裏・第八話 親孝行
「フリィアちゃん。商売上手くいきましたね」
「そうですね……上手くいっちゃいました」
夕暮れ時、ケルエタとフリィアは屋敷を出て、日が沈む中家に帰る。とは言え、明日からはリルメスが住まう、あの屋敷に住むことになるのだが。
「……ホルレリアさんと離れるのは辛いですか?」
「わかんないです……おばばが、わたしと離れるのが嫌だったら、わたしは家に残ります……」
ケルエタはこの一日でフリィアの人生を変えてしまった。領主一家の娘、リルメスに商品を気に入られたが故の転機。
(……確かに、生活は絶対に良くなる。だけど、フリィアちゃんにとっては、あのお婆さんの気持ちの方が大事なのか……)
「……その時は、フリィアちゃんの思いを優先しますよ。貴族であろうと、踏み躙らせない」
無謀に近いことをケルエタが言えば、フリィアは少しだけニコッとして、嬉しそうに口を開く。
「わたし……ケルエタさんにすっごく感謝してます。ケルエタさんがいなきゃ……わたしは夢も持てなかった。それに、命も助けてもらってますし──」
ケルエタはフリィアの顔を見つめる。
「わたし今、“幸せ”です! ケルエタさんがいてくれるなら……これが続きそうな気がするんです」
嘘偽りのない曇りなき笑顔。ケルエタはそんな彼女を見て、心が締め付けられる感覚に陥ってしまう。
(幸せ……か……あぁ、そうか)
そして、彼は気がつく。
(フリィアちゃんは……俺がいなかったらもっと早くに死んでいた。こんな良い子がだ。俺は……俺が思っているより、重責を背負っているのか……?)
ケルエタは異世界ガイドとして、フリィアとリルメスを老衰に導かなければいけない。ただ、実際のところ彼は、まだこの世界が現実に近い空想だと思っていた。
(……生きてるんだ。何も違わない。俺がいた日本がちゃんと現実で、この異世界も同じ現実。みんな、生きてる。俺は……そんな現実で、他人の人生を救う……)
「私だって……幸せですよ」
だが、今のケルエタは、この状況を嬉しく思う。
(俺は、確かに主人公じゃないかもしれない。でも、こうやって……感謝されてるんだ。だったら俺は、主人公じゃなくていい……俺はだって今は幸せだよ!)
「商売のおかげで一気にお金も手に入りましたし、今日はいっぱいご飯が食べられるんですよね!」
フリィアは手に持つ袋を揺らしながら、ケルエタに対して嬉しそうに聞いてくる。
「……そうです。たくさん食べましょう。好きな物をたくさん食べて、お腹いっぱいになりましょう……!」
「えへへ……おばば、喜ぶかな」
(親……ってわけじゃないが育て親に親孝行か)
フリィアを見ていると、ケルエタは日本にいた頃、自身がどれだけ情けない存在だったか思い出す。
「喜びますよ。絶対に」
「そうですよね!」
(親孝行……できなかったな)
ケルエタは後悔ばかりの人生を送ってきた。
『受験……落ちた』
『あ〜。まあ頑張ったんだから良いの良いの!』
(俺は、母さんに育てられて生きていた。物心もつかない頃に離婚して、そっからずっと一人……)
『テスト勉強してるから、部屋の扉開けないで』
『……ご飯は?』
『……部屋の前に置いといてよ』
(母さんは、いつだって俺の味方だった。爺ちゃんも中学入る前に死んじまったし……俺の全ての鬱憤は母さんにだけ、見せることになってた)
『母さん、なんで部屋勝手に掃除したの!?』
『で、でも汚かったからさぁ……』
『バカじゃねぇの!? 変なことしないでくれよ!』
(母さんは、朝から晩まで働いて、いつだって疲れた顔を俺に見せてた。それが嫌で仕方なかったんだ。いっつも俺の前では大丈夫だって……)
『大学、受かった』
『……あははは、本当? 良かったぁ〜!』
