エピソード4 放課後の生徒会室
文化祭まで残り二か月半。
私立桜ヶ丘学園の生徒会室では、放課後になると毎日のように会議が開かれていた。
チャイムが鳴ると同時に、美咲は教室から足早に生徒会室へ向かう。
「失礼します。」
ドアを開けると、すでに一ノ瀬蓮が机の上へ資料を並べていた。
「春風会長、お疲れさまです。」
「一ノ瀬くん、お疲れさま。」
最近では、この何気ない挨拶も二人の日課になっていた。
やがて書記の佐々木優奈、会計の藤原悠斗、庶務の森川彩花も集まり、生徒会役員全員が揃う。
「それでは会議を始めます。」
美咲の一言で、生徒会室の空気が引き締まった。
◇
この日の議題は、文化祭当日のスケジュール確認だった。
「各クラスの出し物はほぼ決まりました。」
優奈が資料を配る。
「模擬店は二十クラス、展示は十五団体、体育館ステージは吹奏楽部、軽音楽部、演劇部、ダンス部が出演予定です。」
会計担当の悠斗が続ける。
「予算にも大きな問題はありません。」
美咲は満足そうに頷いた。
「順調ですね。」
しかし、蓮だけは資料をじっと見つめていた。
「……。」
「一ノ瀬くん?」
「少し気になることがあります。」
全員が蓮を見る。
「昼食時間帯です。」
「模擬店へ人が集中すると、校舎中央がかなり混雑する可能性があります。」
静まり返る生徒会室。
美咲は資料を見直した。
「本当だ……。」
これまで誰も気付かなかった問題だった。
「一ノ瀬くん、どうしたらいいと思う?」
「時間を区切りましょう。」
蓮は校内図を広げる。
「三年生は十一時三十分から。」
「二年生は十二時。」
「一年生は十二時三十分。」
「一般来場者は別の導線を作れば、かなり混雑が減ると思います。」
役員たちは驚いた表情を浮かべる。
「すごい……。」
「そこまで考えてたんだ。」
美咲は笑顔で頷いた。
「この案で進めましょう。」
◇
会議は予定より一時間早く終わった。
役員たちは次々と帰宅していく。
「失礼します。」
「お疲れさまでした!」
ドアが閉まり、生徒会室には美咲と蓮だけが残った。
静かな部屋。
夕日が窓から差し込み、机の上をオレンジ色に染めている。
「今日はありがとう。」
美咲がペットボトルのお茶を二本取り出した。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
二人は窓際の席へ移動した。
校庭では野球部やサッカー部の掛け声が聞こえる。
「放課後って、こうして学校を眺めるの好きなんです。」
蓮がぽつりと言った。
「私も。」
美咲は笑う。
「みんな頑張ってる姿を見ると元気をもらえる。」
しばらく沈黙が流れた。
気まずさではなく、心地よい静けさだった。
◇
「春風会長。」
「ん?」
「どうして生徒会長になろうと思ったんですか?」
突然の質問だった。
美咲は少し考え、ゆっくりと話し始める。
「一年生の時ね。」
「当時の生徒会長が、とても素敵な人だったの。」
「文化祭も体育祭も、全部楽しそうにまとめていて。」
「その姿を見て、『私もあんな先輩になりたい』って思った。」
蓮は静かに耳を傾ける。
「だから立候補したんだ。」
「そうだったんですね。」
「一ノ瀬くんは?」
今度は美咲が尋ねた。
「僕は……。」
少し照れ笑いを浮かべる。
「人前に立つのは苦手でした。」
「えっ?」
「意外?」
「すごく。」
二人は笑った。
「でも、中学の先生に『誰かを支える役は向いてる』と言われたんです。」
「それで副会長になりました。」
「今でも、その言葉を大切にしています。」
美咲はその話を聞き、優しく微笑んだ。
「その先生、見る目があるね。」
「そう思います。」
◇
時計を見ると午後六時を回っていた。
「もうこんな時間。」
「帰りましょうか。」
二人は生徒会室を片付け、戸締まりを済ませる。
昇降口まで並んで歩く。
夕暮れの廊下には、二人の足音だけが静かに響いていた。
「最近。」
美咲が口を開く。
「一ノ瀬くんが来てくれて、本当に助かってる。」
蓮は少し驚いた表情を見せる。
「僕もです。」
「転校したばかりで不安だったけど。」
「春風会長がいてくれたから安心できました。」
二人は顔を見合わせる。
自然と笑顔になった。
校門へ着くと、桜の葉が風に揺れていた。
「また明日。」
「はい。また明日。」
別々の道を歩き始める二人。
振り返ることはなかった。
けれど、お互いの心には同じ気持ちが芽生え始めていた。
それはまだ恋とは呼べない、小さな信頼。
しかし、その信頼は放課後の生徒会室で過ごす時間とともに、ゆっくりと特別な想いへ変わろうとしていた。
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