は相手エース役の三年生を相手に、一歩も引かず守り続けていた。
「まだまだ!」
相手がフェイントを入れる。
しかし葵は冷静だった。
体勢を崩さず、シュートコースを塞ぐ。
「ナイスディフェンス!」
顧問の森田先生が大きく頷いた。
その様子を、コートの外から神崎蒼真は真剣な表情で見つめていた。
ボトルの準備、タオルの整理、練習時間の管理。
マネージャーとしての仕事をこなしながらも、目は自然と葵を追ってしまう。
「春風先輩……すごい。」
思わず小さく呟いた。
◇
午前の練習が終わると、部員たちはベンチへ座り込んだ。
「疲れたぁ……。」
「今日のメニューきつすぎる。」
そんな声があちこちから聞こえる。
蒼真は一人ずつスポーツドリンクを配って回った。
「ありがとうございます!」
「助かる!」
最後に葵の前へ来る。
「春風先輩。」
「ありがとう。」
ボトルを受け取った葵は一口飲み、大きく息をついた。
「蒼真くんも休憩しなよ。」
「僕は大丈夫です。」
「でも。」
葵は笑った。
「マネージャーも立派なチームの一員なんだから。」
その一言に蒼真は少し照れながら頷いた。
「はい。」
◇
午後。
練習試合が始まった。
相手は県内でも実力校として知られる東城高校。
試合開始直後から激しい攻防が続く。
「戻って!」
「リバウンド!」
体育館には大きな声が響く。
葵は何度もゴールへ切り込み、チームを引っ張る。
しかし相手も簡単には崩れない。
前半終了。
三十二対三十五。
三点ビハインド。
ベンチへ戻る部員たちの表情は重かった。
◇
「みんな、落ち着こう。」
葵が仲間を見渡す。
「まだ前半が終わっただけ。」
「絶対に逆転できる。」
その言葉に一年生たちも頷いた。
蒼真はホワイトボードを持って近付く。
「先生。」
「さっき気付いたことがあります。」
森田先生が耳を傾ける。
「東城高校は速攻の後、右サイドの戻りが少し遅れています。」
「そこを使えば攻撃しやすいと思います。」
先生は驚いた表情を見せた。
「よく見ていたな。」
「ありがとうございます。」
先生はすぐに作戦を変更する。
「春風!」
「はい!」
「後半は右サイドを使って攻める!」
「分かりました!」
葵は力強く返事をした。
◇
後半開始。
蒼真が気付いた通りだった。
右サイドから攻めるたびに相手ディフェンスが少し遅れる。
「今!」
パス。
ドライブ。
レイアップ。
得点。
桜ヶ丘高校が流れを掴み始める。
残り三十秒。
五十八対五十八。
同点。
最後の攻撃。
葵がボールを受け取る。
「いけ!」
仲間の声。
相手二人が前へ出る。
その瞬間だった。
右サイドへ切り込む。
ディフェンスをかわし、ジャンプ。
放たれたシュートは、高く弧を描いた。
ブザー。
ボールはリングへ吸い込まれる。
六十対五十八。
試合終了。
「やったぁ!」
体育館中が歓声に包まれた。
◇
試合後。
部員たちは笑顔で喜び合っていた。
「ナイスゲーム!」
「春風先輩、最高です!」
葵は息を整えながら笑う。
「みんなのおかげだよ。」
そこへ蒼真がタオルを持って駆け寄る。
「春風先輩、お疲れさまでした。」
「ありがとう。」
タオルを受け取る。
「でも。」
葵は笑った。
「今日勝てたのは、蒼真くんのおかげでもあるよ。」
「え?」
「右サイドのこと。」
「あれがなかったら勝てなかった。」
蒼真は驚いて首を振る。
「僕は見ていただけです。」
「見ることも才能。」
葵は真っ直ぐ言った。
「本当にありがとう。」
その言葉だけで、蒼真の胸は熱くなった。
◇
夕方。
部室を出ると、校庭は夕焼け色に染まっていた。
葵と蒼真は並んで体育館を振り返る。
「今日は負けられない試合だったね。」
「はい。」
「でも。」
蒼真は笑う。
「勝てて本当に良かったです。」
葵も笑顔で頷いた。
「県大会も勝とう。」
「一緒に。」
「はい!」
二人の声が夕暮れの校庭へ静かに響いた。
まだ恋とは呼べない。
けれど、同じ目標へ向かって歩き始めた二人の距離は、昨日よりも確かに近づいていた。
県大会まで、あと少し。
青春の試合は、まだ始まったばかりだった。
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