(俺がどれだけ強く当たっても……母さんは、いつだって俺に涙を見せなかった。それでも、大学に受かった時は、泣いて喜んでたな)
『母さん、俺就職するんだけど』
『あら、どこに?』
『居酒屋。調理師免許でもとって、そのうち店やろうかなって……』
『なら母さん、一番最初にお店行っちゃうわよ!』
『やめてくれよ恥ずかしい……』
(そう言えば……料理人になりたかったんだ。忘れてた。なんで今思い出したんだろう)
『母さん、今年はそっち帰れそうだわ』
『無理しなくて良いのに……』
『無理してでも会いたいんだよ。俺なりの、些細な親孝行。店ができて有名になったら、たくさん返すよ』
『……ケンちゃん』
(神奈川に実家はあったけど、帰る暇なんてなかった。ずっと忙しかったし……でも、忙しさを理由にして会わなかった時もある)
『なに? 母さん』
『ケンちゃんは……自分のために頑張りなさい。他の人なんてね、結局は他人なの。もちろん母さんも』
『母さん……?』
『……だから、幸せになったら、まずは自分に恩返しするんだよ。ケンちゃん、頑張りなね』
(俺は、あの電話が母さんとの最期の電話だった。一週間くらいか、その後に俺は刺されて死んだんだ)
『母……さん……』
(俺は……母さんより早く死んだんだ。最低だ)
『ごめ……ん』
(いや、もう忘れろ……住む世界は違うんだ。俺は坂田健じゃない、ケルエタなんだ。俺は……ケルエタだ)
彼は、親孝行ができずに死んでしまった者。
「ケルエタさん……?」
空中で動かない彼に対して、フリィアは首を傾げる。
「……あ、す、すみません。少しボーッとしてました」
(……もう思い出す必要なんてないんだ)
「……ケルエタさんの幸せはなんですか?」
ふと、そんなことを聞かれた。
「私の幸せですか……?」
「そうですよ!」
フリィアはこちらから視線を逸らさない。
「……私の幸せ……幸せですか」
ケルエタは思い返す。幸せは何かと。
(俺は結局、一回目の人生で幸せになれずに死んだ。自分が求めていたものは何も手に入らなかった)
一回目の不満足な人生。
(だけど……今回はなんだ? この世界での俺の幸せはなんだ? 俺も……みんなと変わらずこの世界に生きているんだ……だったら夢は? 幸せは?)
二回目の人生は始まったばかり。
「私は……誰かの役に立ちたい」
ケルエタはそんな思いをポロッとこぼす。
(幸せだとか夢だとか……立派なもんじゃない。ただ俺は、誰かの役に立ちたい……確かに主人公らしくもありたかった。でも……今はあんまりそうは感じない)
「ケルエタさんなら絶対叶えられますよ! だって、わたしの人生を変えてくれた……誰よりもすごい、妖精族様なんですから……!」
フリィアはケルエタに身体を向け、そう言い切った。
「……ふふ、ありがとうございます。
それと──どういたしまして」
(母さんごめん。俺、自分の人生のためにだとか、そう言うのはやっぱ向いてないらしい。まあ、母さんも結構、俺と似てたよね)
ケルエタはフリィアを見つめる。
(親孝行はできない。だけど、俺この世界で……自分が幸せにしたと思った人を、絶対に幸せにするよ)
少しだけ瞼を閉じたように視界を閉ざせば──
(絶対に……乗り越えさせる。異世界ガイドとして)
彼は二度と揺らぐことのない決意を胸に刻む。
[十二歳、戦争に巻き込まれ死亡]
絶対に、二人を死なせないと──
第一幕 第一章 貧乏少女編 -完-
次章
第一幕 第二章 天才お嬢様編
* * *
ここまで読んでくださりありがとうございます!
次章からは本格的に女の子達が活躍する章、ぜひこの機にブクマや星など評価していただけるとありがたいです!




