第八話 貧乏脱出確定ルート
ケルエタはユユジュのジュースを一つ売り上げた。
「銅貨二枚ってのも、良心的な価格だよね〜。もっと高くするべきだとは思うけど……ま、早速頂くね」
エルメットという男は腰に剣を差しながらも、見るからに貴族の護衛という印象。そんな彼は今、ケルエタの前で瓶を開ける。
「兄貴! オレッちが先に毒見を……ォォオ〜!?」
ピドッドがそう提案した矢先、エルメットは飲み口にそっと口をつけて、ユユジュのジュースを飲み始めた。
「兄貴ィ! 死んじまうよォ〜!!」
ピドッドが慌てた様にエルメットの周りをうろちょろし始めれば、彼は止まることなく瓶の中身を一気飲みし終える。
「っは……はぁはぁ……なんだこれ」
ケルエタとフリィアはエルメットの顔を見つめた。
「も、もう一本買わせてくれ」
「……え、あ、はい!」
エルメットは銅貨を二枚机に置き、瓶を一本とってピドッドの手に無理矢理握らせる。
「飲め!」
「えェァ〜!? なんでェっすかァ!」
「いいから飲んでみろって!」
「……わーりましたァヨぉ!」
飲むことを強要されたピドッドは、恐る恐る瓶を開けて飲み口を歯で噛み、豪快にゴクゴクと飲み始めた。
「ケルエタさん……味は大丈夫かな?」
「フリィアちゃん……多分これは──」
次の瞬間、ケルエタの声を遮ってピドッドが叫ぶ。
「うんまァアアアアア!! んだヨぉコレェ!!」
飲み終わってピドッドは瓶を口から離し、青空に向かって顔を上げた。
「だろう!? 美味すぎる……なんなんだこれは」
商売は大成功。相当な高評価である。
「お気に召しましたか?」
ケルエタがそう聞くと、エルメットとピドッドはこちらに顔を向けて頷く。そんな様子を見たフリィアは、とても嬉しそうだった。
「君たち名前は?」
すると、エルメットが名を尋ねてくる。
「私はケルエタです」
「えっと、わたしはフリィア・サタニルドです」
そして、エルメットはピドッドへ耳打ちした。
「了解っすゥ兄貴ィ!」
「頼んだよ」
何を話したのだろうか、ケルエタがそんなことを気にしていると、エルメットは走り出す。すでに代金は貰ってるので何も咎めることはないが、走り出したことに妙に興味が湧く。
「はっや……えぇ、速すぎません?」
「多分、剣士の人ですよ。お強い人ですね!」
ケルエタはドン引きだった。エルメットの速度は車並みだったのだ。あんなバケモノが剣士にはうじゃうじゃいるのだろうか。
「兄貴はちょ〜強ェんだヨぉ! なんせエルメットの兄貴は上級でさァ。自慢の兄貴だぜェ!」
ピドッドはケルエタたちの会話を聞いて満足しているようで、彼がいかにエルメットを慕っているか知れた。
「そうなんですね……その、聞いてもいいんですかね。そのエルメットさんは……何をしに?」
「ん? あァ、驚かせたいから秘密にしろって言われたんだァ、言えねェなァ〜〜」
質問には答えないピドッド。チャランポランな見た目だが、意外にも口は硬いようである。
「……そうですか」
「気になる……」
ケルエタとフリィアは、自身らが驚かされることはなんだろうと、深く悩み始めた。しかし、それに対して結論が出る前に、多くの足音が聞こえてきた。
「お、兄貴ィ帰ってきたァ!」
(……え? そんな時間経ったの!?)
数十分、エルメットはある三人を連れてくる。
そして、その顔ぶれには見覚えがあった。
「……え」
「ボ、ボボ、“ボルワール”家の人たちですよ……ケっ、ケルエタさん!」
フリィアがケルエタにそう言えば、桜の髪色を見せる少女が大きく声を上げる。
「目が飛び出すほど美味しい飲み物があるって聞いたけど!! どこなの!! 早く出してよ!!」
「まあまあ、リルメスお嬢様落ち着いてぇ……」
リルメス・レクセト・ボルワール。
ケルエタが老衰させるべきもう一人の女の子。
(マジか……いや、エルメットって人が貴族っぽいのはわかってたけど、マジかよ……マジか、マジ?)
