エピソード3 文化祭実行委員
五月初旬。
私立桜ヶ丘学園では、創立五十周年記念文化祭に向けた準備が本格的に始まっていた。
朝の職員会議を終えた校長が、全校放送で告げる。
「今年の文化祭実行委員を発表します。」
校内が少しざわつく。
文化祭実行委員は、生徒会と各クラス、各部活動をつなぐ重要な役目だった。
放課後。
視聴覚室には、選ばれた実行委員たちが集まっていた。
最前列には、生徒会長・春風美咲と副会長・一ノ瀬蓮。
美咲は出席名簿を確認しながら、一人ひとりに声を掛けていた。
「今日は忙しい中、集まってくれてありがとうございます。」
静かだった教室が、その一言で落ち着きを取り戻す。
「今年は創立五十周年という節目の文化祭です。」
「来校者の皆さんだけでなく、生徒全員が『最高だった』と思える二日間にしたいと思っています。」
美咲は深く一礼した。
「どうぞよろしくお願いします。」
自然と拍手が起こる。
その様子を見た蓮は、小さく微笑んだ。
「さすが会長だな……。」
◇
自己紹介が始まった。
「三年A組の坂本です。」
「吹奏楽部の佐藤です。」
「演劇部の西村です。」
次々と名前が呼ばれていく。
全員が終わると、美咲は黒板に大きく役割を書いた。
・会場設営班
・装飾班
・広報班
・ステージ班
・模擬店管理班
・安全管理班
「希望があれば教えてください。」
すると、蓮が一歩前へ出る。
「安全管理班について、一つ提案があります。」
全員の視線が集まる。
「校内案内図を紙だけでなく、校舎入口にも大きく掲示した方が迷う人が減ります。」
「それと、来場者専用の案内係を配置した方が安全だと思います。」
教室がざわついた。
「確かに。」
「そこまで考えてなかった。」
美咲も頷く。
「その案、採用しましょう。」
蓮は少し驚いた。
「すぐ決めるんですね。」
「良い案はすぐ取り入れたいから。」
美咲は笑った。
◇
会議終了後。
生徒会室。
「今日は助かりました。」
美咲がお茶を差し出す。
「ありがとうございます。」
「一ノ瀬くんって、本当に周りをよく見てるね。」
「前の学校で失敗した経験があるんです。」
「失敗?」
「文化祭の日に案内不足で混雑してしまって。」
少し苦笑する蓮。
「だから今回は同じ失敗をしたくない。」
その言葉を聞いた美咲は静かに頷いた。
「その経験を話してくれてありがとう。」
「失敗も、次につながれば意味がありますよね。」
「うん。」
二人は顔を見合わせ、自然と笑った。
◇
その日の放課後。
校内を歩きながら、文化祭で使う場所を確認する。
「ここがステージ。」
「ここは模擬店。」
「体育館は展示会場。」
広い校内を歩き回り、何度も図面と見比べる。
夕方になり、校庭へ出ると、空は茜色に染まっていた。
「少し休憩しませんか。」
蓮がベンチを指差す。
「そうだね。」
二人は並んで腰を下ろした。
風が吹く。
木々が揺れる。
静かな時間だった。
「生徒会長って、大変じゃない?」
蓮が尋ねる。
「うん。」
美咲は少し考えてから答えた。
「正直、大変。」
「毎日悩むこともある。」
「でも。」
空を見上げる。
「みんなが笑ってくれる瞬間を見ると、『やって良かった』って思える。」
蓮はその横顔を見つめていた。
「春風会長は、本当に学校が好きなんですね。」
美咲は照れくさそうに笑う。
「うん、大好き。」
「だから最後の文化祭は絶対に成功させたい。」
蓮も力強く頷いた。
「僕も全力で支えます。」
その一言は、短かった。
だが、美咲には何より心強く感じられた。
◇
帰り道。
二人は校門まで並んで歩いた。
夕焼けの中、長く伸びる二つの影。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「また明日。」
「はい。また明日。」
二人は別々の方向へ歩き始める。
しかし、お互いに一度だけ振り返った。
目が合う。
小さく手を振る。
その何気ない仕草だけで、美咲の胸は少し温かくなった。
文化祭まで、あと三か月。
大きな行事へ向けた準備とともに、生徒会長と副会長の距離も、少しずつ縮まり始めていた。
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