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エピソード13  静かな昼休み


 昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、校舎はいつものように賑わい始めた。


 食堂へ向かう生徒たち。


 中庭で昼食を広げるグループ。


 購買へ急ぐ生徒たち。


 そんな中、春風結衣は今日も本を片手に図書室へ向かっていた。


 図書室の扉を開ける。


 静かな空気と紙の香りが結衣を優しく迎えてくれる。


「こんにちは。」


「こんにちは、春風さん。」


 司書の佐々木先生は、いつものように笑顔だった。


「橘くんなら、もう来てるわよ。」


「ありがとうございます。」


 結衣は少し嬉しそうに微笑み、本棚の奥へ歩いていく。


 窓際の席。


 そこには、文庫本を開いて静かに読書をしている橘悠斗の姿があった。


 結衣に気付くと、本を閉じて小さく会釈をする。


「こんにちは、春風先輩。」


「こんにちは、橘くん。」


 そのやり取りも、すっかり二人の日課になっていた。



 結衣は向かいの席へ座る。


 二人はそれぞれ本を開き、静かにページをめくる。


 図書室には時計の針が進む音と、ページをめくる音だけが響いていた。


 不思議と気まずさはない。


 同じ空間で、同じように本を読む。


 それだけで心が落ち着く。


 しばらくして、悠斗が小さな声で話しかけた。


「春風先輩。」


「はい?」


「この前借りた本、読み終わりました。」


「私も昨日読み終わりました。」


「どうでした?」


 結衣は本を胸に抱くようにして微笑む。


「最後の場面で泣いてしまいました。」


「僕もです。」


「主人公が最後に選んだ答えが、とても優しかったですよね。」


「はい。」


「誰かを責めるんじゃなくて、相手を信じる結末だったのが素敵でした。」


 二人は自然と物語について語り始める。


 好きな登場人物。


 印象に残った場面。


 心に残った一文。


 気付けば昼休みの半分が過ぎていた。



「春風先輩。」


「はい。」


「本を好きになったきっかけって何ですか?」


 結衣は少し考えてから答えた。


「小さい頃、お母さんが毎晩絵本を読んでくれたんです。」


「それが嬉しくて。」


「いつの間にか、自分でも本を読むようになりました。」


 悠斗は優しく頷く。


「僕は祖父の影響です。」


「本棚いっぱいに小説があって。」


「遊びに行くたびに、一冊ずつ貸してくれました。」


「素敵なおじいさんですね。」


「はい。」


「今でも読んだ本の話をすると、とても喜んでくれます。」


 二人は顔を見合わせ、穏やかに笑った。



 その時だった。


「おっ、橘!」


 図書室の入口から一年生の男子生徒が顔をのぞかせた。


「また図書室か?」


「昼休みくらい教室へ来いよ。」


 悠斗は少し困ったように笑う。


「今日は約束があるから。」


「約束?」


 男子生徒は結衣を見る。


「あっ。」


「もしかして……。」


 何か言いかけたところで、司書の佐々木先生が近付いてきた。


「図書室では静かにね。」


「すみません!」


 二人は慌てて頭を下げ、そのまま笑いながら図書室を出ていった。


 静けさが戻る。


 結衣と悠斗は思わず顔を見合わせ、くすっと笑った。


「少しびっくりしましたね。」


「はい。」


「でも……。」


 悠斗は少し照れながら言う。


「約束って言っても間違いじゃないですよね。」


 結衣は優しく微笑む。


「はい。」


「昼休みに一緒に本を読む約束ですから。」


 その言葉に、悠斗も嬉しそうに笑った。



 昼休み終了のチャイムが鳴る。


 二人は同時に本を閉じた。


「また明日。」


 悠斗が言う。


「はい。」


「また明日。」


 結衣も笑顔で答える。


 たった四文字の約束。


 それだけなのに、不思議と心が温かくなる。



 教室へ戻る途中、結衣は窓から見える青空を見上げた。


「また明日。」


 その言葉が、今日はいつもより少しだけ特別に感じられる。


 一方、悠斗も廊下を歩きながら、小さく笑っていた。


「昼休みが楽しみになったな。」


 本がつないだ出会い。


 静かな図書室で過ごす穏やかな時間。


 大きな出来事は何もない。


 それでも、同じ時間を重ねることが、少しずつ二人の距離を縮めていた。


 図書室の窓から差し込む春の日差しは、今日も変わらず優しく二人を照らしていた。


 そして、その静かな昼休みは、二人だけのかけがえのない思い出として、また一ページ、本のように心へ刻まれていくのだった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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