驚きしかない。一世一代の大チャンス。ケルエタは一ヶ月にも満たない異世界生活で、難関であるリルメスとの接触を果たしたのだ。
「ケルエタさん、三本買ってもいいかな?」
エルメットが机に近づいてきて、銅貨を六枚置いた。なので、ケルエタは「もちろんです……」と言って、瓶を三本売り上げる。
「お嬢様、これですこれ! 飲んでみてください!」
エルメットは嬉々としてリルメスに一本瓶を渡すと、彼女はそれを手に取って瓶を開けた。
「美味しくなかったら許さないんだから!」
「任せてください。俺の舌は確かです」
そう言って彼は、残る二人にも瓶を渡す。
「エルメットさん……ユユジュと聞きましたが」
「グラバさん、これ……マジで美味しいです」
「エルメットの舌は確かだからねぇ……」
ケルエタは机越しにフリィアとリルメスを見つめ、彼女が中身を口に含んだ瞬間を目にする。思わず息を呑んでしまう緊張感、ここで運命が変わる。
「ケルエタさん……」
「大丈夫……味は絶対大丈夫です」
二人の不安。それを踏み躙るが如く、リルメスは瓶の中身を一気飲みした──勝ちが確定した。
「美味しい……っ! 美味しい美味しい!!」
リルメスはとび跳ねながらキャッキャと喜び、頬を赤らめて非常に美味だと評価している。絶賛である。
「よっし……!」
「やった……!」
ケルエタとフリィアは安堵しながら喜ぶ。貴族のお嬢様が絶賛する商品つまり、爆売れ必至だ。
「っは……美味しいですね。これ」
「美味しいぃ、若返りそうじゃのう」
他二人からも高評価、ケルエタは段々とこの状況が気持ち良く思えてくる。
(……こんな美味い美味い言われたの初めてだな。そもそも、居酒屋店員だし料理人じゃないから……美味いだとか言われても言われなくてもって感じだけど、言われるとやっぱ……嬉しいな。気分が良い)
ケルエタはふと、フリィアに視線を向けた。
(フリィアちゃんも……嬉しそうだ。よかった)
彼女もニコニコと喜びを噛み締めている様で、日本にいた頃、彼は味わったことのない気分に浸る。
「グラバ! これ全部買うわよ!!」
リルメスはアホ毛をぴょこぴょこと揺れさせながら、並ぶ瓶を指さして高らかに宣言した。
「え、えぇ? 全部というのは……」
「なによ!! お金払うんだからいいでしょ!」
(わがままお嬢様……だが、俺はここで「はい全部売りますよ」なんて言わない。貴族だろうが商品の価値は下げない。需要と供給……俺は三流じゃないんだ)
「すみません……他のお客様もいますし……」
「はぁ!? 買えないってこと!?」
「すみません〜……」
いくら貴族と言えど、商人を乱暴に扱うことはない。これに関しては、リルメスがどれだけわがままを言おうと意味がない。
「グラバ〜っ! なんとかしてよ!」
「リルメスお嬢様……どうしようもできませんよ」
ケルエタは彼女から強く睨まれた。腕を組んでジッとこちらを見るリルメスは、少しすると大股で机に近づいてくる。
(え……え、なになに、え? 待ってなに怖い!)
リルメスは両手で机をダンっと叩き、その場にいる者らが驚愕することを口にした。
「じゃああなた達、雇うわ! ボルワール家だけの商人になりなさい! 屋敷に住んで良いわよ!!」
?
「?」
(?)
全員が困惑する。
「え……っと? え? それは……?」
(屋敷に住む……? ん? どういうことだ?)
ケルエタは頭が混乱していた。
「屋敷に住んで……作って渡すってこと……?」
フリィアはゆっくりと言われたことを理解する。
「だから言ってるでしょ! 屋敷に住んで作ってよ! お金もいっぱい払うし……いいでしょ! ね、お願い! あたしこれ気に入ったの!」
リルメスはケルエタとフリィアを交互に見ながら、そう必死になってお願いする。よっぽど気に入ったのだろう。
「リルメスお嬢様……こちらの方々は貴族ではっ」
「あたしが良いって言うんだから良いの!!」
「……マジかヨぉ〜すんげェな」
(いや俺が一番そう思ってるよ……マジなの?)
◇ ◇ ◇
(マジだ……)
ケルエタとフリィアは、リルメスらに連れられて屋敷へと来ていた。
ケルエタはなんの運命か、たった一日でフリィアを貧困生活から抜け出すことに、一発で成功。しかも、リルメスというもう一人の対象と接触した上でだ。あまりにも上手くいった事柄に、ケルエタは現実を夢だと疑う。
(さすがに……これ、いいよな? めちゃくちゃに喜んでいいよな?)
ケルエタはこの日、異世界における大きな課題を二つクリアした。
だが──まだまだ課題は多く残る。
このわがままお嬢様とどう関わるかが、今後のケルエタにとっての、一つの課題である。




