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エピソード1 生徒会長の朝


 私立桜ヶ丘学園の朝は、校門前に咲く桜並木とともに始まる。


 朝七時二十分。


 登校する生徒はまだまばらだったが、一人だけ毎日のように同じ時間に校門へ立つ少女がいた。


 春風美咲。


 高校三年生。


 生徒会長。


「おはようございます。」


 制服の胸元についた生徒会長のバッジが朝日に輝く。


「おはようございます、生徒会長!」


「おはよう!」


 新入生も上級生も、自然と美咲へ挨拶を返す。


 美咲は一人ひとりの顔を見て微笑みながら、「おはよう」と返していく。


 それが彼女の日課だった。


 校門での挨拶運動を終えると、そのまま生徒会室へ向かう。


 鍵を開け、窓を開き、新しい空気を入れる。


「今日も一日、頑張ろう。」


 机の上には文化祭準備の資料が山積みになっていた。


 今年の文化祭は創立五十周年記念。


 例年以上に規模が大きく、生徒会の仕事も山ほどある。


 美咲は一枚ずつ資料を確認しながら、赤いペンで修正を書き込んでいった。


 そこへ生徒会書記の佐々木優奈が入ってきた。


「おはようございます、美咲先輩。」


「おはよう、優奈ちゃん。」


「今日も早いですね。」


「習慣になっちゃった。」


 優奈は笑いながら資料を覗き込む。


「もう全部確認してるんですか?」


「まだ半分かな。」


「すごい……。」


「みんなが安心して文化祭を迎えられるようにしたいだけ。」


 その言葉に優奈は尊敬の眼差しを向けた。



 一時間目が終わると、美咲は職員室へ呼ばれた。


「春風さん。」


 担任の加賀先生が声を掛ける。


「はい。」


「今年から生徒会副会長が転校してくることになった。」


「転校生……ですか?」


「ああ。急な話だが、生徒会経験者らしい。」


「そうなんですね。」


「今日の昼休みに紹介する。」


 美咲は静かに頷いた。


「分かりました。」


 だが心の中では少しだけ期待していた。


 今まで一人で抱えることの多かった仕事を、一緒に考えてくれる人が現れるかもしれない。



 昼休み。


 生徒会室には役員全員が集まっていた。


「今日は新しい副会長を紹介する。」


 顧問の先生がそう言うと、ドアが開いた。


 一人の男子生徒が静かに部屋へ入ってくる。


 整った制服。


 落ち着いた表情。


 どこか大人びた雰囲気をまとっていた。


「今日から転入しました、一ノ瀬蓮です。」


 深々と頭を下げる。


「よろしくお願いします。」


 部屋は静まり返った。


「彼は前の学校でも生徒会副会長だった。今日から桜ヶ丘学園でも副会長として活動してもらう。」


 先生の説明が終わる。


 美咲は一歩前へ出た。


「生徒会長の春風美咲です。」


「よろしくお願いします。」


 二人は互いに頭を下げる。


 短い挨拶だった。


 それなのに、不思議と空気が変わった。



 放課後。


 初めて二人だけで文化祭資料を確認することになった。


「この配置図ですが。」


 蓮が口を開く。


「人の流れを考えると、こちらの方が混雑しにくいと思います。」


 美咲は資料を見る。


「本当だ……。」


 今まで気付かなかった視点だった。


「ありがとうございます。」


「いえ。」


「助かりました。」


 蓮は少し照れたように笑う。


「前の学校でも同じようなことをしていただけです。」


「経験者が来てくれて、本当に良かった。」


 二人は自然と笑い合った。



 夕暮れ。


 生徒会室の窓から校庭が見える。


 部活動に励む生徒たち。


 笑い声。


 吹奏楽部の演奏。


 その景色を見ながら、美咲はぽつりと呟いた。


「今年の文化祭、成功させたいですね。」


「きっとできます。」


 蓮は迷いなく答えた。


「春風会長が積み重ねてきたものがありますから。」


「一人じゃ無理です。」


「今日からは二人です。」


 その言葉に、美咲は少し驚いた。


 けれど次の瞬間、小さく微笑む。


「そうですね。」


 今日からは、一人ではない。


 生徒会長と副会長。


 まだ恋と呼べる感情ではない。


 しかし、この日交わした「今日からは二人です」という言葉は、やがて二人の距離を少しずつ近づけていくことになる。


 桜が風に舞う校舎の窓辺で、新しい物語が静かに始まった。


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