エピソード2 新しい副会長
新学期が始まって数日。
私立桜ヶ丘学園の校庭では、桜の花びらが春風に乗ってゆっくりと舞っていた。
朝の生徒会室。
春風美咲は文化祭の企画書を机いっぱいに広げ、一枚ずつ目を通していた。
「今年は創立五十周年……例年以上に成功させなきゃ。」
そう呟いた時だった。
コンコン。
静かなノックが響く。
「どうぞ。」
ドアが開き、一人の男子生徒が姿を見せた。
「失礼します。」
昨日、生徒会副会長として紹介された転校生――一ノ瀬蓮だった。
「おはようございます、春風会長。」
「おはようございます。一ノ瀬くん。」
まだ少しぎこちない空気。
しかし、お互いに自然と笑顔が浮かんでいた。
「朝はいつもこんなに早いんですか?」
「七時半には来ています。」
「毎日?」
「毎日です。」
蓮は驚いたように目を丸くした。
「すごいですね。」
「もう習慣なんです。」
美咲は照れくさそうに笑った。
「一ノ瀬くんは?」
「今日から同じ時間に来ようと思います。」
「え?」
「副会長ですから。」
その一言に、美咲は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます。」
◇
始業前。
二人は並んで校門へ立つことになった。
「おはようございます!」
元気な新入生たちが次々に挨拶をしていく。
「おはよう。」
「今日も頑張ろう。」
美咲はいつものように笑顔で返す。
その隣で蓮も一人ひとりに頭を下げた。
「副会長、かっこいい。」
「生徒会長と並ぶと絵になるね。」
そんな声が聞こえてくる。
美咲は少し恥ずかしくなり、小さく咳払いをした。
蓮は気付かないふりをして、いつも通り生徒たちへ挨拶を続ける。
◇
昼休み。
文化祭実行委員会の資料作り。
二人は向かい合って作業を進めていた。
「一ノ瀬くん。」
「はい。」
「このクラス配置、何か気になるところある?」
蓮は図面を見つめる。
「三年生の展示が固まっていますね。」
「うん。」
「一年生をもう少し中央へ配置した方が、全体の流れが良くなると思います。」
美咲はしばらく図面を見つめた。
「なるほど……。」
赤ペンを持ち、配置を書き直していく。
「確かにこっちの方が回りやすい。」
「前の学校で同じような配置にしたことがあったので。」
「経験って大事なんだね。」
美咲は心からそう思った。
一人では気付けなかったこと。
二人だから見える景色。
それが少しずつ増えていく。
◇
放課後。
職員室から戻る途中、美咲は大量の資料を抱えて歩いていた。
「あっ……。」
一枚、また一枚。
風にあおられ、廊下いっぱいにプリントが散らばる。
「ああ……。」
しゃがもうとした瞬間、もう一人が同時に手を伸ばしていた。
「大丈夫ですか?」
一ノ瀬蓮だった。
二人は無言で資料を拾い始める。
「ありがとうございます。」
「いえ。」
最後の一枚を拾おうとして、二人の手が重なった。
「……。」
「……。」
目が合う。
ほんの数秒。
それだけなのに、美咲の胸は少しだけ高鳴った。
「す、すみません。」
「こちらこそ。」
二人は同時に手を離し、思わず笑ってしまった。
◇
夕方。
仕事を終え、生徒会室の窓から夕焼けを眺める。
「今日だけで、ずいぶん仕事が進みましたね。」
美咲が言う。
「春風会長のおかげです。」
「違うよ。」
美咲は首を横に振った。
「一ノ瀬くんが来てくれたから。」
蓮は少し照れながら笑う。
「そんなこと言われると照れます。」
「本当のことだから。」
二人は夕日に照らされた校庭を見つめた。
部活動の声が風に乗って聞こえてくる。
「今年の文化祭。」
蓮が静かに口を開く。
「きっと忘れられないものになります。」
「うん。」
美咲はゆっくり頷いた。
「一緒に最高の文化祭を作ろう。」
「はい。」
短い返事だった。
けれど、その返事には強い決意が込められていた。
生徒会長と副会長。
まだ始まったばかりの関係。
しかし二人の距離は、昨日より確かに近づいていた。
春風が校舎を吹き抜け、満開の桜が静かに舞い続ける。
その花びらのように、小さな想いもまた、誰にも気づかれないまま、ゆっくりと育ち始めていた。
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