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エピソード7 負けられない試合


 県大会予選まで、あと三週間。


 私立桜ヶ丘学園女子バスケットボール部は、これまで以上に厳しい練習を続けていた。


 朝練習。


 体育館にはシューズが床を擦る音と、ボールが弾む音が絶え間なく響いている。


「ディフェンス、もっと足を動かして!」


 キャプテンの指示が飛ぶ。


 春風葵は相手エース役の三年生を相手に、一歩も引かず守り続けていた。


「まだまだ!」


 相手がフェイントを入れる。


 しかし葵は冷静だった。


 体勢を崩さず、シュートコースを塞ぐ。


「ナイスディフェンス!」


 顧問の森田先生が大きく頷いた。


 その様子を、コートの外から神崎蒼真は真剣な表情で見つめていた。


 ボトルの準備、タオルの整理、練習時間の管理。


 マネージャーとしての仕事をこなしながらも、目は自然と葵を追ってしまう。


「春風先輩……すごい。」


 思わず小さく呟いた。



 午前の練習が終わると、部員たちはベンチへ座り込んだ。


「疲れたぁ……。」


「今日のメニューきつすぎる。」


 そんな声があちこちから聞こえる。


 蒼真は一人ずつスポーツドリンクを配って回った。


「ありがとうございます!」


「助かる!」


 最後に葵の前へ来る。


「春風先輩。」


「ありがとう。」


 ボトルを受け取った葵は一口飲み、大きく息をついた。


「蒼真くんも休憩しなよ。」


「僕は大丈夫です。」


「でも。」


 葵は笑った。


「マネージャーも立派なチームの一員なんだから。」


 その一言に蒼真は少し照れながら頷いた。


「はい。」



 午後。


 練習試合が始まった。


 相手は県内でも実力校として知られる東城高校。


 試合開始直後から激しい攻防が続く。


「戻って!」


「リバウンド!」


 体育館には大きな声が響く。


 葵は何度もゴールへ切り込み、チームを引っ張る。


 しかし相手も簡単には崩れない。


 前半終了。


 三十二対三十五。


 三点ビハインド。


 ベンチへ戻る部員たちの表情は重かった。



「みんな、落ち着こう。」


 葵が仲間を見渡す。


「まだ前半が終わっただけ。」


「絶対に逆転できる。」


 その言葉に一年生たちも頷いた。


 蒼真はホワイトボードを持って近付く。


「先生。」


「さっき気付いたことがあります。」


 森田先生が耳を傾ける。


「東城高校は速攻の後、右サイドの戻りが少し遅れています。」


「そこを使えば攻撃しやすいと思います。」


 先生は驚いた表情を見せた。


「よく見ていたな。」


「ありがとうございます。」


 先生はすぐに作戦を変更する。


「春風!」


「はい!」


「後半は右サイドを使って攻める!」


「分かりました!」


 葵は力強く返事をした。



 後半開始。


 蒼真が気付いた通りだった。


 右サイドから攻めるたびに相手ディフェンスが少し遅れる。


「今!」


 パス。


 ドライブ。


 レイアップ。


 得点。


 桜ヶ丘高校が流れを掴み始める。


 残り三十秒。


 五十八対五十八。


 同点。


 最後の攻撃。


 葵がボールを受け取る。


「いけ!」


 仲間の声。


 相手二人が前へ出る。


 その瞬間だった。


 右サイドへ切り込む。


 ディフェンスをかわし、ジャンプ。


 放たれたシュートは、高く弧を描いた。


 ブザー。


 ボールはリングへ吸い込まれる。


 六十対五十八。


 試合終了。


「やったぁ!」


 体育館中が歓声に包まれた。



 試合後。


 部員たちは笑顔で喜び合っていた。


「ナイスゲーム!」


「春風先輩、最高です!」


 葵は息を整えながら笑う。


「みんなのおかげだよ。」


 そこへ蒼真がタオルを持って駆け寄る。


「春風先輩、お疲れさまでした。」


「ありがとう。」


 タオルを受け取る。


「でも。」


 葵は笑った。


「今日勝てたのは、蒼真くんのおかげでもあるよ。」


「え?」


「右サイドのこと。」


「あれがなかったら勝てなかった。」


 蒼真は驚いて首を振る。


「僕は見ていただけです。」


「見ることも才能。」


 葵は真っ直ぐ言った。


「本当にありがとう。」


 その言葉だけで、蒼真の胸は熱くなった。



 夕方。


 部室を出ると、校庭は夕焼け色に染まっていた。


 葵と蒼真は並んで体育館を振り返る。


「今日は負けられない試合だったね。」


「はい。」


「でも。」


 蒼真は笑う。


「勝てて本当に良かったです。」


 葵も笑顔で頷いた。


「県大会も勝とう。」


「一緒に。」


「はい!」


 二人の声が夕暮れの校庭へ静かに響いた。


 まだ恋とは呼べない。


 けれど、同じ目標へ向かって歩き始めた二人の距離は、昨日よりも確かに近づいていた。


 県大会まで、あと少し。


 青春の試合は、まだ始まったばかりだった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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