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エピソード12  同じ本を借りる君


 昼休みのチャイムが鳴る。


 教室から次々と生徒たちが廊下へ飛び出していく中、春風結衣は今日も一冊の文庫本を抱えて図書室へ向かっていた。


 昨日借りた恋愛小説は、一晩で読み終えてしまった。


 続きが気になって、朝から落ち着かなかったのだ。


「こんにちは。」


 図書室の扉を開けると、静かな空気が結衣を優しく迎えてくれる。


「こんにちは、春風さん。」


 司書の佐々木先生が笑顔で迎えた。


「昨日の本、もう読み終わったの?」


「はい。とても面白くて、気付いたら最後まで読んでいました。」


「相変わらず読むのが早いわね。」


 結衣は少し照れたように笑い、新刊コーナーへ足を運んだ。


 そこには昨日の続編が並んでいる。


「よかった……まだ残ってる。」


 そう思って本へ手を伸ばした、その瞬間――。


「あっ。」


 また同じタイミングで、もう一つの手が伸びてきた。


 二人は思わず顔を見合わせる。


「また一緒ですね。」


 結衣がくすりと笑う。


「本当に。」


 橘悠斗も苦笑した。


「昨日と同じ展開ですね。」


 二人は思わず笑い合った。



「このシリーズ、好きなんですか?」


 結衣が尋ねる。


「はい。」


 悠斗は頷いた。


「中学生の頃からずっと読んでいます。」


「私もです。」


「主人公の成長が好きで。」


「分かります。」


 悠斗の表情が明るくなる。


「あと登場人物がみんな優しいですよね。」


「そうなんです。」


「嫌な人があまり出てこないから、読んでいて安心できます。」


 二人は本の話になると、自然と言葉が増えていった。



「それなら。」


 佐々木先生が二人へ近付いてきた。


「この本もおすすめよ。」


 先生が差し出したのは、同じ作者の短編集だった。


「ありがとうございます。」


 二人は同時に頭を下げる。


「息ぴったりね。」


 先生が微笑むと、結衣と悠斗は顔を見合わせて少し照れた。



 二人は窓際の席へ座り、本を開いた。


 ページをめくる音だけが静かに響く。


 時折、どちらかが小さく笑う。


「その場面、面白いですよね。」


「えっ?」


「今、同じところを読んでました?」


「たぶん。」


 二人は思わず笑った。


 同じ本を読んでいる。


 同じところで笑う。


 それだけなのに、なんだか嬉しい。



 昼休みも終わりに近付いた頃。


 結衣は本を閉じた。


「橘くん。」


「はい。」


「もしよかったら……。」


 少しだけ言葉に迷う。


「読み終わったら感想を話しませんか?」


 悠斗は目を丸くした。


「もちろんです。」


「僕も話したいと思っていました。」


 結衣はほっとしたように微笑む。


「よかった。」


「じゃあ約束ですね。」


「はい。」


 二人は笑顔で頷き合った。



 放課後。


 結衣は借りた本を大切そうに鞄へ入れる。


 教室の窓から見える校庭では、運動部の元気な掛け声が響いていた。


 一方の悠斗も、自分の教室で借りた本を眺めていた。


「同じ本を借りるなんて、本当に偶然なのかな。」


 そう呟いて笑う。


 偶然が二度続けば、それは少しだけ特別な縁のようにも思える。



 翌日の昼休み。


 結衣が図書室へ入ると、悠斗はすでに窓際の席で本を読んでいた。


 結衣に気付くと、静かに手を振る。


 結衣も笑顔で小さく手を振り返す。


 言葉はまだ少ない。


 けれど、その短い挨拶だけで心が少し温かくなる。


 図書室には今日も静かな時間が流れていた。


 同じ本を借りる。


 同じ物語に心を動かされる。


 そして、その感想を語り合う約束を交わした二人。


 少しずつ積み重なっていく昼休みの時間は、本棚に並ぶ物語のように、一ページずつ静かに新しい思い出を書き加えていくのだった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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